五本木下の日常
平日の昼下がり。 葉が茂った木が5本くらいそそり立っている場所の下、ちょうど影ができて涼しいところに座りつつ白い煙を吐き出す。 勢いよく出でて、そこからゆらゆらと風に押され拡散していく。 まるで世間の荒波に揉まれる社会人のようだ。 いや、そんなこと考えても意味は無かった。 逆に考えない方が良かったと言うべきか。
目の前に一つの人影が映り、見上げるとネクタイとスカートをたなびかせた女性が仁王立ちしている。
「なにしてんの? まず、時間と年齢を口に出して発言してみような」
「現在、午前9時38分。 高口稜17歳彼女いない。 付き合ってくれ」
余分に名前と告白を追加したら、彼女はしゃがみつつ手のひらを見せる。 見てくれ笑っているが、目が異常なまでに座っている。 まさかとは思うが、ビンタ等の暴力が繰り出されるのだろうか。
「何を考えているかわからんが、おそらくその考えで合っていると思うぞ。 大方殴られるのか とか 目が怖い とか思っていたのだろう。 正解だ、歯を食いしばれ」
少し下を見ると、豊満な胸が揺れた、と同時に腹に鈍痛が押し寄せた。 残念、ビンタじゃなかった。 ボディブローだと? 痛いじゃないか。 ストレートレベルだぞ。
「なんだ? 本庄麻衣教諭、どの発言に対しての攻撃だ?」
「発言? まずお前の手に持たれているものが何かを言ってみろ」
手? あぁ、これか。
「先端が燃えて白煙が発生し、吸い込むと肺や気管に支障をきたす、葉を乾燥させ尚且つそれを粉砕したものを専用の紙で包むように巻いた、通称『煙草』と呼ばれるものだ」
「ほう、よく分かっているではないか。ではその『煙草』は法律的に何歳から喫煙可能か。 答えてみな?」
ほう、愚問だな。高校生にもなってそれを知らない奴はいないだろうよ。
「20歳からd――」
俺の発言はそこで途切れた。 なぜなら本庄教諭が飛び後ろ回し蹴りを繰り出し、吹っ飛ばされたからだ。 たしかローリングソバット という名前だったかな。 自分でも見事なまでにアクションゲームの雑魚キャラの如く「ぐふぉ!」とか「げふぅ!」とか言いながら宙を舞った気がする。
「そこまでわかっていながら喫煙とは、いい度胸だな。 褒美に暴行という名の愛をプレゼントしてやろう。 後、私の話し口調を真似るな。 いつものお前を知っている身からすれば、奇妙。 いや、吐き気をもよおすレベルだ」
「って……。 痛いじゃんか麻衣教諭。 しかも暴行という名の愛は既に受けたから、言うの遅いよ」
「たわけ」
麻衣教諭、いや 麻衣ちゃんは一言吐き捨てると、俺に背を向けて歩き出した。 あれ、煙草の件はもういいんだろうか? いつもなら俺から煙草を強奪して吸っているのに。
そう、麻衣ちゃんはスタイルが良く、美人でいるわりに愛煙家なのだ。 多分このことは麻衣ちゃん自
身と俺しか知らないはず。
「あ、そうだ。 忘れていた。 高口、よこせ」
短い言葉とともに麻衣ちゃんは振り向いて手を差し出す。 いつものことだ。 当然煙草である。 麻衣ちゃんを見ていると、煙草を吸っても見てくれに害はないように思えてくる。 モデルスタイルに豊満な胸をプラスした麻衣ちゃんの見てくれは、ほとんどの男がガン見するくらい。
「ほい、どーぞ、麻衣ちゃん」
「やっといつもの話し口調に戻ったな。 いつものことだが、このことは口外禁止だ。 生徒指導にでもしれたら厄介だからな」
なんだかんだ麻衣ちゃんは優しいな。 まあ自己保身も含んでるだろうけど、俺の味方をしてくれる。 これがあるから、俺は煙草を止めることが出来ないのだろう。
「で、高口。 今日でお前から受けた告白は延べ500回となったが、何をお見舞いしてほしい?」
白煙を吐きながら麻衣ちゃんは笑顔でこちらを見る。 先ほどの怖さは感じられない……が、質問は暴行前提で来ている。 てか、500回もこのやり取りしてたんだ。 もう2年近く経つってことか。 じゃ、一応質問には答えておきましょうか。
「えっと、麻衣ちゃんへの延べ500回の告白に対する返事が欲しい」
「なんだ、もっとわけのわからない返答が来るかと思ったら、案外まともだったな。 いや、そこまでではないが」
煙草を手にクツクツと含み笑いのような笑い方をする。 校内では見ることのできない珍しい一面だ。
「で、麻衣ちゃん返事プリーズ」
最初は冗談半分での告白だったが、最近では結構本気の告白なのだ。 決して容姿に対して惚れたのではない。 500回のやりとりの中で見てきたかわいらしい笑顔、それを出す心に惚れたのだ。 決して『括弧つけ』でも『中二病』でもない。 純粋に惹かれたのだ。 ん、型苦しくなったな。
「そうだな……、ノーではないな」
何とも曖昧な返事だ。 なんだかんだはぐらかす乙女な感情もまた惹かれる理由の一つ。 俺の中で結論付けると、麻衣ちゃんは可愛いのだ。
「じゃあ折角だしオッケーにしようよ」
「まず、お前自身の身分を考えるところからスタートだな」
「オッケーってことだね。 わかった、みんなに言いふらしてくるよ」
軽い冗談を混ぜてみる。 いつもなら上手く否定する麻衣ちゃんだが、今日は違った。
「言いふらすなら本当に交際がスタートしてから言いふらせ。 それまでは二人の秘密だ。 これも一緒に」
ふと見ると、白煙が出る煙草と満面の笑みの麻衣ちゃんが映った。
「出世払い。 それオンリーだ」
麻衣ちゃんはそういうと目をつむり……
End
いかがだったでしょうか? 楽しめてもらったらうれしいです。
続きに近しい短編をあげました。
「日常後の一本木」です~。