はぁダメだ君
自分で自分の事って案外分からないものですが、
彼はその程度が極端なのでした。
その子は秀才でスポーツ万能、外国人のように鼻が高く
目はまるでミカヅキモを拡大したかの如く美しくて
黒目は青ざめた月のように澄み渡っています。
頬は頬紅をちょっと叩いたかのようにほんのり赤く
唇は肉厚で顎がほんの少ししゃくれていました。
今日も始まりました。
「はぁダメだ。どうして僕はこんなに酷く顎がしゃくれているのだろう……」
朝、眠気眼を擦りながら鏡を見てため息をつきます。誰も気づかない程度です。
学校に行く前にシャワーを浴びます。
「はぁダメだ。どうして僕は体や頭から変なにおいがするのだろう……」
それはそうです。シャンプーとリンスは1本5000円もする超高級品で石鹸はフランス製です。
湯船には薔薇の花をまんべんなく散らしておりむせ返る程のフェロモン。筆舌に尽くし難いのです。
一時限目が体育の日でした。冬の猛吹雪の日彼は自転車をこいで登校しました。
期限の時間の30分前に着きました。
「はぁダメだ。昨日より1分32秒遅いや……」時計はロレックスです。
「はぁダメだ。無精しないで傘をさして来れば良かった……」傘が壊れます。
ただ編笠は忘れませんでした。教室入るなりみんな大うけです。「仁の観過ぎー。何時勉強してるのー?」「はぁダメだまたみんなに笑われているよ……」笑われているのではありません。笑わせているのです。
体育館でサッカーの授業です。彼はハットトリックを決めました。「おお、凄いな。全くお前には誰も敵わんよ」先生が言います。
「はぁダメだ。ハットトリック決めたらカズダンスしなくちゃいけなかったのに。
何て僕はダメなんだ……」
女の子から告白されました。彼は言いました。
「ごめん僕EDなんだ」「素敵!エレクトリカルダンスね!」
「はぁダメだエレクトしない事を伝えたかったのに……」早熟です。しかし童貞です。
キリがありません。
その後も(人から見て)大成功を収めましたがうつむいてぶつぶつ「はぁダメだ。はぁダメだ」と独り呟いていたので車に轢かれて死にました。散々でした。彼の世界の中だけは。偶然死んだのも語呂だけは良い事に33歳でした。
同級生は口々に言いました。
「惜しい人を亡くしたね」
「ホント凄い人だったね」
「美人薄命って事なのかしら」
しかしある勇気ある同級生が言いました。「でも彼もう少し前向きに生きた方が良かったよね」と。
皆一同共感するところでもありうなずきながら泣きました。(そうだね……誰も言わなかったものね)
人にはコンプレックスは必ずあります。それを武器にして前向きに生きる事を教えてくれた「はぁダメだ」君は偉大な人物として後世まで皆の語り草でした。