旅立つ前に
「フリュイ。」低い気だるげな声が私を呼ぶ。
「どうしたの?ハク。」
昨日初めて会った青年に何故こんなに安心するのだろう。
どうしてこんなにもくだけていられるのだろう。
自分の心にといかけても、返ってくるのは沈黙だけ。
「明日ここをでて里に向かう。」
「そうなの?ずっとここにいるのかと思っていました。」
ここは送られてきた人が住む場所と聞いていたし、何よりここは囲われている。
窓から外を、外にでて歩いても気が付かないけれど、その境には出ようとすると電気が流れるらしい。
出ようとすればするほど流れる圧は高くなる。
ここはそういう所。
「長老にあって挨拶をしないといけない。
お前はここで生きるのだから。」
変わらない表情で淡々と言われるとなんとも言えない気分になる。何故だろう。このひとを私は知らない。
知らないはずなのに、なぜこんなにも心がざわめくの…?
「わかりました。私はどうしたらいいのでしょう?」
ざわめく心を横において明日のためにきいておく。
だって私には何もないから。
今着ているものも、食べた物も私のではない。
準備するにも何もないのだ。
「君が必要だと思うものを教えてくれ。
出かける準備はこちらでしよう。
どうした?」
その変わらない表情を見ていると、気にしているのは私だけなのかしら…。「いえ、私も何か手伝えることはないでしょうか?」「特にないが…。」
平静な顔で言われると特に言えない。
「そうですか。」
引き下がるしかなかったのだ。
せめて片付けをさせてもらえるようハクを言いくるめた。
片付けが終わり、与えられた部屋にもどり布団の上に倒れこむ。
久しぶりに動いた体は(記憶にはないけれど)すごく疲れていたが、顔には笑顔がこぼれてとまらなかった。
**********************
誰かに手を引かれて走っている。
荒れた森を走り続ける。
森は所々燃え、木は折れて、動物たちも逃げ出していた。
「捜せっ!!見つけだして息のねをとめろ!!」
荒々しい怒号は森に響く。
木霊する言葉から逃げるように逃げ続ける。
音を出さないよう。響かないように。
切れる息もできるだけ抑えて、見つからないでと祈りを抱えて逃げる。「止まらないで!!走って!!」
少女は声を潜め、足は止めずに走っている。
前を走る人に手を引いてもらいついていく。
「ど、こに、行く、の?
村は、こっち、じゃ、ない、よ?」
息も絶え絶え、不安で前の人に聞くが、返事は返ってこない。「ここは?」
連れられてきた場所は崩れた神殿だった。
あちこちがくずれ天井はおち空が、月が辺りを照らしている。
目の前の背の高い人は空を見ていて顔が見えない。
髪が月明かりにあたってキラキラしていた。
それは綺麗な銀色だった。その後ろ姿をただ見ていた。声もかけず、待っていた。