第十五話 笑い道化⑥
「貴様ら、知っていることを吐け。これ以上、『笛吹き悪魔』につく意味もなかろう」
ランベールがラガール子爵の私兵達を向き直り、声を上げる。
私兵達はラガール子爵の死体へと目線を下ろした後、皆武器を捨てて手を上げた。
がらん、がらん、と、剣の落下音が響く。
目前で、これまで自身らが恐れて従っていた八賢者のルルックが、なすすべもなく圧倒されたのだ。
戦う選択肢など、あるはずもなかった。
私兵達が顔を見合わせ、その後、居合わせた私兵達の中では年長者らしい、壮年の男が口を開いた。
「王家の兵が、この領地を探っているという話だったが……まさか、こうも直接的な手に出て来るとは」
ランベールの脳裏に、魔銀兜のキザ男、王国監査兵団『不死鳥の瞳』の第二部隊長クロイツの姿が浮かんだ。
探っていたのは彼らのことだろうが、部隊長のクロイツは、こちらには来ずにランベールに押し付けられた子供の面倒を見ることになっていた。
その後どうしているのかはランベールの知るところではない。
もっとも、ランベールに斬りかかった腕を負傷したままなので、ついて来ても大したことはできなかっただろうが。
「まぁ、そんなところだ。我らの部隊長は容赦がない。今の間に、正直に話すことだな」
「この男の上に、部隊長だと……?」
「馬鹿な、王国兵団はここまで強かったのか」
私兵達が、ランベールの言葉を聞いて狼狽える。
現在療養中であろうクロイツのハードルが、ラガール子爵の私兵達の間で跳ね上がった瞬間であった。
「『笛吹き悪魔』は……この領地を、錬金術の実験場として扱っていた。ラガール子爵様がこの地を提供する代わりに、奴らの引き起こすテロ行為に巻き込まないことと、いずれ国家転覆が実現した際に、今より高い地位を得ることが条件だった。ただ……奴らとしては、もっと下準備を整えてから動くつもりだったが、オーボック伯爵から辿られたことで、かなり焦っているようだった」
壮年の私兵が語る。
「なるほど」
領地を実験場として提供するなど、王家の監査兵団がしつこく調査を行えば、隠しておけるようなことではない。
組織の存在が早々に露呈し、国から危険視され始めた時点で、恐らくラガール子爵は遅かれ早かれ切られる運命にあったのだ。
「その実験場はどこにある?」
放っておけば、ラガール子爵の死を知った『笛吹き悪魔』達は、逃げ支度を進めることであろう。
そうなる前に、一人でも多くの『笛吹き悪魔』の魔術師を、ここで仕留めておく必要があった。
小さくない規模の実験場があるのならば、そこに少なくない数の『笛吹き悪魔』の魔術師もいるはずで
あった。
叩くには絶好の機会である。
「テトムブルク……小型都市、テトムブルクだ。元々は、鉱山に隣接して作られた、貧民を坑夫として集めて逃がさない、強制労働所だったが……大した魔鉱石が取れない上に、有毒ガスの被害があまりに多くて採算が合わなかったため、放棄されていた場所だ。そこにルルックの奴らは、目を付けた。だが、あそこには、踏み込まない方がいい……」
「ほう」
「ラガール子爵様は、はっきり言って、身勝手な人だった。他人がどうなろうと、知ったことじゃあない。テトムブルクで大量のガス死者が出た時も『利益が出るなら続けろ、何の価値もない奴なら貧民街にごろごろいる』と言っていたほどだ。ただ、後ろ暗いことを行いつつ、人を捕らえて作業させるだけの手間と見返りで比べても採算が合わなかったため、結果として続けられることはなかったが……」
決してラガール子爵は、『笛吹き悪魔』と関わる前は善良な領主だった、ということはない。
監査の目の届かない辺境地なのをいいことに、いつも思い付きの様な雑な政策を振りかざし、その帳尻合わせに王国法を度外視した税収、貧民の拉致・奴隷化と、やりたい放題であった。
「それでも……ラガール子爵様が一度、ルルックの支配下になったテトムブルクへと直接向かう機会があったのだが……しばらくは、大好きな食事が喉を通らなくなっていた。見ただろう、ラガール子爵様の、やつれた顔を。元々は肥満気味で、肌ももっと張っていたお方だったが……あの日を境に、すっかりああも変わられたのだ」
私兵の男が、ラガール子爵の額の割れた無残な死体へと目線を落とす。
ランベールの目にしたラガール子爵は、噂と違い、痩せこけた男だったが、その理由はテトムブルクにあるのだという。
「『笛吹き悪魔』と縁を切りたがっていたのも、テトムブルクを目にしたからだ。そのとき、視察に付き添っていた私兵が五名いたが……全員心を病んで、一人は自殺しちまった。俺達はあそこで何が行われているかなんて知りたくもなかったから、聞いてもいない。ただ、あそこだけは駄目だ。テトムブルクは、呪われた地だ」
「テトムブルク……坑夫の休憩所を流用して作った、『笛吹き悪魔』の実験場か」
無論、行くなと言われ、止まる理由はランベールにはない。
悲惨な場所も、悪意と欲を際限なく詰め込まれたような魔術師も、八国統一戦争時代に腐るほど見てきていた。
小型都市テトムブルクには、熱電離魔術を操っていたジルドームの様な、『笛吹き悪魔』の魔術師が複数人存在することには違いなかった。
上手くいけば、大幅に『笛吹き悪魔』の戦力を落とすことができる。
それに、研究の成果がテトムブルク外へと持ち出されることを阻止できれば、『笛吹き悪魔』の大きな妨害にもなる。
(次は、そこへ向かうとしよう。どこかで、逃したルルックも拾えるといいのだが)
小型都市テトムブルクには、八国統一戦争の負の遺産、ヒュード部族の秘術を操る魔術師がいる可能性も高い。
ランベールとしてはここを逃す手はない。
(しかし、小型とは言え、都市を名乗っているのか……それだけ広ければ、かなりの討ち漏らしが生じる。俺一人、というわけにはいくまい)
だが、この地に真っ当に戦えるものがいるとは思えない。
ラガール子爵の私兵達を連れて行くというのも手だったが、モチベーションがあるとはとても思えない。
彼らは主の言うことに逆らえなかったにしろ、テロリストの活動を黙認し、加担していたことには違いない。
何らかの処罰が下されるであろう身だ。
それに主を『笛吹き悪魔』に殺されたとはいえ、この形ではその主の自業自得に近い。
元より、全員がテトムブルクと聞いただけで青褪め、震え上がっていた。
(クロイツは、部下も来ていると言っていたな……)
再びランベールの頭に、正義漢クロイツの顔が過る。
彼の仕事は、ラガール子爵の監査である。
ラガール子爵が『笛吹き悪魔』と手を組んでいたとすれば、彼らを裁くのは元々クロイツの役目なのだ。
情報を提供をすれば、喜んで出て来るに違いなかった。
少なくともランベールの考えではそうなっていたし、彼らがいくら嫌がろうとも絶対に連れて行くつもりであった。




