1章 森の中の少女
ある都会からはずれた村に、1組の夫婦が住んでいました。夫婦には、1人の娘がおりました。太陽の光を浴び、キラキラと輝く金色の髪は母譲り、海の様に深いサファイアブルーの瞳は父譲りの美しい娘でした。
娘は穏やかな性格で、村の人々にも愛されていました。
太陽が照りつける、暑い暑い日に、娘は森へ木の実を取りに出掛けました。
森の中は涼しくて、木漏れ日が道に模様を描いています。
娘は、母のお手製のバスケットを揺らし、鼻歌を歌い
ながら道を歩いていました。
すると、ふと、森の奥で、誰かのすすり泣きが聞こえてきました。
誰か泣いてるのかな?
娘は声を頼りに森を歩きました。
少し歩くと、一方通行に伸びている道の左側に、一回り木の生えていない場所がありました。
そこはまるで、森の洞窟のように、密集している木々の中、ぽっかりと空いていました。
その洞窟の中心に、一つだけ、大きな切り株がありました。そこには少女が座っていました。
少女は顔を両手で覆っていましたが、指の間から漏れる涙と、鼻をすする音で、森の中に響き渡っていたすすり泣きは彼女のものであることがすぐにわかりました。
娘は、今も尚泣き続ける少女の前にしゃがみこみ、顔を覗き込みました。
「...大丈夫?」娘はやさしく、鈴の鳴るような声でささやきました。
少女は娘の声を聞いて、びくりと肩を跳ねさせると、両手をずらして目だけをちらりとのぞかせました。エメラルドグリーンの瞳は、涙でゆらゆらと輝いています。「お姉さん...だあれ?」長時間泣いていたのでしょう。少女の声は、まるで老人のようにしゃがれています。
娘は、少女の瞳をまっすぐに見て微笑みました。「私はポアナ。森の近くのサントラ村から来たの。」「...ポアナ。」少女はポアナの名を繰り返し呟くと、両手を顔から話して、はにかみました。「私、ストマス。」ポアナはストマスの手を握りました。その手はまるで血液が凍っているかのように冷たく、ポアナは思わずびっくりしてしまいました。そして、更に驚愕しました。ストマスの体を、森の緑色が貫いているのです。ストマスの体は透けていました。
ポアナは青ざめた顔をストマスに向けました。ストマスは切なく微笑むと、紫色の唇を薄く開いて、ぽつぽつと言葉を放ちました。
「私、死んでるの。」ストマスはポアナの手を離すと、自由になった両腕をいっぱいに広げました。「ほら、透けてるでしょう?幽霊なんだよ。」ポアナは何も言わずに、言葉を続けるストマスの顔を一心に見つめます。「誰かに助けて欲しかった。でも、私に会った人は皆、私の姿を見て逃げていくんだよ。」ストマスの表情は更に曇り、もう感情が読み取れない程でした。ストマスはポアナと目を合わせました。
蒼と翠の視線がぶつかります。ポアナには、ストマスが「あなたも逃げるつもりなの?」と問いかけてくるように見えました。しかしポアナは、先程より比べ物にならない程血色の良い顔を、左右に振りました。そして、力強く、決心を固めたように、ストマスに語りかけました。
「私、逃げないよ。折角友達になれたのに、もう離れ離れなんて嫌だもん。」ストマスは目を丸くしました。「友達...?」ポアナは大きく頷きました。
それを見たストマスは、今にも泣き出しそうな、くしゃくしゃの笑顔を作りました。