第十九話 異次元の体現者③
ランベールは、『不死鳥の瞳』の第二部隊の一派を率いて、既にテトムブルクへと乗り込んでいた。
ランベール達の向かう先には、『笛吹き悪魔』の魔術師達が、二十名ほど並んで立っていた。
『不死鳥の瞳』の兵達の大半は、既に乗ってきた馬を失っていた。
敵の魔術で大怪我を負って逃げ出した馬もいれば、主を庇って身体を燃やされて落命した馬もいる。
それだけの死闘であった。
未だに『不死鳥の瞳』側に死者が出ていないのは、奇跡としか言いようがなかった。
『不死鳥の瞳』の迷いない進撃には、迎え討つべく陣形を敷いている『笛吹き悪魔』の魔術師達にも、あまりに不可解に映っていた。
『不死鳥の瞳』の第二部隊は、部隊長のクロイツを合わせて十一人である。
ランベールを入れても十二人。
この場にいる魔術師の数だけでも、ランベール達の倍近い数がいるのだ。
「な、なんだこいつらは……? なぜ、この状況で、平然と向かって来る……?」
魔術師達が、ランベール一行を訝しむ様に睨み、呟く。
狂気に落ちた魔術師達から構成される『笛吹き悪魔』であっても、今のランベール達は、とても正気には見えなかった。
「行くぞ、今の王家に仕える者達よ! 忠誠を剣に示し、国に仇なす者共を斬り伏せるのだ!」
ランベールの叫び声がテトムブルクに響く。
完全にクロイツの部隊を乗っ取り、指揮官として君臨していた。
ランベールの言葉に反応し、叫び声を上げながら剣を天に翳す剣士達の中には、クロイツの姿もあった。
「不気味な奴らめ……接近を許すな、我らの間合いで始末せよ! まずはあの、敵の異様な士気の源である、大鎧からだ……!」
『笛吹き悪魔』の魔術師の一人が、周囲へと呼び掛ける。
魔術師達が杖を振るい、一斉に炎の球や、氷の塊をランベール目掛けて飛ばす。
ランベールは駆けながら大剣を自在に振り回し、炎の球を掻き消し、氷の塊を打ち砕く。
無数の魔弾が、ランベールの大剣に叩き斬られ、消え失せていく。
「お、おい、まるで止まらぬぞ!」
「手を止めるな、撃ち続けろ! 近づかれたらどうしようもない!」
より一層激しく、ランベール目掛けて魔弾が雨嵐と降り注ぐ。
だがそれでも、一つとしてまともにランベールに当たったものはなかった。
もっとも、仮に魔弾が彼に当たったとしても、魔金鎧には傷一つさえもつけることは、できなかったであろうが……。
「今回も、俺がまず敵の陣形を両断する。左右に分かれたところを、前回同様の手順でそれぞれに攻撃せよ」
言葉と共に、ランベールの駆ける速度が一気に上昇する。
急接近してくる魔人を前に、『笛吹き悪魔』の魔術師達が狼狽える。
ランベールはその隙を見逃しはしない。
「はああああああっ!」
ランベールが雄叫びを上げながら大剣を振るい、横一列に並んでいた彼らの陣の、中央部を突っ切った。
ランベールの突進に巻き込まれた魔術師の身体が、大きく跳ね上げあられる。
しかし、悲鳴は上がらなかった。
ランベールの突進をまともに受けた三人は、彼に跳ね上げられた際に身体中の骨が砕け、その時には既に絶命していたからだ。
不格好に落下した彼らの死体が、重力加速によって地面に叩きつけられる。
「ひ、ひぃっ!」
ランベールに怯えた魔術師達が、陣形を乱して逃走を始める。
「俺に続けぇっ! 奴らを討ち取るのだ!」
ランベールの命令に従って、『不死鳥の瞳』の兵士達が、逃げる魔術師達へと襲い掛かる。
正面からぶつかれば人数の差を活かし、『笛吹き悪魔』の魔術師達がもっと善戦できていたのだろうが、アンデッドとしての瘴気を垂れ流しにして戦地を駆けるランベールを前に、彼らはすっかりと戦意を削がれていた。
ランベールから逃げ惑う魔術師の頭の上に、一人の男が着地した。
魔銀兜の男、部隊長クロイツである。
「戦う意志の失せたものを斬るのは私の本意ではないが、貴様らを野放しにできぬのでなっ!」
クロイツは男の頭を蹴り飛ばし、他の魔術師へと空中より強襲。
杖を振るう間も与えず、レイピアで相手の額を貫くと同時に地面に着地し、引き抜きながら回転し、その勢いのまま、背後から襲い掛かってきていた他の者の胸部を貫いた。
