二日目 生徒会の人達
翌日の放課後、俺は父さんに再び校内放送で呼ばれて職員室に来ていた。
「どうして毎度校内放送で呼び出すんだよ…! しかも他の先生がいる職員室に…!」
「いやー、だって移動するの面倒じゃん? 竜也はまだ若いんだからたとえ短い距離だとしても動かなきゃ、だろ?」
「登下校と体育の授業できちんと動いてるわ! つーか動かなきゃならないのは父さんだろ!? 最近既に老化が始まってるんだから!」
「だから校内で父さんと呼ぶなって! それから老化してる年寄りにそんな過酷なこと言うなよ! もっと労れよ!」
「中学生の子供を担いで階段を上れてるんだから労る必要なんてないだろうが!」
ここは職員室だということを忘れてしまった俺達は、先生達の戸惑った視線を気にせずに言い争いを始めてしまった。
そして互いに言いたいことを言い終えた時には、どうしてこんなことになったのかということすら忘れてしまった。何やってんだ俺達は。
すると職員室の扉が開き、一人の男子生徒が現れた。しかしかなりの美男なのに見たことが無くて俺は思わず首を傾げてしまう。
彼は辺りを目線だけで見渡して、一直線にこっちに向かって歩き始めた。
「よー竜次サン。俺に何か用か?」
「ん? ああ、東真か。あれ、俺東真のこと呼んでたか……って、ああっ! そうだ竜也を生徒会室に案内してもらうために呼んだんだった!」
「忘れてたのかよ!? 俺に関することならともかく、他の人の時は忘れちゃ駄目だろ!」
父さんの言葉を聞いて、俺は傍に彼が居たにも関わらず叫んでしまった。
当然横で叫ばれて驚かない筈もなく、彼は目を見開いて呆然と俺を見ていた。一方で父さんは口元に笑みを浮かべながら俺を見ている。
するとどうやら彼は我に返ったらしく、肩を震わせてから首を横に数回振って観察するように俺を見た。
「お前が新しく入るっていう翠川竜也か?」
「あ、はい! よろしくお願いします、え…と……」
「ん? あ、そか、名前教えてなかったな。俺は中学三年の宮野東真だ、よろしく。双子の弟がいるから気軽に東真って呼んでくれ」
「わかりました。よろしくお願いします、東真先輩」
俺がそう言うと先輩は笑みを浮かべ、父さんと少し話した後に職員室を出て俺を手招きした。
駆け寄ると先輩は確認するように小さく頷き、そのまま廊下を歩き始めた。
「え、ちょ、あの、先輩? 何処に行くんですか?」
「あれ、竜次サンから聞いてないか? 俺がお前を生徒会室に案内する係なんだよなー」
「あ、そうだったんですか? 俺はてっきり翠川先生がしてくれるのかと……」
そういうことは忘れずにきちんと話せよ父さん…!
俺は心の中で父さんに怒りながら、無言で先輩についていった。
「ここが、生徒会室ですか……」
「そんなに緊張しなくても平気だって。ほら、リラックスリラックス」
「あ、ありがとうございます」
そう言いながら、先輩は優しく俺の肩を揉んでくれた。そのお陰か少し気持ちが軽くなる。
「………よしっ!」
俺は頬を叩いて気合いを入れて、扉に手をかけてゆっくりと開いた。
「し、失礼します!」
「あ……いらっしゃい、翠川竜也君。待ってたわ」
俺がその先で見えた光景は、椅子やソファーに座ってだらけていたり携帯を弄ったりしているが、きちんと俺を見て歓迎してくれている生徒会役員三人の姿だった。
「もー、東真遅いよ! 何処に寄り道してたのー?」
「寄り道なんてしてねーよ! ていうか、きちんと五分で来ただろ?」
「残念ね東真。二十五秒オーバーしてるわ」
「細かいな!?」
横で何やら話し始めた東真先輩と生徒会役員の発表の時に出ていた会長の月宮薫先輩、そして二人の同級生であろう女子生徒の姿を横で見つつ、顔と一緒に辺りを見渡した。
するとその目線の先に呆れ顔で三人を見ている、正に『男の娘』と称されるであろう男子生徒がいた。
彼は俺の目線に気付いたのかこっちを見て微笑み、ゆっくりと俺に近付いてきた。
「初めまして、翠川竜也君。僕は東真の双子の弟の宮野風真です、よろしくお願いします。東真に聞いたかもしれませんが、紛らわしいので気軽に風真と呼んでください」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「え?」
普通にお辞儀をして挨拶をしただけなのに何故か驚かれて、俺はどうすれば良いのか困ってしまった。
