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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第十七話 異次元の体現者①

 王国監査兵団『不死鳥の瞳』の第二部隊長クロイツは、十名の部下を率いて、ラガール子爵領内にある鉱山周辺へと、馬に跨って向かっていた。


「クロイツ様……その、本当に、向かうのでしょうか?」


 クロイツの部下である、フーレという名の、黒い短髪の女剣士が、訝しむ様に尋ねる。


「あ、ああ、少なくとも、敵ではないはずだ。あの男は、確かに子供を保護していた。それに……『笛吹き悪魔』の手先を名乗った魔術師を、両断したのも事実だ。情報に偽りはない」


 クロイツは、歯切れ悪くそう返す。

 魔銀ミスリル兜から覗く口許は、唇を痕ができる強さで噛み締めていた。


「その、私の訊きたいことは、そういうものではありません……クロイツ様も、わかってはおられるのでしょう? 私は、王国のために、命を捧げるつもりではあります。しかし、これは、その……大空を舞うドラゴンへ、一本の剣で立ち向かうが如く、伝承的な無謀なのでは……?」


「無駄ではない……一人でも多く奴らを仕留めることが、結果として百人の民をも救うことになる……そう、これは、決して無駄死にではない。伝令は、リュークだけで事足りるだろう」


 クロイツは、自分を納得させるかのように言う。


「クロイツ様が本気でそのおつもりならば、私も死者の国までお供致しましょう。しかし、しかし……本当にこれは、無駄死にではないのですよね?」


 クロイツは、彼女の言葉には何も答えなかった。


「む? また見張りかと思えば、お前達だったか。合流できたのは幸いであったな」


 そう言ってクロイツ達の許へと現れた大鎧の男、ランベールの大剣からは、まだ新しい血が垂れていた。



 ――遡ること、数刻前。


 ランベールとの決闘で腕に負傷を負ったクロイツは、律儀にランベールより押し付けられた子供の親を見つけ出した後、『不死鳥の瞳』の白魔術を扱える、女剣士のフーレに頼み、腕の不調をその場しのぎで治癒させていた。

 この地にいる限り、再びどこから敵が出て来るかはわからない。

 悠長な、長期の確実な治療など、待っていられるはずがなかった。


 魔術師と剣士の力量差など比べようがないが、高名な錬金術師であったジルドームは、はっきりとクロイツよりも格上の存在であった。

 さすがにあんな有名人が続け様に出て来るとは思えなかったが、それに迫る実力者が潜伏していることは疑いようがない。

 それにまず間違いなくこの地に潜んでいる八賢者は、恐らくジルドームより数段は上の存在である。


「クロイツ様……この腕のお怪我は、いったい敵に何をされたのですか!? 筋肉の断裂が、あまりに酷い……周到に痛めつけたとしか思えません!」


 フーレはクロイツの腕を握りしめながら、彼の身を案じて声を荒げる。


「あ、ああ、少し……その、な。まぁ、最後は私が勝ったが、いや、恐ろしい奴だった……」


 まさか、無関係な剣士に斬りかかって返し技が全て対応された上に、止め時がわからなくなって自分で腕に負担を掛けたなどと部下に言えるはずもないクロイツは、言葉を濁す。


「我々が当たりなのか、外れというべきか、この地は、『笛吹き悪魔』共の根城となっている。はっきりと言って、私達の部隊だけで対処できる相手ではない。『不死鳥の瞳』全部隊をこの領地へ向かわせるべきだが……その頃には、敵も撤収を終えているだろうな」


