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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第十八話 異次元の体現者②

 テトムブルクは、地中や洞窟に作られた施設が主であるため、地上部分は普段はすっかりゴーストタウンとなっている。

 ところが今日は、その廃れた街に並ぶ、五十近い数の、魔術師の集団があった。


「随分と慌てているようだったけど、まったく、ルルック様は何を恐れているのやら、ンフフフ。少しでも多くの研究成果を持って逃げろと仰っていたが、この私にはわからないね。理解しがたい」


 中心に立つのは、黒いスーツを纏う、細身の男だ。

 彼は小型都市テトムブルクの錬金術師団体、『死の天使』の副団長であり、名をトニーレイルという。


 団長である八賢者『真理の紡ぎ手』は、トニーレイル以外の他の者と真っ当に接触しないため、実質的にはトニーレイルがこのテトムブルクの支配者となっていた。


「王国兵団の様子見の兵なんて、怖くもなんともないのにねぇ。そう思わないかい? 私の可愛い、可愛いお人形達よ」


 そう言うとトニーレイルは、彼の隣左側に立つ、執事服の美少年へと目を向ける。

 トニーレイルの右側にも、同様の服装の美少年が立っている。

 二人とも死んだ目をしており、表情には感情が介在していなかった。


 少年達は、トニーレイルが趣味で集めた奴隷であった。

 トニーレイルは、ラガール子爵領から掻き集めさせた非検体である子供の中から、自身の気に入った少年を調教し、自らの世話係として傍に置いていた。

 無論、抵抗したり、覚えが悪かったり、ヘマをした者は、即座に実験室送りとなる。


 トニーレイルは質の悪い笑みを浮かべながら、傍らの少年の頬を撫で、舌舐めずりをする。


 そこへ、ローブを纏う『笛吹き悪魔』の魔術師一人が、トニーレイルの許へと駆け寄ってくる。


「トニーレイル様、ご報告があります。十数名の剣士が、テトムブルク周辺で発見されました」


 報告を受けたトニーレイルの口が、三日月の形に吊り上がる。


「十人ぽっち! それも、どうせ兵団の凡夫共であろう。ハハハハ、アッハハハハハ! なんと笑える話だ! アハハハハ! 何をしにくるのかな? 彼らは自殺願望でもあるのかな? ならばそれを、速やかに手伝ってあげなければねぇ!」


 言いながら、手を叩いて笑う。

 他の『笛吹き悪魔』の魔術師達も、それに追従して笑い声を上げていた。


「諸君、聞き給え。じっとしていれば、本格的に国の上位兵共と、教会の異端審問会の奴らが押し寄せて来るだろう。我ら『死の天使』の団長、『真理の紡ぎ手』様も、連中と一戦を交えるべきでは『まだ』ないと仰っている。この地、テトムブルクは離れねばなるまい。だが、我々が、ただで逃げたと思われては、王家の連中をいい気にさせるだけだ」


 トニーレイルが両手を広げ、演説を始める。


「ここへ向かってくる王国兵団の方達には、これ以上なく凄惨に死んでいただく! いや、それだけではない! それだけでは足りない! 王国全土が恐怖する、凄惨な地獄をこの領地に築き上げる!」


 細い身体をくねらせ、両腕を何かを掴もうとするかのように天へと伸ばす。


「我々誇り高き『笛吹き悪魔』が裏切りを働いたなど、あってはならないこと! だがラガール子爵に、毒蟲は作用した! これはッ! 我々と同盟を結んだ彼が、卑劣にも我々を裏切ったということ! ならば我々がこの地で殺戮を働いたとしても、それは秩序なき暴虐ではなく、報いである! 我々は、審問会が動くまでの猶予で、ラガール子爵領へと制裁を下し、その顛末を王国全土の目に晒す! 徹底的に知らしめるのだ! 我らの撤退が、相手に心理的猶予を与えないように!」


 トニーレイルにも、ラガール子爵に掛けられていた呪術が、複雑かつ不安定な人の感情に左右されるものであり、何かの拍子に誤作動を起こしてもおかしくないということは、正しく理解していた。

 ラガール子爵に掛けられていた呪術も、彼が裏切った際の保険というよりは、実際に契約の場で用いて十分な効力を発揮できるのかという、実験的な意味合いが強かった。


 だが、トニーレイルに欲しいのは、この地で大殺戮を引き起こしてもいい理由付けであった。

 国内の貴族を引き入れて協力者としている『笛吹き悪魔』は、邪魔になったラガール子爵領を切り捨て、その地で暴走を起こしたなどという事実を残すわけにはいかない。

 他の協力者たちが『笛吹き悪魔』に対して疑念を持ち、裏切って再び王家側につく可能性が高まるからである。


 しかし、ラガール子爵を裏切り者にしたて上げ、彼の領地へと制裁を下せば、逆に協力者達に自身らを裏切らない様、脅しを掛けることに繋がる。


「王国と、この国の民にも知ってもらわねばならない。我々『笛吹き悪魔』が、どれだけ優れた存在であるのかということを! 今はなき、八賢者『屍の醜老』ことマンジー様は、少数で冒険者の都バライラに壊滅的な被害を与えた! だが、それでは足りないのだ! 本来ならば、バライラを人一人残らずアンデッドへと変え、マンジー様も帰還なさるはずだった! あのお方は、しくじられたのだ! 我々が、この地を手放すついでに第二波を巻き起こし、今度こそ正しく、王家に宣戦布告する!」


