三日目 動き始める時間
竜也が居なくなった生徒会室で、五人は冷めた目で竜次のことを睨み付けていた。
それに気付いた竜次は数回瞬きをしてから溜め息をつき、近くの椅子に腰掛けて足を組んだ。
「おいおい、なんつー目で見てんだよ? 俺はお前達のことを思って入れたんだぞ?」
「ふざけないでください! 彼を生徒会に入れることが、どうして私達のためになるんですか!? 意味がわかりません! 私達のことを思っているなら、彼を今すぐに辞めさせてください!」
薫は眉を吊り上げて竜次に抗議するが、それを聞いていないのか竜次は口を開けて欠伸をした。
それを見た薫は再び文句を言おうと口を開いたが、その前に衝撃的な一言が皆の耳に届いた。
「俺は別に良いと思うけど? あいつをこのまま生徒会に残しておくの」
驚いて一斉にそちらを見ると、そこには皆を見ずに窓の外を見ている東真が居た。
そんな東真を訝しげに見つつ、風真は近寄りながら東真に話しかける。
「東真はどうしてそう思うのですか? 彼は僕達にとって赤の他人、ただの部外者という対象にしかならないと思うのですが?」
「んー、まあ俺もよくわかってないんだけどなー……何て言うかさ、あいつはどんな時でも俺達を立ち上がらせてくれる。そう思うくらい、一緒に居ると心強く感じられるんだよなー」
「もしかして……それだけで? それだけの理由で、東真は彼を生徒会に入れとこうと思ったのですか?」
「そんだけで良いんだよ、理由なんてもんはさ」
風真が驚いてそう言うと、先程まで無言だった竜次は呟くように言った。
そして再び皆が竜次を見たのを確認すると、竜次は口元を緩めながら言葉を紡いでいく。
「自慢じゃないが、生徒会はエリートが集まる所だ。それはお前達も承知だろ? そんなエリートが解決出来ないことは、逆に平凡なやつに聞けば良いんだよ」
「えー? どゆこと? ちゃんとわかるように説明してよ竜ちゃーん」
「竜ちゃん止めろし! だからまー、簡潔に纏めるとだなー……エリートにはエリートの、平凡には平凡の考えがきちんと有るって感じだよ」
最初から理解していた東真と未だに理解していない彩花を除いた三人は、竜次が何を言いたいのかを理解した。
「成程、そういうことですか……」
「えっ、わかったの!? 私全然わかんないよー! お願い、私にもわかるように説明してー!」
「えーとですね、つまり……優奈、お願いしても良いですか? 僕には彩花がわかるように説明出来なさそうです」
「あ、はい。彩花先輩も知っていると思いますが、エリートは現実的かつ合理的な考えしか出来ません。勿論平凡でもそれが普通なのですが、平凡の中には頭のねじが抜けていて突飛な発想をしたりする非現実的な考えをする人も居るわけです」
「んーと……あっ、そっか! もしかしたらその突飛な発想が場合によっては解決方法へと導くかも!」
「そういうこった。竜也は人当たりが良いせいか顔が広いからな、現実的な考えも非現実的な考えも出来るって訳だ」
「う……そ、それはそうですけど、でも……っ! ああもう、わかりましたよ! 彼を生徒会に残しておけば良いんでしょう、残しておけば!」
竜次が付け足すようにそう言うと、今まで抗議していた薫は若干投げやり気に竜也を生徒会に残しておくことを許可した。
そんな薫を横目で見ていた東真は突然立ち上がり、静かに生徒会室を出ていった。
そのことに唯一気付いた風真は、首を傾げながら四人に話しかける。
「あの……東真が出ていったんですが、どうしたんでしょう?」
「東真が? まあ、行動に関しては東真は自由だし……放っておいて良いんじゃないかしら?」
「行動に関しては、ねぇ……」
薫の言葉を聞いた竜次は、さっきよりも低めの声でそう呟いた。
また、そんな竜次の呟きも聞いていた彩花はソファーに寝転がり、天井を見ながら言った。
「行動ですら自由になれない私達は、これからどう壊れていっちゃうのかな……?」
何気無い彩花の素朴な疑問が竜次を除く三人に、酷く重く伸し掛かった。
誰も居ない教室で、東真は一人椅子に座っていた。
「…………」
東真は感情の無い目で手に持っているペンダントを見つめ、目の前の机にそれを音を出さないように静かに置く。
置いてから暫くして、東真は天井を見上げて竜次の言葉を繰り返した。
「『エリートにはエリートの、平凡には平凡の考えがきちんと有る』か……」
そう言って東真は目を閉じて、職員室で行われた竜次との短い会話を思い出す。
『竜次サン、どうしてあいつなんですか? 優秀な生徒なら、他にも沢山居るじゃないですか』
『お前なー……竜也と同じことを言うんじゃねーよ、たく……。お前はわかってんだろ? 俺が竜也を生徒会に入れた理由』
『……さーな』
『惚けるんじゃねーよ……。ほら、さっさと案内してこい。そんでもって話しちゃえよな』
東真はゆっくりと目を開いて、口元に笑みを浮かべる。
「ああ、わかってるぜ。だって俺は、この目と耳できちんと見て聞いてたんだからな」
そう言って東真はククッと笑い、机の上に置いていたペンダントをポケットに仕舞う。
その直後に突然教室の扉が開き、そこには目を丸くしている竜也が立っていた。
「え、あれ、先輩? ここ、二年の教室ですけど……?」
「ん、知ってる。ちょっとお前と話がしたくてな。これから帰るなら、途中まで一緒にどうだ?」
「俺は構いませんけど……」
そう言いながら竜也は自分の机に向かい、掛けてあった鞄を手に持った。
それを見た東真は立ち上がり、頭の後ろで手を組みながら歩き始めた。竜也はそれを慌てて追う。
「それで先輩、話って……?」
「ああ、俺が聞きたいのは……」
そこまで言って東真は竜也に振り向き、口元に笑みを浮かべながら言った。
「――――蛭田竜奈についてだよ」
竜也の目が、驚愕に見開かれた。