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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄
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第一話 アンデッドナイト①

 ウォーリミア大陸西部では、四百年以上に渡って戦争が繰り広げられていた。

 この戦争は後に八国統一戦争と語られる。

 レギオス王国が二つの国を支配下に置いたことで戦争は情勢を大きく変え、その事実は戦いをより苛烈なものへと駆り立てた。

 そしてそれに伴い、急速に終結へと向かっていた。

 やがて八つの小国から成り立っていたウォーリミア大陸西部は、レギオス王国を含めて残すところたったの二国となっていた。


 戦争終結間際のある日、レギオス王国の将軍ランベールは一人で野営地を出て、夜空を見上げていた。


「ランベールよ。こんな夜中に出歩いてどうしたのだ?」


 ランベールが振り返れば、同じくレギオス国の将軍であるグリフの姿があった。


 ランベールは今でこそレギオス王国中から愛されている大英雄であるが、昔はただの農民であった。

 グリフはランベールが農民から異例の出世を遂げて名家の者達から疎まれていたときから、ランベールを庇い、共に励まし合って来た大の親友である。


 グリフは挨拶代わりに軽く手を上げた。

 グリフの後に続き、八人の部下が姿を見せる。


「少し、昔を思い返していた。オーレリア陛下に拾われる前の、ただの暴れん坊のガキだった頃をな」


 ウォーリミア大陸西部に争いが絶えないことを憂いたレギオス王国の前王が平和な時代を作るために西部統一を志して隣国を落とし、その子息であるオーレリアが父の意志を継いて更なる領地の拡大を重ね、ついに西部八国の統一にリーチを掛けたのだ。


 正確にはオーレリアは子息ではなく子女なのだが、そのことは一部の側近達にしか知らされていない秘密であった。

 オーレリアと親しいランベールやグリフは彼女の事情を知っていたが、それでも会話の中でも不用意に漏らさぬほどに徹底していた。


 前王の死後、前王の弟である大公が王位簒奪を企てて、まだ幼かったオーレリアの兄を暗殺したのだ。

 大公の野望を止めるため、生まれたばかりのオーレリアは、性別を男と偽らざるを得なくなってしまった。

 大公を処刑した今でもそのことはまだ尾を引いており、オーレリアは自身が男であると偽っている。


「しかし、グリフはなぜここへ? 持ち場は少し遠くだろう」


「改めて、地形を自分の目で確認したくてな」


 そう言ってグリフは少し歩き、崖の手前で足を止める。


「……ランベール、この戦、お前はどう見る?」


「気を緩める気はないが……はっきり言って、余裕だろう。半分の戦力でも十分だろうな。ここまで苦労させられたものだが、最後は呆気ないといったところか。ここを押し切って本格的に攻め入る姿勢を見せれば、向こうの馬鹿王も降伏せざるを得んだろう」


「そうか、実は俺も同意見でな。お前の口から聞けて、安心したよ」


「グリフ……?」


 グリフは崖の方を眺めていたが、振り返りながら剣を抜き、ランベールへと斬り掛かってきた。

 ランベールは慌てて剣を構えて防ぐ。

 キィンと、金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。


「おい、これは何の真似……」


 ランベールの背後にいた、グリフの八人の部下が剣を抜いて、一斉にランベールへと襲いかかった。


「このっ!」


 ランベールは身を屈めて横に転がり、八つの剣を回避した。

 そのまま素早く起き上がり、野獣の如く咆哮を上げて剣を横薙ぎに振るう。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 一人の足がへし折れて宙に舞い、もう一人は腰に剣を受けて血を噴き出しながら撥ね飛ばされた。

