焦げ茶
「死亡時刻は深夜2時頃。目撃者はパン屋の主人で目撃時間は朝の5時半。胸部以外の外傷は後頭部と背中に打撲跡の軽傷のみ。被害者の胸部からは心臓が取り除かれており、それは20メートル先の歩道で見つかりました。…それで、これが…」
若い部下が差し出しきた血まみれの紙を見て、アルガルト隊長は大きくため息をついた。
血まみれの紙…それはと或る本の1ページでかわいらしい少女と男性の挿絵が書かれ居ているが、血に汚れ文字ははっきりと読めない。
「…また奴か…」
クリムゾンアリス。それが『奴』のあだ名だった。
『奴』はつい最近、ほんの2週間ほど前に浮き上がってきた凶悪な連続殺人犯である。
『奴』の犯行はいままでアルガルトが見てきたもののいずれにも当てはまらなかった。
初犯の被害者は20歳ほどの女性であった。彼女の遺体には目立った外傷は無かった。…ただ、その左胸部を除いては。
遺体の左胸部はぽっかりと穴が空いており、そこにあるはずのもの…心臓が見当たらなかったのだ。
しかし、どこかへなくなった、という訳でもなく、彼女の心臓と思われるそれはすぐ近くにあった。その心臓も体から話されている事意外にはおかしなことは何も無かった。
どこかが欠落している訳でもなく、胸部以外の外傷は無いに等しい。まるで人体模型から心臓だけを取り除いたかのように他の臓器や骨までも破損された形跡がない。あえていうのであれば、ぽっかりと空いた穴の中に血の海ができていることくらいだろうか。