真紅
男は大きく咳き込んだ。最近、霧が益々濃くなって咳き込むことが多くなったとは感じるが、今回ばかりは霧のせいではない。せり上がってくる鉄の味を吐き出したのだ。
思わず大きく息を吸うと霧のツンとした臭いとともにする赤の臭いに顔をしかめる。
「あれ、倒れないんだぁ」
どんよりと漂う夜の霧の中、ぼんやりと色づく赤の少女はその場所には不相応な呑気な声で言った。少女は少し離れたところから手をこちらに差し出すようにしていて、首をこてん、と右側に倒している。
真っ赤に染まる自分の足元を見、少女を見て男は逃げずにそのまま立ち尽くした。
「…お嬢ちゃん、悪魔、か?」
「あくま?…嗚呼、悪の権化ね」
少女はそう言うと目を細めた。
ーしっかりしろ、目の前にいるのは少女じゃないか。
男はそう自らを叱咤するが、何故自分は吐血したのか、目の前の少女は何者か、ここはどこなのかでさえも曖昧で焦っている彼は自らにかけたその言葉でさえも煩わしかった。
この夜闇と霧の中でも何故かはっきりと見える少女の手の見えない凶器に怯えるように、男の瞳にはいまにもこぼれ落ちそうなほどの涙が溜まり、本能的な恐怖で膝はがくがく震えている。
少女は少しずつ男へ歩み寄り、まったく動かない、否動けない男を見上げるとにぃやりと嗤った。
「悪魔、悪の権化、魔王。確かにかっこいい名前だけど、私はもっと可愛い名前がいいなぁ。それにほら、みんなが私に可愛い名前、つけてくれたんでしょ?おにーさん知らない?」
みんなが名前をつけてくれた。それを聞いた時、男の中の何かが崩れた。
真紅のエプロンドレスの少女。自分が想像していた【彼女】にそっくりだ。しかしそんな。あれは迷信だ。信じたくない、そんなはずない。
でも、仮に、この少女が、【彼女】だったとしたら、いや、でも、ちがう、まさか、この少女は、
「Crimson Alice…!」