七日目 新たな決意と事件
俺が学校に戻ると、校舎内に戻っていたはずの竜次サンが正門で俺の荷物を持って立っていた。
「へ? 竜次サン、どうして正門に……?」
「……一応で聞いておこうと思ってよ。竜也は、どうだった? 泣いてたか?」
「…………」
――泣いていたか?
多分、泣いていた。だって竜也の目は赤くなっていて、目元も少し腫れていたから。
だけどそれは何の証拠もない、ただの俺の想像。実際に竜也が泣いていたかどうかなんてわかるはずもない。
そんな俺が、竜也の父親である竜次サンに言えることは、たった一つだけ。
「……たとえ大声で泣いてたとしても、俺の力で泣き止ましてやりましたよ」
「……!」
俺の言葉を聞いて、竜次サンは目を見開いた。
しかしその後肩を震わせて俯いたと思うと、頭のネジが外れたかのように突然腹を抱えて笑いだした。
「ちょっ、おまっ、どんだけナルシストなんだよ! どや顔で『俺の力で泣き止ましてやりましたよ』とか!」
「ナルシストじゃないんすけど!? それから俺どや顔で言ってないっすよね!?」
「いやー、だってなんか今の言葉にどや顔って合ってるじゃん? だからつい、な!」
「ついって……」
俺は竜次サンの言葉を聞きながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。
そりゃそうだろう。だって俺は、竜次サンに怒られるのを承知であんなことを言ったのだから。
そう考えていると、竜次サンは笑いを止めて俺を睨み付けてきた。
「もしかして……本当は竜也が泣いているのを無視した、とかじゃないんだろうな?」
「それは無いっす! 無視するとか有り得ないですから!」
「ふーん……? ま、どっちにしろ、竜也の様子を見ればどうだったか一目瞭然だけどな」
竜次サンはそう言うと、俺の横を通り過ぎて近くに停めてあった車に近付いて、俺の方を振り向いた。
「どーする? 家まで送ってやるか?」
「え、あー……いえ、大丈夫っす。このまま自分の足で帰るんで」
「そうか。じゃ、また明日」
「ほーい」
竜次サンはそう言いながら車に乗ると、窓越しに手を振ってから去っていった。
その先を俺は暫く見た後、荷物を持って反対方向に足を進めた。
「絶対に、蛭田の二の舞にさせないっすよ」
捨て台詞のように、そう吐き捨ててから。
次の日の早朝、俺は竜也の居る教室に向かった。
「…………竜也、まだ来てねーのか……」
竜也が居なかったのを確認してからそう呟き、帰ろうと踵を返したその時だった。
「――――やっぱりさ、竜也をリンチしよーぜ」
何処かからそんな言葉が聞こえ、俺は無言で気配を消してからその場所に近付いた。
そこには如何にも不良ですというような格好をしている男子生徒が五人居た。
その五人は口を大きく開いて笑うと、さっきの言葉に便乗するかのように次々と喋り始めた。
「だよな! 善人気取ってるのかって話だよなー!」
「だろ!? だからリンチしちゃおうぜ!」
「あっ、そうだ! いっそのこと、皆で犯しちゃわね!?」
「うっわー、やりたくねー! でも写真とか撮っちゃえば脅しに使えるな!」
「そんじゃ決定! 早速今日の放課後にやろーぜ!」
話を終えると、その五人はその場から立ち去っていった。
「ふーん……?」
俺はそれを確認してから気配を戻し、教室に行こうとしていた足の方向を変えてから再び歩き始めた。
「あの五人の顔は覚えた……。残るは情報収集だけだな……」
そう呟きながら早足で生徒会室に向かい、口元に笑みを浮かべながら生徒会室の扉を勢いよく開いた。
――竜也に手を出そうとしたこと、後悔させてやる。
俺は放置されているパソコンの電源を入れた。
放課後、俺は先回りして竜也と五人を待っていた。
暫くすると竜也が周りを警戒するように見渡しながら現れ、その後に携帯を持ちながら例の五人が現れた。
――成程。計画を実行する気満々ってことか。
それを確認した俺は懐から携帯を取り出して『録音中』に設定し、何時でも撮れるようにカメラを構えた。
「それで……どうしたの?」
「竜也〜! どうか助けてくれよ〜!」
「お恵みを〜!」
「わわっ!?」
五人はなるべく自然に、それでいて竜也を押し倒すような体勢にするために、竜也に勢いよく抱きついた。
すると案の定、五人を支えきれなかった竜也はそのまま後ろのマットに押し倒され、五人はそれを見た瞬間に竜也を羽交い締めにした。
当然そんなことをされるとは思っていなかった竜也は目を見開き、体を捻って拘束を解こうとした。
「ちょっ、何すんだよ!」
「いやー……ちょっと、な?」
「悪いんだけど、黙って犯されてくんね?」
「はっ……なぁ!?」
五人は竜也の悲鳴など聞こえていないとでもいうように竜也のブレザーのボタンを外していき、その下のシャツに手を触れようとした。
――今しかない。
瞬間、俺は腕を伸ばしてカメラを竜也達に向けて、連続でシャッターを切った。
それに気付いた五人は阿呆のように口を開け、竜也は涙目になりながら俺を見ていた。
俺はそれを一瞥し、五人にわざとらしくカメラと携帯を見せつけた。
「今この中にはお前等がやった罪が記録されていまーす。先生にばらされたくなかったら……今すぐ消え失せろや」
「「「……っ!」」」
それを聞いた五人は一気に顔を青くし、大きな声で謝りながら去っていった。
それを見て溜め息をついた俺はカメラと携帯を懐に仕舞い、尻餅をついている竜也に手を差し伸べた。
「竜也、大丈夫か?」
「あ、はい……先輩、こうなるって知っていたんですか?」
「実はお前に会いに教室に行った時に偶々聞いちゃってよー。こりゃ先輩様の出番だろって思ったんだよ」
「そうだったんですか? ありがとうございます、助かりました」
俺が簡単にそう説明すると、竜也は安堵の息をつきながら頭を下げた。
それを見て俺は頭を上げるように促し、竜也の手を掴んで引っ張りながら校舎へと足を進めた。
竜也がそれをほどいたりせずに無言でついてくるのを見て、俺は微笑ましく思いながら口を開いた。
「あ、そーだ。竜也、あの五人には退学やら何やらが科せられると思うから、安心して良いぞー」
「え? でも、先生にばらさないんじゃ……?」
「確かに俺は『先生』にばらさないとは言った。でも『先生以外』にばらさないとは言ってないぜ?」
「…………」
――あ、絶対に呆れてる。
竜也の何とも言えない表情を見て、直感的にそう思った。
だがどんなに呆れられても俺が言ったことは屁理屈でも何でもない、紛れもない事実だ。
――で、でも、俺は悪くないからな!
心ではそう思いながら、俺は苦笑して小さく竜也に謝った。
それを聞いた竜也が呆れつつも優しく微笑んだのを見て、俺も釣られるようにして微笑んだ。
「さーてと、そんじゃあ生徒会室に行くか! そんで皆に話さねーと!」
「えっ、生徒会の皆に話すんですか!?」
「当たり前だろ? 生徒会の発言力は、下手すると先生達よりも強いしなー」
「そ、そうなんですか……?」
「そーなの。だから早く行くぞー! どうせ全員居るだろうしな!」
俺はそう言って、顔をひきつらせている竜也の手を今までよりも強く引っ張った。
助けられて良かったと、蛭田の二の舞にさせなかったと、心からそう思いながら。