魔法使いの手習い
新任教官のヴァレンタリアは、密かな疑問を抱いていた。
向かいの席の教官が、いつもいないのだ。
何人かの教官に聞いてみたが、よく覚えていないと言う。おそらく、見たら思い出すのだろう。
退屈そうに学内を散歩していた学長にも尋ねてみたが、「君が学校に慣れてきたら教えてあげるよ」とはぐらかされる始末。
これ以上深く聞くわけにもいかず、かといって放っておくには少し気になる。
ヴァレンタリアの心には、小さなモヤモヤが居座っていた。
◇◇◇
後日、ナツメはリンモルトが魔法使いを引退したことを知った。
なぜか、そのリンモルトが魔術教室を訪れている。
「今日はどのような……」
ナツメが言いかけるのを遮り、リンモルトが切り出した。
「黒い石……魔石を買いたい。それと……」
ナツメは一瞬まさか魔法使いに復帰するのではと思った。しかしその懸念はすぐに解消された。
リンモルトは、結婚する娘夫婦のために、魔法建築で家を贈りたいのだという。
本来、魔法建築が専門のシーコットに頼むのが筋だが、同級生だった彼とは死んでも関わりたくないほど仲が悪い。
「引退して時間はたっぷりある。それに自分で作った方が安上がりだ」
強情を張る老魔法使いの姿に、ナツメは内心、苦笑した。
◇◇◇
こうして、リンモルトは魔術教室に通い、一から魔術を学ぶことになった。
そこには、三年前から通い続けている先客が一人いる。
魔法学校初等科四回生のセノだ。
新入生が気難しそうな老人だと知ると、セノは少し腰を落として身構えた。
だが、リンモルトが近づくと、セノはニコッと周囲の空気が明るくなるような笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をした。
高名な老魔法使いが、孫のような少年から魔術の基本を教わる。
そんな奇妙な講義が、幕を開けた。
まずは、魔術の基本をしっかり学ぶ。
そして術式の意味を深く理解し、魔法陣を正しく描き上げる。
理屈を理解せずに描いても、魔法陣は発動しない。
また魔法建築は一筋縄ではいかない。精巧な建物の模型が必要になる。
だが、それはここでは作れない。
ナツメは、彼の性格なら自分で作るだろうなと思いながら、少し離れたところから見ていた。
◇◇◇
この日、魔術教室は、驚くほど静かだった。
ノンは一度も足を止めることなく、その前を通り過ぎる。
あの不思議な教室の存在を、隠ぺい魔術の効果で彼女はすっかり忘れていた。




