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四日目 東真の過去

「まーたサボってるの? 駄目でしょ宮野君!」

「…………あ?」

 屋上で寝転がっていると誰かの声が聞こえ、閉じていた目をゆっくり開いた。

 するとそこには腰に手を当てて仁王立ちしながら俺を見下ろしている女子――蛭田竜奈が居た。

「んだよ、蛭田か……。折角寝てたんだから、邪魔すんなよな……」

「どの口がそんなこと言うかー! この口か!? この口が言ってるのか!? うりゃー!」

「いひゃひゃひゃひゃ!? ひょっ、いひゃい!」

「だったら反省しなさい! そして授業に出なさい、この不良少年がー!」

 蛭田は思いきり俺の頬を摘まんで横に引っ張り、眉を吊り上げながら叫んだ。

 俺が引っ張られた頬を擦りながら蛭田を睨むが、蛭田はそれを全く気にしていないのか小さく笑う。

 それを見て舌打ちすると、蛭田は頬を膨らませて俺の手を掴んで引っ張った。

「ちょっ、おい、蛭田!? はーなーせー!」

「駄目駄目駄目駄目絶対に駄目ー! 舌打ちをするような悪い子は、職権濫用してでも必ず授業に出させます!」

「ふざけんなー!」

 正直手を振り払いたかったが運悪く此処は屋上で、しかも少しでも突き飛ばしたりしたら地面に落下してしまう場所だったため、それはすることが出来なかった。

 結局そのまま俺は蛭田に引っ張られて教室へと連れてこられてしまった。

「ほら、ちゃんと教室まで来たんだからもう良いだろ! ほらっ、さっさと離せ!」

「あっ」

 俺がそう言って振り払うと、蛭田は何故か名残惜しそうな顔をして自分の席へと戻っていった。

 そんな蛭田の態度に俺は疑問を感じながらも席に着く。すると近くに居た風真が話しかけてくる。

「珍しいですね、東真。抵抗せずに黙って教室に戻ってくるなんて」

「うっせ。本当は最初から振り払いたかったけど、場所が屋上だったから払うに払えなかったんだよ」

「成程、そういうことですか。確かにこの学校はフェンス等の障害物が存在しませんからね」

 そう言うと風真はククッと笑い、楽し気に俺を見た。それを見て俺は首を傾げる。

「何だよ」

「いえ別に? 東真が人の心配をしているのが意外だったというだけです。そんなにも蛭田さんが愛しいですか?」

「バッ……何言ってんだよ! そんなわけねーだろ!?」

 俺は椅子から立ち上がって風真を睨みながら叫ぶが、風真はそれを見て何故か更に笑いだした。

「ふふっ、本当に東真はわかりやすいですねっ、あははっ」

「何がだよ!? つーか笑ってんなー!」

「いやいや、これは無理ですよっ、あはははははっ」

「笑うなー!」

 そんなくだらないやり取りが暫く続き、あっという間に短い休み時間が終わってしまった。

 この時はただ、こんなやり取りが幸せだなーと、それだけを思っていた。

 この幸せが長く続くと信じて疑わなかった、馬鹿な自分が居たんだ。


 蛭田が獲物を狩る猛獣のような目で、俺を俺を見ていたことに気付かずに。







 放課後、俺は蛭田に屋上へと呼び出された。

「んで? こんな所に呼び出したってことは、何か用事でも有るんだろ?」

「うん、ちょっと宮野君に聞きたいことがあって……」

 蛭田はそう言うと俺に近付き、耳元で囁くように言った。

「ねぇ、宮野君は本当にこの世界で幸せ? あのくだらないやり取りで、本当に幸せだと思ってるの?」

「は……? な、に言ってんだよ……当然に決まってんだろ?」

「ふーん……? 当然、か。でもさ、その当然は本当に当然なのかな?」

「蛭田、お前……何が言いたいんだよ? 今日のお前、よくわかんねーけど、何か変だぞ……?」

「変? ふふっ、そんなことないよ? でも……残念だなぁ」

 そう言って蛭田は何時ものような笑顔でそう言うが、今の俺にはそれが不気味としか思えなかった。

 そんな俺の心情に気付いたのか、蛭田は笑うのを止めた。しかしその代わりとでも言うように、冷酷な目で俺を見据える。

 その目に思わず鳥肌が立ってしまったが、そんなのもお構い無しに蛭田は言葉を続けた。