すると近くに先程東真先輩に文句を言っていた女子生徒が寄ってきて、そして得意気に説明を始めた。
「ほら、風ちゃんて無駄に身長高いけど女顔でしょ? だから『弟』とか『男』って単語を言うと驚かれるんだよねー」
「身長高いのは無駄ではありません。ですが僕が驚いた理由は彩花の言った通りです。ただ純粋に、翠川君が驚かなかったので逆に驚いてしまっただけです」
「あ、そうだったんですか……。もしかして、驚いた方が良かったんですかね?」
「とんでもない! 寧ろ驚かないでくれて光栄ですよ!」
「わっ!?」
風真先輩はそう言うと俺の両手を勢いよく掴み、眼鏡の奥の目を輝かせながら近くに顔を寄せた。
それに俺は思わず驚いた声を出してしまったが、それを気にしていないのか独り言のように話し始めた。
「いやー、まさか本当に優奈の占い通りになるなんて! 占いというものは今までこれっぽっちも信じていませんでしたが、優奈の占いだけは信じるようにしておきましょう! なんたって、翠川君という素晴らしい人に出会えたんですから!」
「えと、え? あ、あの……?」
俺の戸惑った声が全く聞こえていないのか、先輩は俺の手を掴みながら腕を縦に振り、笑顔で俺を見ていた。
というか風真先輩って意外にも毒舌なんだな。意外というか意外すぎるというか……。
そう思っていると生徒会室の扉がゆっくり開き、そこにはさっき先輩の言葉に出ていた俺のクラスメートである高橋優奈がいた。
彼女は『この学校にいる高橋優奈と言ったら?』と聞いたら、十人中十人が『占いの当たる確率が百パーセントの高橋優奈』と返してくる程の超有名人である。
だが、俺は彼女が苦手だ。というか苦手対象にしか思えない。
学校に登校してきて「おはよう」と声をかけても睨まれて終了。プリントを渡す時も睨まれて終了。「また明日」と声をかけても睨まれて終了。何をしても最後は必ず睨まれて終了する。
他の人には睨まないのにどうして俺だけ……と思い始めたら、いつの間にか俺は彼女が苦手になっていた。
俺がそんなことを考えていると、ずっとこっちを見ていた高橋が話しかけてきた。
「……生徒会」
「へ?」
「翠川君、生徒会に入ったんだ」
「あ、ああ……。よ、よろしくな」
もしかしたらこのまま睨まれることなく会話を終えられるんじゃないかと思っていたが、何時も通り睨まれて終了した。
うん、よく皆が「女子の考えていることがわからない」と愚痴のように言っていたが、今回ばかりはその気持ちがよくわかった。俺の場合は高橋の考えていることがわからない。
すると後ろから話しかけられたので振り向くと、そこには高橋を除く四人の姿があった。
「えっと、どうしましたか?」
「一応自己紹介をしようと思って。翠川君が知らない人も居るでしょう?」
「あ、はい。まあ……」
「じゃあ改めまして。生徒会長、月宮薫よ。よろしくね、翠川君」
「あたしは多田出彩花! よろしくね、竜ちゃん……は被っちゃうから、竜くん!」
「俺達も一応な。知ってると思うが、三年の宮野東真だ。よろしくな!」
「それでは僕も。宮野風真、東真の双子の弟です。よろしくお願いしますね。ほら、優奈も」
「……高橋優奈」
「あ、はい。えと、翠川竜也です。よろしくお願いします!」
先輩達が自己紹介をしているのを見て、俺も慌ててお辞儀をしながら名前を言った。
それを見ていた皆が小さく笑ったのを見て、俺は恥ずかしい気持ちと同時にここでやっていけることが嬉しくなった。
俺が顔を上げて笑った時、その雰囲気をぶち壊す声が聞こえてきた。
「やっほー! 皆のアイドル教師、竜次ちゃんの登場だぜ!」
「「「…………」」」
「あれ? どうしたんだ皆して無言になって? もしかして竜次ちゃんの魅力に惚れちゃった?」
「どうしてそういうことをするんだよ、この馬鹿親父!」
「おい、糞の次は馬鹿かよ! いや、糞よりはマシかもしれねーけど………いや、やっぱマシじゃねー! 実の親を罵倒するな!」
「だったら罵倒されるようなことをするなよ!」
もしかして今までこんなことしてたのかよ!? それすっごい恥ずかしいんだけど!? 俺はそんなことしないんだけど!?
「……子は遺伝によって親によく似る」
「うわああああっ!? 止めろおおおおっ!!」
「あ……ちょっ、翠川君!?」
高橋が小さく呟いた言葉を聞いてしまった俺は生徒会を飛び出し、屋上に向かって全速力で走った。
「あーもう……今までの平凡を返せーっ!」