 されどランベールの剣は勢いを止めず、三人目の鎧の胴部分を砕いて叩き斬り、上体を宙へと舞わせた。

 たったの一振りで、鎧を着込んだ三人を斬り飛ばしたのだ。


 だがランベールが部下を注視している間に、グリフがランベールの完全な死角へと入り込んだ。

 元より九対一。

 敵全体を捉えながら戦えるほど、甘い状況ではなかった。

 ましてや鎧兜は視界が狭い。


 ガタリ。

 金属鎧の関節部が噛み合う音が聞こえ、ようやくランベールはグリフの正確な位置を把握した。


「悪く思うなランベール!」


 死角から跳び上がっていたグリフが、ランベール目掛けて剣を振り下ろす。

 重い魔金オルガン製の鎧を纏っているはずなのに、まるで重力を感じさせない軽々しい跳躍であった。


 グリフの得意技、『月羽』である。

 この技はランベールも知っていたが、自分の命を奪うために放たれることがあるとは、思いもしていなかった。

 稽古や第三者として見ているときとは、まるでプレッシャーが違う。


 ランベールは咄嗟に地へと屈んで角度をつけて受け流したが、鎧越しに肩の骨へと強い打撃を受けた。

 上位兵の鎧はフルプレートが主流であるため、それに合わせて剣も鈍く重い、打撃に特化したものとなっている。

 おまけにその剣には、魔金オルガン製鎧のとんでもない重力がそのまま乗っかかっている。


 ランベールの肩に打撃を加えたグリフの剣の刃が、そのまま地面へと叩きつけられる。

 轟音と共に地面に罅が入り、土埃が舞った。


「よくぞ往なした! だが、これでもう利き腕は上がらぬだろう!」


 再びグリフが跳び上がり、剣を振るう。

 二度目の『月羽』である。


「舐めてくれるな! うおおおおおっ!」


 ランベールは負傷した肩を強引に上げ、力任せに両腕で剣を振り下ろした。


 グリフは慌てて剣を構え直して防いだが、上から叩きつけられた重圧に地へと弾き落とされた。

 地面にしゃがみ込む形で上手く着地したが、ランベールの力任せの一撃は並大抵ではない。


 グリフとて幾度と激戦を潜り抜けた英雄、衝撃に負けて剣を手放すことはなかった。

 だが剣を受けた衝撃で、手と足が痺れていた。

 ただの痺れではない、手足の関節部が焼き尽くされるような激痛を伴った痺れである。

 グリフは自分が命を狙っていたランベールの前で、無様に身を屈めて動きを止めることになってしまった。


「ば、馬鹿な……こんなはずでは……」


 グリフの顔に、ようやく焦りが見え始めてきた。

 左右から、グリフの部下が二人助太刀に飛び出してきた。


「グリフ将軍ッ!」


 ランベールは手にした剣を棍棒のように振り回し、二人の頭を鎧兜ごと粉砕した。

 グリフの部下はあと三人残っていたが、手にした剣を落とし、ガタガタと震えるばかりであった。


「そ、そんな……ランベール将軍が、こ……これ程までとは……」


 グリフの部下は既に戦意を失っていた。

 自分達でもランベールの気を引いて、グリフのサポートを行うくらいはできると信じていたのだ。

 そのためならば、命を失う覚悟もあった。

 だがこうもあっさりと、無意味に惨死を迎えるような覚悟は持ち合わせていなかった。

 決してグリフの部下が臆病だったわけではない。

 ただ、命を張るならば、それ相応の意味がほしかった。

 ランベールは、彼らが想定していたよりも遥かに強大な相手であったのだ。


「ラ、ランベール……」


 グリフが顔を青くしてランベールを睨む。

 グリフが立ち上がろうと腰を上げるよりも一瞬早く、ランベールの剣がグリフの首の横に添えられた。


「……俺はオーレリア陛下が西部統一を成すまでは、死ぬわけにはいかんのでな」


「フ、フフ……そのオーレリア陛下の命令だというのに」


「な、なんだと!?」


 その言葉には、さすがのランベールも動揺した。

 その狼狽え様を見て、グリフは頬を引き攣らせたまま、やや口端を歪めた。


「お前には、圧倒的な力とカリスマ性がある。この戦争……お前がいなければ、俺達の孫の代まで続いていただろうよ。農民の出である癖に、今となっては、貴族の中にも表立ってお前を疎める奴はいない。レギオス王国一の英雄だ。無論、平民からの人気も根強い」


「な、何が言いたい!」


「お前が戦争終結のタイミングでオーレリア陛下の秘密を告発すれば……王位は、間違いなくお前に流れるだろう。城内には頭の固い者が多いし、馬鹿大公が殺しまくってくれたおかげで、近しい親族もいないからな。余計な火種を作らないためにも、そうするしかない」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 だがすぐに理解した。

 要するに、オーレリアはランベールの人気を見て、国外との戦いが落ち着いたところで自らの地位が奪われるのではないかと、怖くなったのだ。

 しかし理解はできても、納得はできなかった。


「そ、そんな馬鹿な! オーレリア陛下が、俺の謀反を疑ったというのか!?」


 そういう噂が、ちらりと流れたことがあった、ということは知っていた。

 ランベールの出世に嫉妬した貴族が流したものである。

 オーレリアも、全く気に留めている様子はなかった。


 それにランベールとオーレリア自身、大の親友である。

 励まし合い、夢を語り合った仲である。

 ランベールに至っては、オーレリアに恋慕さえ抱いていた程である。

 だが自分の立場を弁え、そのことは決して表には出さぬようにしていたが。


 ランベールにとってオーレリアは、恩人であり、主君であり、親友であり、そして想い人でもあった。


「そんな……そんなはずが……」


 だがグリフが自分の命を狙いに来るような事態は、主君であるオーレリアの命以外は考え難い。

 確かにオーレリアは王族として、不穏な芽があれば早急に摘むのは義務である。

 九割は嘘に違いないと思っていたとしても、残り一割に疑う気持ちがあれば、そこに賭けるわけにはいかないだろう。

 何せ、天秤に乗っているのは王座であり、国の将来である。


 しかし、ランベールが納得しきれるはずもなかった。


「陛下……なぜ……俺は、俺は今まであんなにも……」


 ランベールが膝を着く。

 手から握力が抜け、剣が地面に落ちる。


 剣ががらんと音を立てたその瞬間、グリフが勢いよく立ち上がってランベールの胴鎧を剣で勢いよく突いた。

 ランベールは抵抗する力も出ず、そのままふらりと後ろへとよろめく。

 続けてグリフはランベールにタックルをかまし、離れ際にゼロ距離からの剣技を放って弾き飛ばす。

 ランベールの身体が宙に浮いた。


「……あ」


 ランベールは、崖へと脚を踏み外した。

 慌てて手で何かを掴もうと動かし、グリフの剣に手が触れた。


「それはくれてやる。英雄ランベールよ」


 グリフはそのまま剣を離した。

 ランベールの身体が、崖底深くへと落ちて行った。


 この二か月後、レギオス王国はウォーリミア大陸西部諸国の統一を成し遂げ、四百年以上にも及んだ戦乱の時代についに終止符を打った。

 英雄グリフの名は、大陸西部の統一王オーレリアの忠臣として、長く知られることになる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ランベールはこの時点で何歳なんだろ 40前後かもっと上かと考えてたけど意外と若い?
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