執念に折れたプライド
「やっぱり気のせいか……」
そっと魔術教室の扉を閉める女子生徒ノン。
ナツメは部外者が入ってくることがたまにあることなので一瞬驚いた。
しかし、生徒の目線が虚空を見つめていたことで安堵の息を漏らした。
◇◇◇
後日、夫人を伴ってリンモルトが再びやってきた。
だが、そこで繰り広げられた光景に、ナツメは困惑を隠せなかった。
前回とは一転、夫人が魔術具の起動条件解除に賛成し、当のリンモルトがそれを拒んでいる。
二人はナツメの前で、激しく言い争いを始める。
「もう魔法が使えないなら、あなたは死んだも同然よ!」
「死んだら元も子もないじゃないか!」
「あなたの遺志は私たち家族に十分伝わっているわ。余計なことは考えなくていいの。思い残すことなく死んでちょうだい……」
「ふざけるな!!!」
身も蓋もない罵声が飛び交う中、ナツメはわずかに口角を上げ、淡々と魔石を分別していた。
「あなたからも言ってやってちょうだい!」
夫人がナツメに加勢を求め、彼の手を引っ張る。
「……私は何も言えません。あとはご主人が決意されるだけですから……」
「なっ……なんだそれは!その言い方だと、あとは私が死ぬ覚悟を決めるだけみたいじゃないか!」
リンモルトがナツメの両肩を掴み、詰め寄る。
しばし二人は至近距離で見つめ合ったが、やがてリンモルトは力なく手を離した。
「……もう辞める!」
吐き捨てるように言って、リンモルトは教室を飛び出していった。
夫人はナツメに目配せをして、笑顔でその後を追った。
ナツメは何事もなかったかのように、開いた扉を閉めるのだった。
◇◇◇
やっぱり、あの教室から声がする。
今日は男女の激しい言い争い。
いけないとは思いつつも、ノンは扉近くで目を閉じて考え込むようにして聞き耳を立てていた。
すると唐突に、教室の扉が勢いよく開く。
「っ……!」
飛び出してきた男性、それに続く女性を見て、ノンは驚いて固まった。
だが、二人とも、ノンの存在など気にせず、走り去っていく。
そのあとに通りかかったのは、新任教官のヴァレンタリアだった。
彼女は困惑した様子で男女を見送ったあと、開いたままの扉の奥にいるナツメと目を合わせた。
(あの方は……。まだ名前を知らない先生もいるわね)
ヴァレンタリアは軽く会釈をして、そのまま通り過ぎていく。
この時、もしノンが教室の中を覗き込んでいたら――
もう少し、扉の近くに居たら――
教室から人が出ていき、隠ぺい魔術が中断されていたその瞬間。
彼女の目にもナツメの姿ははっきりと映っていたはず。
しかし――そうはならなかった。
ナツメが教室の扉を閉めたのと同時に隠ぺい魔術が再び発動したからだ。