完全に流れのままに指揮権をランベールに乗っ取られたクロイツであったが、ランベールとの死闘とこの死地に追い込まれ、剣の技術を向上させていた。
ランベールが突撃し、敵の陣形を乱し、戦意を挫く。
後は逃げ纏う魔術師達を、『不死鳥の瞳』の剣士達が死に物狂いで討ち取っていくという流れが、このテトムブルクで完成し、洗練されつつあった。
あっという間に魔術師達が散り散りになって逃走し、『不死鳥の瞳』の兵達へと、ひと時の休息が訪れた。
此度の交戦でも奇跡的に生還できたことを喜び合う。
「皆さん、怪我はありませんか! 次の敵が来るまでどれだけの猶予があるかはわかりませんが、私が全力で治療いたします!」
女剣士フーレが兵達へと呼び掛ける。
深い怪我を負った兵が、他の者の方を借りて、フーレの許へと歩んでいく。
ランベールはその様子を眺めていたが、クロイツの足音が自身に近づいているのに気が付き、彼へと兜を向けた。
「どうした?」
「私は、ここで犬死することになるのかと半ば覚悟は決めていたが……案外、喰らい付けるものだな。まさか『笛吹き悪魔』の魔術師達を相手に、ここまで善戦できるとは、思いもしなかった。もっとも、大半は貴殿の功績によるものだが……」
クロイツは自身の心情を吐露するとともに、ランベールの功績を讃える。
「俺としては、奴らを全滅させたかったのだが、四人も逃してしまった。次の奴らは、確実に全滅させるぞ。他の兵らにも伝えておけ」
「あ、ああ……そ、そうか……」
数の不利をほとんど一人で補い、無事に敵を退けることに成功したランベールは、しかしその成果にまったく満足してはいなかった。
「……鎧の剣士よ。貴殿は、一体何者だ? ここまで腕の立つ剣士がいて、今まで自分が耳にしなかったのは、どうにも不自然だ。それに貴殿には、味方を率いて鼓舞し、平常以上に実力を発揮させる、上に立つ者の力がある。王都の兵団の部隊を任される、この私よりも遥かに、だ」
「俺の名はランベール。レギオス王国の四魔将の一角、ランベール・ドラクロワだ」
一瞬の沈黙の後、クロイツは苦笑を浮かべた。
「なるほど、八国統一戦争の大英雄様が相手では、私なぞが勝てる道理もなかったか。いや、詮索するようなことを口にして、すまなかった」
クロイツは、ランベールの言葉を冗談として捉えたらしかった。
ランベール自身も、そう受け取られるだろうと思ったからこそ、気軽に名乗ることができたのだ。
「ところで、鎧の剣士、ランベール殿は……」
クロイツがそう声を掛けた瞬間、彼はランベールから強力な殺気を感じた。
クロイツは言葉を途切れさせ、後ずさる。
「あ、いや、悪い。何か、気に食わなか……」
ランベールはクロイツへと向き直り、彼へと突進を仕掛けて来る。
クロイツには避ける間もなく、ランベールの伸ばした腕に横っ腹を弾かれ、ニヘイン(約ニメートル)ほど地面を転がった。
「がはっ! な、なにを……」
クロイツは、腹部を押さえて蹲りながらも、顔を上げる。
そのとき、ランベール目掛け、人一人包めそうな巨大な火柱が宙を駆け抜け、彼へと直撃した。
ランベールに直撃し、猛炎が爆風と共に広がり、地面を削る。
クロイツは息を呑む。庇われなければ、自分は間違いなく即死していた。
「よ、鎧の剣士!」
「まずは一人、か。やれやれ、本当に、王都の兵団の一部隊を相手に、私まで出張る必要があったというのか。たかだか、雑魚が少しやられただけで」
クロイツは、炎柱が射出されてきた方向へと向き直りながら、レイピアを抜いた。
宙に、空間が歪んだ様な、黒い穴が開いていた。
その穴からは、全身が鏡で覆われた様な、不気味な竜の首が伸びている。
鏡の体表には流動的に波紋が広がっている。
黒い穴の下には、銀髪の、気だるげな調子の女が立っていた。
「鎧の剣士……そんな、私のせいで……!」
クロイツが、煙に包まれる、ランベールのいるであろう、削れた地面の中央へと目を向ける。
「問題ない。それより、もっと常に周囲を警戒しておけ」
ランベールは、クロイツを弾き飛ばしたときと寸分違わぬ位置に、仁王立ちしていた。




