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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第二十話 異次元の体現者④

 鏡を纏った様な奇妙な竜が、空間の歪の様な穴の中へと下がっていく。

 竜の姿が見えなくなると共に、何事もなかったように黒い穴が薄れ、消えていく。


「……へぇ、鏡界のドラフェアの炎を、完全に防げるなんて。面白い」


 銀髪の女が目を開き、舌なめずりしながらランベールを見る。


「魔鉱石……それも、この世で最も優れた重金属、魔金オルガン魔銀ミスリルをも歪めるドラフェアの炎を完全に抑え込めるなら、含有量は、決して低くないはず。それを纏って動くなんて、まるで歩く魔導兵器ね」


「オ、魔金オルガンだと!?」


 女の言葉に驚いたのはクロイツであった。

 希少金属である魔金オルガンは、極端に魔力場の集中した場所の中央部に、局所的に生成される。

 ただ、固まった量が発見されることはほとんどない。


 それでも一掴みあれば一生の暮らしが保証されると言われる魔金オルガンは、八国統一戦争の以前から、各国が競って採掘を進めていた。

 今の時代ではあらゆる地の魔金オルガンがとっくに採りつくされ、今では誰も足を踏み入れることができない、魔獣達の楽園となった地の底にはまだ眠っているのではないか、と言い伝えられるばかりである。


魔金オルガンの多分に用いられた、鎧など、まるで想像もつかない……鎧の剣士、貴殿は、それをいったいどこで……?」


「我が忠義の証だ」


 ランベールが、銀髪の女へと大剣を構える。


「剣士さん、悪いけど私、かなり強いわよ? 面白そうだから、貴方は見逃してあげてもいいかと思ったんだけど……」


 ランベールは女の言葉に反応を返さない。

 女はわざとらしく溜め息を吐く。


「アリュス、私の名前よ。もっとも、人は私を恐れ、『異界の体現者』、『鏡竜の女王』と呼ぶけどね。防いだくらいで、どうとでもなると高をくくらないことね。私はこれで、小規模とはいえ、街を一つ落としたことがあるの」


「外道相手といえど、名乗りには応えよう。ランベール・ドラクロワ。俺がまだ部隊長だった頃、部隊一つで支城を落としたことがある。楽な戦いではなかったがな」


 言うなり、ランベールが動いた。

 アリュスとの距離を直線で詰めていく。

 

「ユーモアのセンスがあるのね、意外。でも、本当に大英雄様だというのなら、これくらいは凌いでもらわないと」


 アリュスが腕を上げる。

 四つの魔法陣が展開され、空間に歪を生じさせる。

 その四つの歪より、鏡竜こと、鏡界のドラフェアが首を出す。


「鏡界の精霊は、こちらの世界へ顕在する際に、相応の魔力を払えば、複数体に増やすことができるの。厳密には、同時に存在するように見えるだけで、正しい言い方じゃないけどね。鏡像ってところかしら? でも、ドラフェアの吐く息は、爪は、決して私達にとってまやかしや錯覚じゃあないわ」


 四っつのドラフェアの首が、それぞれにランベールへと顔を向け、口を開いた。

 口内の奥から赤々とした光が漏れ出す。


「さようなら、大英雄様。いくらその鎧を以てしても、生き埋めになれば無意味でしょう?」


 それぞれ四つの口から放たれた業火が、ランベールへと飛来する。


 アリュスがまた舌なめずりをした。


 ドラフェアの炎は、地面に容易く穴を穿つだけの威力がある。

 如何にランベールの鎧が強靭といえども、立っている地面が崩れれば穴に落下する他ない。

 落下さえさせられれば、後は埋め立てるなり、他の魔術を試すなり、何なりとやりようがはある。

 アリュスの狙いはそこにあった。


 だがランベールは、地を蹴って跳び上がり、大剣の持ち方を宙で変えて重心を操作し、放たれた炎の合間を掻い潜るように炎を避けた。

 巨大な全身鎧からは想像もつかぬほど軽妙な動きだ。

 ランベールのすぐ後ろが爆ぜて炎上するが、ランベールは気に留めず、少なくとも留めている素振りを見せず、そのまま直進を続ける。


 ランベールのほぼ時間損失皆無の、最早芸術の域ともいえる一連の動きに、アリュスも寸瞬呆然とする。


「う、嘘……ま、まさか、本当に、叛逆の大英雄だとでも……?」


 不可避のはずの攻撃を、あまりに容易く往なされ、単に自分の方が失敗したのではなかろうか、とまで思えて来る。


「いえ、だとしても、捻じ伏せるのみ! いいわ、全力で行かせてもらう」


 アリュスが両手を掲げる。

 その動作と共に、再び空に歪が生じていく。


 だが、今度の歪は規模が違う。

 今までがせいぜい直径一ヘイン(約一メートル)程度の穴だったのに対して、今回は直径五ヘイン(約五メートル)は優にあった。

 そして、それ相応に巨大なドラフェアの首が、次元の穴を抜けて宙に現れる。


「鏡界の竜は、こちらの世界と、存在の概念が違う。だから同時に複数体存在でき……大きさもまた、私が制御できる範囲の中で、膨張させることができる!」


 アリュスの目が充血し、片鼻からは血が垂れる。

 顔にも血管が浮き出ていた。

 マナの急激な消耗による弊害だ。


「規模だけじゃない。このドラフェアの一撃は、雷よりも速い! 避けれるものなら、避けてみなさい!」


 巨大ドラフェアの全身に波紋が広がる。

 その直後、口許が強烈な光を放った。

 ランベール目掛け、巨大ドラフェアの口内から光線が放たれた。


「はああああああああああっ!」


 ランベールが大剣を振る。

 ドラフェアの炎と、ランベールの大剣が交差し、光が爆ぜる。


 後には、爆風によって破壊された地面と、相変わらず無傷のランベールが残った。

 巨大ドラフェアの吐き出した炎は、ランベールの一閃により二分され、指向性を失い散乱させられ、その威力を失っていた。


「う、嘘……あの光線を、斬った?」


 アリュスが愕然と、そう呟いた。

 あり得ない。

 しかし、そのあり得ないことが、目前で既に起こってしまっていた。


「……今回は、退かせてもらうわ。また会いましょう、自称ランベール。美人からの誘いは、無下にするものではないわよ」


 アリュスの背後に空間の歪みが生じ、現れたドラフェアの頭部の口が、彼女の身体を喰らう様に覆い隠した。


 これはアリュスの最後の手――鏡竜を用いた、強引な空間転移である。

 ドラフェアの口の中に入り、ドラフェアと共に異界へ通り、こちらの世界のまったく異なる座標へと解放させる。

 異界を通る際に自身の身体を結界で守る必要があり、マナの消耗が必然的に激しくなるのだが、そのデメリットを引いても、あまりに強力な力であった。

 本人の慎重な性格もあり、この空間転移がある限り、アリュスへと致命打を与えるのは、事実状不可能となっていた。


「はぁぁぁぁぁあああっ!」


 ランベールが咆哮と共に地を蹴って前に出て、大剣を振るった。

 アリュスを呑み込んだばかりのドラフェアの顔に、縦の斬撃が走る。

 体表に波紋が広がり、ドラフェアの頭部が真っ二つになった。


 ドラフェアは顔が左右に両断された状態で形容しがたい悲鳴を上げ、形状が崩れ、背後の黒穴に吸い込まれる様に消えて行った。

 後には、ドラフェアごと頭から股に掛けて両断された、アリュスの亡骸が残った。

 アリュスの亡骸の顔には驚愕があった。


「悪いが、せっかちな性分なものでな」

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