「裏切り者は、ラガール子爵でしたか……。決して評判のいい男ではありませんでしたが、そんな大逸れたことをできる器だとも思わなかったのですがね」


 元々、任務はラガール子爵に不穏な動きがないのかの監査だったのだ。

 まさか、『笛吹き悪魔』の魔術師を大量に相手取ることになる想定など、してはいない。

 相手に時間を与えることになるとしても、一度引き返す必要があった。


「……ただ、撤収するよりも先に、一度会っておかねばならぬ男がいる」


 クロイツの頭には、単独でラガール子爵の屋敷に乗り込むと宣言した、鎧の大男のことがあった。

 まさか本気で乗り込んだとは思いたくないが、もしかしたらあの男ならば本当にやったのではないかという疑念もあった。

 何にせよ、本気で動いていれば、とんでもない事態へと発展している事だけは間違いない。

 結果を把握してからでも、撤収するのは遅くないという判断だった。


「あの大鎧の男と、一度合流せねばならぬ。私が奴らを討つのにも……その、まぁ、それなりに手を貸してくれた男だ。足手纏いになることはないだろう」


 部下の前で威厳を保つ必要があった以上、全てを赤裸々に語ることはできなかった。

 日頃から王国を守る剣として鍛えている彼らが、一般人に後れを取ったなど、大々的に言えることではない。

 恥でもあるし、部下達の士気にも拘る。

 クロイツ自身の自尊心の問題もあった。


「クロイツ様と、肩を並べることのできる剣士とは……なんと……! 私ももっと、クロイツ様の右腕として、精進せねばなりませんね」


「ん、あ、ああ、まぁ、そうだな」


 使命に燃えるフーレに対し、あくまでもクロイツの口調はしどろもどろであった。

 そこへ、大きな足音が近づいて来る。

 クロイツとフーレが振り返れば、大鎧の男が立っていた。

 クロイツが助けられた男に違いなかった。


「な、何者!」


 ランベールのただものならぬ気配を察したフーレが、鞘に手を掛けて彼の前に出る。


「か、彼が、話した協力者だ! フーレ、鞘から手を、鞘から手を放しくてくれ!」


 機嫌を損ねればどうなることやらわからない。

 クロイツが口早にフーレへ行動を正す様に命じる。


「貴方が、そうでしたか。それは、失礼を致しました……」


 フーレがクロイツの様子に、若干の疑問を抱きながら下がる。

 クロイツが小さく頭を下げる。


「先程は、助けられた。重ねて礼を言わせてもらう。しかし、さすがに、直接にラガール子爵の屋敷に乗り込むのは、止めたらしいな。正直なところ、安堵した。無謀が過ぎるというものだ。貴殿の正義感は、この私の立場を以ても賞賛に値する。しかしだ、急いて無駄死にする道理はない」


 クロイツが大鎧の男と別れたのは、つい数刻ほど前である。

 子爵邸へと襲撃を仕掛ける時間があったはずがなかった。普通に考えれば。


 少し間をおいて、クロイツが再び口を開く。


「……鎧の剣士よ、私達と共に、来るつもりはないか? 貴殿が入れば、我が第二部隊は……」


「失敗した。敗北と言っていい。ラガール子爵は、奴らの呪術で死んだ。八賢者には逃げられた。どちらも俺のヘマだ。八賢者の確保だけでも、確実に優先するべきだった。どっちつかずで両者を逃すとは」


「……うん?」


 クロイツの口許が、理解不能の言の前に歪む。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。その言い草だと、まるで既に襲撃は終わり、帰ってきたところのようだが、きっと話が噛み合っていないのだろう」


 クロイツがランベールへと手を伸ばし、話を遮ろうとした。

 だが、ランベールはクロイツの言葉には耳を貸さず、言葉を続ける。


「だが、情報は得た。奴らの拠点は、鉱山近隣にある、テトムブルクだ。数十に及ぶ、『笛吹き悪魔』の魔術師が隠れているのだという。すぐに叩けば、『笛吹き悪魔』の戦力を大きく減らすことができるはずだ」


「数十人だと!?」


「数は問題ではない。せいぜい大半は、ジルドームにもやや劣る程度であろう」


「ジルドームが数十人!?」


 クロイツの脳裏には、数十人のジルドームが、彼の見た偏屈そうな表情で熱球を生み出し、大量のプラズマの獣を操っている姿が浮かんでいた。

 控えめに考えて、これまで彼の経験してきた修羅場が一笑に伏される地獄だった。


「少々面倒だが、やるしかあるまい。俺一人では、大量の魔術師を討ち漏らしてしまう。手を貸してくれるな?」


 完全に一度引き返すつもりだったクロイツは、驚愕のあまり大口を開け、呆然とランベールを見つめていた。

 フーレもまるで理解が追いつかず、クロイツと大鎧の男へと、状況説明を求めて交互に目をやった。

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