第十三話 笑い道化④
「あはっ、ポルターシザーが返されたのは久しぶりだったから、びっくりしちゃったかな。私もちょっとだけ、本気で行こうかな?」
ルルックが、器用に真紅の杖を回転させながら振るう。
彼女を囲むように四つの魔法陣が展開された。
「我が声に応え、物界より来たれ! 悪意の輪郭マリスドール! 忌まわしい制約ロッククロック! 傲慢なる天秤デモン・ジャッジ! 紅い瞳ドレッドボール!」
召喚魔法の四連行使により、物界の精霊四体がこの世界へと招かれる。
目から黒い涙を流すボサボサ髪の少女の人形、縁に目が等間隔に模様の様に並ぶ不気味な掛け時計、中央に悪鬼の頭部を模した飾りのなされた黄金の天秤、真っ赤な単眼の開く縞模様のボールの四つが現れ、宙に浮かぶ。
「人形と、時計と、天秤と、ボール……このパターンを使うのは久々ね、きゃはっ! さっきポルターシザーに斬られていれば、楽に死ねたのに。せいぜい私を本気にさせたことを、後悔することね」
ルルック自身も、回していた杖を構えてランベールを睨む。
マリスドールとロッククロック、デモンジャッジが、各々に宙を漂い、ランベールを囲む。
「精霊が四体か。物界の精霊と戦ったことはあるが……姿と同様、操る魔術も特性も掴み辛く、戦い辛い。嫌な精霊を使う」
ランベールが、四体の精霊を目で追う。
ロッククロックとデモンジャッジの二体は、ランベールを囲んで回り、距離を取ったり離れたりを繰り返す。
一番小さな精霊マリスドールは恐ろしく素早く、ケタケタと笑いながら室内を縦横無尽に飛び回っていた。
マリスドールと同様にドレッドボールも不規則な動きで飛び回る。
広間の空気を、異界の精霊達が支配する。
マリスドールの不快な笑い声が響く。
デモンジャッジの黄金の悪鬼の装飾も、マリスドールに追従する様に口を開けて笑い始める。
『貴様ラノ価値ヲ測ル。コレヨリ、コノ場ノ支配者ハ我トナル』
デモンジャッジが笑いながら宣告する。
「ひっ、来るな……! あっ!」
飛び交うドレッドボールが瞬きをし、挟み込まれたラガール子爵の私兵の首から上が取り込まれる。
再び開かれたとき、ドレッドボールの目には、もう何も残っていない。
頭部を失った私兵が、どさりと膝を突き、そのままその場に崩れる。
「ネ、ネビット!? な、なんだ!? あの化け物は!」
「ルルック様、化け物を止めてください!」
「ひぃっ! い、嫌じゃあっ! わわ、ワシはまだ、ワシはまだ死にたくない!」
突然化け物の支配下に落ちた広間の中で、ラガール子爵とその私兵達が悲鳴を上げる。
ルルックはドレッドボールが自身を横切った際に跳び上がり、片足でその上に乗る。
ドレッドボールはルルックを乗せて、宙に浮いた状態で固定された。
「それではこれより、このわたくし、八賢者が一人、『笑い道化』のルルック・ルルックによる演目を始めさせていただきますのでご覧ください! これより先は観客の方であっても命の保証はしかねますので、ご了承ください!」
ルルックが両手を広げて宣言する。
同時に、マリスドール、ロッククロック、デモンジャッジの三体の精霊が、ランベールへと急接近を始める。
マリスドールがケタケタ笑い、デモンジャッジがランベールへと『貴様ハ、死ヌ!』と告げた。
「きゃははははは! マリスドール達の恐ろしさを教えてあげるわ! 力押しじゃあどうにもならないこの私の舞台を、果たしてどう生き延びるつもりかしら?」
ランベールは腕を大きく伸ばし切り、巨大な円を描く様に大剣を振った。
たったの一振りで人形の首が撥ね上げられ、ロッククロックが上下に分かたれる。
更に大きく踏み込みながら振り切った刃は、デモンジャッジの悪鬼の飾りを綺麗に砕いた
そのままデモンジャッジは大剣と床に挟まれて押し潰される。
三体の精霊達が、各々魔力の光を残して消えて行った。
「は、はぁ!? はぁ!?」
ルルックは困惑を露わにしながら、ドレッドボールを蹴って後方へとステップし、ランベールから素早く距離を取った。
ドレッドボールはルルックの真下を常について移動していく。
再びルルックの足がドレッドボールへと落ちるが、ルルックは更に蹴って後方へと跳び、その場から大きく下がる。
素早く後方の壁際まで寄り、またドレッドボールの上へと着地した。
「ふっざけんなよ、こんなの、攻めようがない……」
ルルックが思わず悪態を漏らす。
息を切らし、背を屈めながら肩を上下に揺らす。
(今……撤退が遅れたら、続く二振り目を受けていたかも……)
ルルックは、ほんの一瞬だけ気持ちが緩んだ。
避けられてよかったという安堵が、ルルックの思考に隙を生み出したのだ。
そしてその隙にランベールはルルックへと急接近していた。
「えっ……きゃ、きゃぁぁぁぁああああっ!」
ルルックが甲高い悲鳴を上げながら、後方へと倒れる。
ルルックは足場のドレッドボールを蹴り出した。
ドレッドボールはルルックとランベールの間に跳び上がり、ランベールの大剣を受け止めた。
ルルックは地に屈みながら、ランベールの大剣を見上げる。
「た、助かっ……」
「はぁぁぁあっ!」
ランベールの大剣がドレッドボールを叩き斬り、そのままルルック目掛けて落ちていく。
「ひぃっ!」
ルルックは身を屈めて回避を試みる。
降ろされた刃は、ルルックの頭部を掠めた。
ルルックは掠めた刃の勢いで床へと叩きつけられ、面に大きく罅が入った。
ルルックの身体が床と衝突して跳ね上がる。
それを待っていたとばかりに、ランベールは大剣の突きを真っ直ぐに放つ。
ルルックの身体を貫通し、鮮血を噴き出させた。
「がはっ……ふ、ふざけるなよ、何者だ、お前……!」
ルルックが弱々しく、自身を貫く凶刃へと手を触れる。
そのままランベールが体重を掛けると、ルルックの背後の壁が崩れる。
ランベールが彼女を貫いた刃を引き抜くと、ルルックは悲鳴を上げながら落ちていった。