「言っておくけど、宮野君が悪いんだからね? 宮野君がこの世界が幸せだって、それが当然だって言うから、こうなっちゃうんだからね?」

 そう言うと蛭田は俺の頬にキスをして、身軽に屋上の端まで走っていった。

「っ、おい蛭田!? 何やってんだ、さっさと戻ってこい!」

「戻ってこい? そんなの無理だよ。私はもう……戻ることなんて出来ないよ」

 蛭田はそう言って儚げに微笑むと、跳んで足を地から離してしまった。

 その時、蛭田は俺に振り向きながら口パクで言葉を紡いだ。




 ――――……愛してるよ




「ひ、るた……蛭田!!」

 俺は必死に手を伸ばしたがどうしても蛭田には届かず、俺は呆然と蛭田が落ちていく姿を見ていることしか出来なかった。

 暫くして風真と先生達が来て俺に事の経緯を聞こうと話しかけてきたが、俺はそれに応えることすら出来なかった。

 すると風真が屋上の端、つまり蛭田が立っていた場所に『遺書』と書かれた紙が置いてあるのを見つけた。


 そして俺達は知ることとなるのだ。蛭田が望んでいた未来を、その犠牲者が誰だったのかを。







 俺達は蛭田の書いた遺書を読んで呆然とした。

 蛭田の遺書には謝罪の言葉、自分が望んでいた未来、そして今回の飛び降り自殺で誰を道連れにしようとしていたのかが書かれていた。



 拝啓 これを読んでくれている皆様

 突然の遺書、申し訳ございません。きっと私を愛してくれていた人にとっては、辛くて悲しい出来事かもしれませんね。

 そんな皆様に、私が望んでいた未来を、どれだけ恐ろしいことを考えていたのかを、この遺書に書き綴ろうと思います。

 まず、私が望んでいた未来について話そうと思います。

 私が望んでいた未来――いや、なってほしかった世界は、どこの国だろうと差別されることのない、優しくて暖かい……そんな平和な世界でした。

 しかしそんな平和な世界は出来上がることもなく、寧ろ差別に積極的に参加するような、ぐちゃぐちゃに汚れたどす黒い最悪な世界へとなってしまいました。

 そんな世界なら、私は居たくない。死にたい。でも、一人で死にたくはない。じゃあ、どうすれば?

 そしてこれが、恐ろしい考えへと繋がります。

 私は一人で死にたくないという思いから、誰か一人道連れにして死のうと考えました。そうすれば孤独じゃない、一人じゃない、悲しい思いをしないと思ったから。

 だから私は彼を、宮野東真君を選んだ。彼はサボり魔だけどお人好しだから。そしてなりより、私が彼を愛しているから。

 でも、結局は無理だった。彼にはああ言ったけど、心では死んでほしくないと思ったから。そんな感情が芽生え始めたから。

 だから彼がどんな風に答えたって私一人で死ぬつもりだった。だけど、いざとなるとこの気持ちを最後に伝えたくて……。

 ごめんね宮野君、目の前で死んじゃって。ごめんね宮野君、こんな最悪な告白をしちゃって。ごめんね宮野君、私の身勝手で、罪悪感を芽生えさせちゃって。

 本当にごめんね、宮野君。告白の返事は、空に向かってしてくれると嬉しいな。大丈夫、どんな返事でも受け付けてるから。

 それでは皆様、お元気で。本名、翠川竜奈より



 気が付いたら俺は、目から涙を流していた。

 止められなかった、何もかも。だってこの思いは、俺だって感じていた。伝えたいと、心のどこかで思ってたから。

 俺は空に向かって、吠えるように叫んだ。蛭田にきちんと、この思いが届くように。

「俺だって、お前を愛してるよ……っ! どうして、俺を連れてってくれなかったんだ……っ!」

「東真……」

 そんな俺を見ていた風真は俺を見て、子供をあやすかのように俺の頭を撫でた。

 俺はそれに文句を言いたかったが、この時はそれよりも蛭田への思いが強くて……。

 こうして、俺の初恋は悲しい思い出として成就した。

 しかし俺の心はその悲しみと悔しさばかりで埋まってしまい、ずっと無気力に日々を過ごしてきた。


 その半年後の入学式に、あいつと同じ名字であり、尚且つ名前に『竜』という字が入る男子生徒が居たということを知るまでは――――。



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