 狂魔術師達が歓声を上げる。

 この場に居合わせ、静かに佇んでいるのは、トニーレイルの奴隷となっている美少年達だけであった。

 別のところから駆けてきた三人目の執事服の少年が、トニーレイルの前で立ち止まり、無感情に頭を下げる。


「主様、アルアンテ様が、この機に乗じて脱走するつもりかもしれません。被検体と共に、姿を晦ましたそうです」


「我が愛しのロビックか。その心配はないよ。私は、アルアンテ君については、君達が関与しない様に言ってはいなかったかな?」


「……しかし、非常事態かと考えたもので」


「ふむ、無理もないか。鼠を連れて消えたんだものね。彼自身、逃げるつもりだったのだろう。だけれど、アルアンテ君は、絶対に逃げられないよ。それに、もし交戦に巻き込まれたとしても、それで命を落とすこともないだろう。彼は大人しいからそうは見えないかもしれないが、魔術に関しては間違いなく天才だ。今はともかく、将来性ならば、私さえも凌ぐ。だからこそ、ここへ連れて来られたのだがね」


 トニーレイルが口端を吊り上げ、気味の悪い笑みを浮かべる。


「……アルアンテ様が、逃げ出さない。その確信はわかりませんが、主様がそう仰るのであれば、そうなのでございましょう。安心いたしました」


「しかし、君達にしては、珍しいね。私の言に食い下がってまで、アルアンテ君の行く先を案じるなんて」


「主様の計画に、支障が生じてはならないと考えまして。僕は詳しくは存じておりませぬが、アルアンテ様は、大事なお方なのでしょう?」


 トニーレイルが、気色の悪い笑みを顔に張り付かせたまま、身体を大きく曲げ、少年執事の顔を覗き込む


「違うね、ロビック。君は、自分が囚われ、逃れる術もなくこの私に奉仕するしかない身であるというのに、自分と似た立場にあると信じていたアルアンテ君が逃げ延びて、何処かの地で幸せになるかもしれないことが、この上なく悔しいのだろう? そうなのだろう?」


 トニーレイルは顔を覗き込んだまま、少年の目の横から、頬の下までを、舌で舐めた。


「私にはわかるよ、ロビック。君の浅ましく醜い、人の不幸を心から願う、嫉妬心をね。安心するといいロビック、誰もこの私からは逃げられやしない」


 ロビックはトニーレイルに舐められる間も、ずっと無表情で、ただその場に立っていた。

 内心を言い当てられようとも、驚く素振り一つ見せない。あるいは、そんな感情はとうに根こそぎ剥がされているかのようだった。


 トニーレイルは身体を起こし、哄笑を上げる。


「さぁ、諸君! 誰も我々を止められやしない! 各々に、この地に秩序ある暴風を齎すのだ! 景気づけに、ここへ向かっているという王国兵団の連中を、かつて人間だったとは誰もが思えない姿にしてあげよう!」


「トニーレイル様! お耳に、お耳に入れておきたいことが!」


 『笛吹き悪魔』の魔術師の一人が、慌てた様子でトニーレイルの元へと駆けて来る。


「どうしたのかね?」


「実は、ハバネ様が、ハバネ様の率いる狂戦士部隊が……!」


「ハバネ殿が動いたのか……ならば、王国兵団の連中は既に死体か。生かして捕らえ、じっくりと甚振りたがったのだが、出鼻をくじかれたな。ハバネ殿は、独断行動が過ぎる」


 トニーレイルがうんざりした表情を浮かべる。


 ハバネは『笛吹き悪魔』の魔術師の一人であり、『死の天使』では、人間の思考を奪い、筋力の枷を外させ、狂戦士を生み出す研究を行っていた。


 彼の率いる狂戦士部隊は、恐ろしい力と生命力、打たれ強さを持つ剣士達で構成されている。

 剣技は拙く、知性に欠けるためまともな策も練れないが、それでも力だけで剣の達人を圧倒できる強者であった。


「あのバーサーカー共に、加減だの人質だのといった知性があるとは考えられない。ついでにいえば、ハバネ殿にも、あるのかどうか怪しいところだ。敵方は一人も生きてはおるまい。まったく、予定を狂わせてくれる……」


 トニーレイルが頭を抱え、深く溜め息を吐く。


「いえっ、全滅したのです! ハバネ様率いる狂戦士部隊が、王国兵団の一部隊相手に、全滅させられたのです!」


「な、なんだと!? あり得ない! 敵は、十数人ではなかったのか!?」


「は、はい! ですが、恐ろしい勢いで攻め込んで来まして……バーサーカー部隊が、あっという間に……! 既に、テトムブルク内部まで入り込んでおります!」

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