一日目 事の始まり
『突然』という言葉は、今のこの状況の時等に一番合う言葉だと俺は思う。
「竜也、生徒会に入る気はないか?」
「……………は?」
今間抜けな声を出したのは、俺こと翠川竜也である。
そんな俺は、放課後に俺の父親でありこの学校の教師――翠川竜次に職員室に校内放送にて呼び出されていた。
しかし俺は職員室に、しかも実の父親に校内放送という大規模なやり方で呼ばれる覚えが全くなかったので不思議に思った。
そして放送の通りに職員室に行ってみたらまさに『突然』さっきの言葉をさらりと言われ、あの間抜けな声を出したということに至る。
生徒会はこの学校だろうと他の学校だろうとどこだろうと、生徒の代表として頂点に立つ人達の集いの場だ。当然そこには優秀な人や功績を残している人しかいないだろう。
一方で俺は特に何かが出来るわけでも功績を残しているわけでもなく、全てにおいて平均かそれよりも少し良い程度である普通の男子中学生だ。
百歩譲って俺が生徒会に入って仕事や会議等を役員の人達と一緒にやり遂げていく姿を想像する。しかしそんな姿を想像しただけでも場違いだと思わせられる。
これはもう断る以外に選択肢がないだろうと思い、それを伝えるために口を開こうとした時だった。
「あ、ちなみにもう既に生徒会役員になる時に必要な手続きは全部済ませてあるから、断っても無駄だぜ」
「そっか無駄なのか……って、は!? じゃあ何でさっき『入る気はないか?』って聞いたんだよ!? それから、本人に聞く前に勝手にそういうことをするな!」
たまにこの父親の思考回路がどんな風になっているのかがわからなくなる。覗けるなら是非とも覗きたい。
しかしどんなに思考回路が悪い意味で凄くても、決して嘘をつくことはない。それは今までの経験上からよく理解している。
となると考えられるのは一つだけ。……もしかして俺、本当に生徒会役員にされたのか? たった今初めてこの事を聞いたのにか?
そう理解した瞬間、俺は職員室だとわかっていても思わず叫んでしまった。
「何で父さんは何時も本人の、俺の了承も無しにそういうことをするんだよ!? つーか何で入るのが俺なんだ!? 俺以上に成績とかが良くて生徒会に適してる人がいるだろ!」
「ちょっ、落ち着け! お前なら勝手に入れても良いかなと思って無断で入れたのは謝る! だけどここ職員室だから! 静かだから声が響くし他の先生もいるから! それから校内で『父さん』と呼ぶのは止めろ!」
「叫んだりしたくなることをお前がしたからだろうが! 何が良いかなだ、この差別親父がーっ!」
「うわああああっ! 待て待て待て待て待てーいっ! とりあえず場所を変えよう、なっ!?」
そう言うと父さんは周りの先生方に頭を何度も下げてから、俺を肩に担いでコソドロのように立ち去り、階段を段飛ばしで上った。
「っはー…! 竜也、お前重くなったんじゃねーの? 階段上るのすっげー疲れたんだけど…!」
「そりゃあ一応中学生という成長期真っ只中なんだから、背は伸びるし体重も増えるだろ。それと同時に父さんの老化も入るわけだしな、寧ろ上れた父さんが凄いと思うぞ?」
「あー、そうだったな……。お前はまだ中学生だったな……。家事とか出来るから高校生だと錯覚しちまった……」
「じゃあ家事をやらせるなよな……。無理だと思うけど……」
「ああ、無理だな……」
父さんが屋上で寝転がりながら溜め息をついたのを見て、俺も釣られて溜め息をついてしまった。
さっき父さんが言った通り、家事全般は俺が一人で行っている。理由は至極簡単で、父さんが家事を何一つ出来ないからだ。
料理をしてくれと言ったら何故か道具が壊れるわ、洗濯してくれと言ったら何故か洗剤を全て投入するわ(因みに投入する前に俺が止めたので未遂だ)、掃除をしてくれと言ったらカーペットを洗おうとするわ………考えるだけで頭が痛くなる。
そんな経緯があって父さんに家事をやらせられないため、代わりのように全て俺が行っているのだ。多少は中学生染みてなくても変ではないだろう。
そこまで考えて、俺は本来の主旨を忘れていることに気がついて父さんに話しかけた。
「それで父さん、やっぱり俺って生徒会役員にならなくちゃ駄目なのか?」
「ん? ああ、駄目だな。それにもうお前が入るって皆に伝えてあるからな」
「本当にふざけんなよ糞親父…!」
「糞!? 幾らなんでも糞は酷くね!? この親不孝者が!」
「家事をやってるだけで十分親孝行してるだろーが!」
何だよ、何なんだよこの父親は! こんなにも最低な父親は他にいるのか!? それともこれが普通なのか!? 俺の『なりたくない大人ランキング』でぶっちぎりの一位なんだが!?
