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五日目 竜次の怒りと叱咤

「先生、あれ……」

「ん? あれは……竜也と東真?」

 先生は吸っていた煙草をごみ箱に捨て、私と一緒に生徒会室の窓から二人の様子を窺った。

 目を凝らしてよく見ると、翠川君は目を見開いて顔面蒼白となっていて、東真先輩はそんな翠川君の顔を見れたのが嬉しかったのか、口元を緩めて笑っている。

「東真のやつ……早速切り出しやがったな」

「え、もうですか? でも彼はまだ生徒会に入ったばかりだし、いくらなんでも……」

「いや、あいつならそんなのお構いなしに聞く。あいつはそういう性格だ」

 先生はそう言って頭をガシガシと掻くと、そのまま窓に寄り掛かった。

 私はそんな先生の様子を見て、ふと疑問に感じたことをそのまま聞いた。

「先生は、彼に私達の未来への道を切り開いてもらうために、生徒会に入れたんですよね?」

「そうだが? つーか改めて確認せんでもえーわ」

「一応で、ですから。ですけど今の様子を見るに、まだ私達に話してほしくなかったと思っているように私は感じるのですが?」

「あ?」

 私がそう聞くと、先生はさっきまでの気怠そうな雰囲気を一気に無くし、冷酷な目で私を見た。その目に私は思わず戦慄してしまう。

 そんな私の様子に気付いていないのか、先生はそのまま言葉を続ける。

「お前らって、こういうことに関しては忘れやすいよな。竜也は俺の大事な子供だぞ? 壊れてほしくないに決まってんだろ」

「こわ、れる? 先生、何を言って……」

「……っ!」

 私がそう言った直後に、先生は歯を食い縛って机を勢いよく叩いた。

「だから、何で忘れてんだよ!? 竜也はそういう経験をしたことが無いから心が恐怖で溢れて、おまけにそれを閉じ込められない! そして、東真の過去! ここまで言えばわかるだろ!?」

「……っ!」

 そこまで言われて、私は先生が怒った理由――重大な事実に気が付いた。

 そうだ、彼は先生の言った通り、私達がしたような経験をしたことが無いのだろう。そして東真の過去は――。

 そんな私の表情を見て先生は言い過ぎたと思ったのか、小さく聞こえないくらいの声で私に謝った。

 私は顔を上げるために首を動かそうとしたが動かせず、更に頭に何かが乗っかる。

 それが先生の手だと気付いたのは、暫く悩んでからのことだった。

「え? あ、あの、先生?」

「本当に、すまん。どうしても竜也のことになると目の前が真っ暗になっちまって……」

 先生はそう言うと私の頭から手を離し、生徒会室の扉に手を掛けた。

「じゃーな。暗くならないうちに、さっさと帰れよー」

「あ、はい。さようなら……」

 私がそう言うと先生は手を振りながら扉を開き、そのまま生徒会室を出ていった。

「…………先生の手、暖かいなぁ……」

 そう呟いて、私はゆっくり目を閉じた。


 やっぱり私、先生が好きです。


 だからこそ、彼がとても憎い。







「っ、え……? な、んで……?」

 東真は竜也の顔を見て口元を緩めた。『大当たりだ』と。

 入学式の時に竜也を見つけてから、東真は彼女の名字と同じ『翠川』であること、そして、名前に同じ『竜』という字が入っていることから、竜也は彼女に関係あると考えていた。

 その考えはどうやら当たっていたようで、その証拠に竜也の顔が若干青くなっていた。

 確信を得た東真は竜也に問いかけようと口を開いた――瞬間、竜也は頭を抱えてその場に座り込んだ。

「あ、あ……うああ……」

「……? おい、どうしたんだ……?」

「嫌だ、嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああっ!!」

「は……? え、あ、ちょっ、おい!? 待てよ!」

 突然叫んで走り出した竜也を見て一瞬呆然としてしまった東真だが、我に返って慌てて竜也を追うために走り出そうとした。

 しかし後ろから誰かに制服の襟元を引っ張られて首が絞まってしまい、東真は息が出来なかった。

 一言文句を言ってやろうと東真は顔だけ振り向くと、そこにはさっき走り出した竜也の父親である竜次がいた。

 俯いているので顔がよく見えないが肩が若干震えているのに気付き、東真は狼狽えてしまった。

「りゅ、竜次サン? どうしたんだよ?」

「どうしたもこうしたもあるか! お前はどうして何時も一つの事だけに集中したら、他の周りの事が目に入らないんだよ!? それで人を傷付けてるって、何で気付かないんだよ!」

「え、何言って……。それに、傷付けてる……?」

 東真は竜次の言っていることがよくわからなかった。いや、わかりたくても無理だった。

 そんな東真の顔を見て竜次は溜め息をつきつつも、心の中では密かに東真に失望していた。

「いや……何でもない。お前に『周りを見ろ』と言うことすら無駄だったな」

「ちょっ、何言ってんすか? ていうか気付いてないって、何を……」

「気にするな。だけど東真、これだけは言っておく」

 竜次はそう言って顔を上げて真っ直ぐに東真を見た。

 一方、東真は人を軽蔑するような目で見る竜次を初めて目の前で見て、静かに息を呑んだ。

 暫くの静寂の後、竜次はゆっくりと口を開いて東真に言った。

「確かに竜也はお前達の過去を何も知らない……。でもな、それと同時にお前達も竜也の過去を何も知らないんだよ」

「そ、れが……何なん、すか。徐々に知っていけば、良いだけっしょ?」

「それが甘いんだよ。それに、お前はその『徐々に』をしなかっただろ? 今も、昔もな。だからお前は人と上手に関われないんだよ」

 そこまで言って竜次は言葉を切り、東真に現実を叩き付けた。それも、最悪の形で。


「だからこそ、お前は竜奈を――大切な人を失ったんだよ」


 気が付いた時には、東真は竜次の胸ぐらを掴んでいた。

 この時の東真の目は怒り狂っており、まるで充血したかのように真っ赤に染まっていた。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! どうしてお前にそんなこと言われなきゃならねーんだよ!? お前には無関係な話だろ!?」

 叫び散らす東真を竜次は冷めた目で見て、小さく溜め息をついた。

 そして竜次は服から東真の手を離し、そして東真の頬を勢いよく叩いた。周りに乾いた音が響く。

「は……?」

 状況を理解出来ていない東真を一瞥してから竜次は背を向け、校舎に向かって歩こうと足を踏み出した。

 しかしその前に状況を理解した東真は竜次の背を睨み付ける。

「何すんだよ……。先生が生徒にこんなことして良いのかよ!?」

「そんなの、良いに決まってるだろ? 今のは教育だからな。暴走した、お前への」

「あ……」

 竜次にそう言われ、東真は自分がしてしまったことに対して後悔が込み上げてきた。

 そのせいで俯いてしまった東真を見て竜次は頭を掻き、小さな声で呟くように言った。

「……竜也は恐らくだが、学校の近くの公園に居る。まずは竜也に謝って、そこから再スタートしたらどうだ?」

「っ、え……?」

 東真はその言葉を聞いて顔を上げたが、この時は既に竜次の姿は見えなくなっていた。

 渋々とはいえ、教えてくれたことにお礼を言えなかった東真は悔しくて眉を中央に寄せたが、それよりも早く公園に行きたくて踵を返した。

「早く……行かねーと……。早く……謝らねーと……!」

 そう呟く東真の目には、淡くても強かな光が宿っていた。



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