しかしもうこんなことを考えていても仕方ない。こうなった以上、父さんはなにがなんでも俺を生徒会に入れようと試みるだろう。たとえ無理難題な要求をされたとしてもだ。
「わかったよ、どうせ父さんは嫌だと言っても聞かないだとうしな……。入れば良いんだろう、入れば」
「おおーっ、流石竜也! 俺の性格を理解してるじゃねーか!」
「そりゃあ一応親子なわけだしな、父さんがどんな性格なのか大体は理解して――……ん?」
そこまで言って、俺はふと思った。俺が生徒会に入ったら、家事は一体どうするのだろうと。
生徒会に入れば仕事が沢山あるせいで帰りは絶対に遅くなるだろう。そして父さんは家事が出来ない……というか絶対にやらせられない。
ということは、俺は生徒会の仕事が終わってからどんなに疲れた体であったとしても、頑張って家事をやらなければならないということになる。
しかしそれにも限度はある。だって俺は歴とした人間なのだから。つまりは家事が出来ない時もあるわけで……。
「そっか、遂に守られていた栄養や部屋とかの清潔さも、消えてなくなってしまうのか……」
「ど、どうした竜也? 何がどうしてそんな考えに至った?」
「へ?」
父さんにそう問いかけられ、俺は目を丸くして父さんを見た。
すると父さんは俺が何を考えていたのか理解したらしく、生徒会についての説明を始めた。
「確かに竜也達みたいに関わっていないやつは『生徒会は仕事が多い』と解釈するかもしれない。だけど実際は疲労で倒れてしまうほど仕事は多くないんだ。所詮は『飾り物』だしな……」
「は? 飾り物? それってどういう……」
「いや、こっちの話だ。ま、それを無くすために竜也を入れようと思ったわけなんだが……」
「おい、と、父さん? さっきから何、言ってんだよ?」
父さんはさっきから真剣な顔で意味深長な言葉を言っており、俺は思わず怯んでしまった。そのせいか声も震えてしまう。
そんな俺に気付いたのか、父さんは小さく笑って俺の頭を少し乱暴に撫でた。
「うわっ!? ちょっ、止めてよ父さん! 俺もう子供じゃないんだから…!」
「ばーか、どんなに大人びてても、年齢的には十分子供じゃねーか」
「うっ……。そっ、そうかもしれないけど……。で、でもっ、頭撫でたりとかは止めろ!」
「ほいほい」
父さんは楽しそうにニカッと笑うと、踵を返して階段へと向かった。それに続くようにして俺も階段に向かう。
「なあ父さん、生徒会の人達ってどんな感じ? やっぱり美男美女だったり、中学生に見えないくらい大人びてるのか?」
「んー? 安心しろ、お前が想像してる生徒会とは違うから。ほら、明日から開始なんだから気を抜くんじゃねーぞ」
「わ、わかってる!」
父さんに嘲笑されるように言われた俺は苛つき、思わず叫ぶように言い返してしまった。
それを聞いた父さんはさっきとは違う、どこか冷酷さを含めたような笑みを浮かべた。
俺はそれを気のせいだろうと解釈し、父さんの横に並ぼうと小走りした。
「――――でも、確かに中学生には見えないんだよな。断ち切れないせいか、どこか子供っぽくて」