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展示会

ナツメに教わる生徒の姿を初めて見たセノ。

胸の奥がちくりと疼くのを感じた。

セノは小さく息を吐き、誰にも気づかれないよう、静かに二階の教室を後にした。


「ちょっと待って」


一階の扉の手前で、ナツメの声が背中に届く。

呼び止められたセノが振り返ると、ナツメはわずかに微笑んでいた――



ナツメに腕を引かれ、再び二階の教室へと連れ戻された。

そこには、新しい生徒がいた。

新しい生徒は、宙の一点を見つめたままぼんやりとしている。

どうやら頭の中で今日の授業内容を反芻し、復習に没頭しているようだった。


「テノルド?」


ナツメが声をかけると、テノルドは弾かれたように現実に戻ってきた。


「はい!」


慌てて居住まいを正すテノルドに、ナツメはセノを紹介した。


「私がいない時、魔術を教えることになるかもしれない人だよ」


テノルドはナツメを見て反射的に頭を下げた。


「先生、よろしくお願いします!」


テノルドがゆっくりと顔を上げると、小さな子供――セノと目が合った。

まさか自分より年下の子が先生だとは、テノルドは夢にも思っていないようだった。

一方で、呼ばれたセノは驚きに目を見開いた後、くすぐったそうな、それでいて少し誇らしげな笑みを浮かべた。


そんな二人を見届けたナツメが、セノの耳元で囁く。


「セノ。今度の休日、展示会に行くけどどうする?」


その言葉を聞いた瞬間、セノの顔は周囲の空気まで明るくするような、まぶしい笑顔に変わった。


「本当!? やったぁ!」


先ほどまでの寂しげな背中はどこへやら。

セノは跳ねるような足取りで駆け出していった。


それを見届けてから、ナツメはテノルドに向き直って言った。

「次の展示会は君にも参加してもらうから。三ヶ月後の休日は、予定を開けておいてね」



◇◇◇



展示会当日。

会場の受付を前にして、ナツメが足を止めた。


「セノ、ここで裸足になろうか」


少し変だと思ったが、セノは素直に靴を脱いだ。

だが、ふと見上げたナツメの顔に、セノは背筋が凍るのを感じた。

口元は微笑んでいるのに、その目の奥が、少しも笑っていない。


(あ、これ、マズい……)


気づいた時には、もう手遅れだった。

手際よく広げられた抱っこ紐によって、セノはナツメの胸元に、正面を向いた状態でがっちりと拘束されてしまった。


「待って! なんで!? なんで!?」

「静かにしてね。無理を言って、入れてもらうんだから」

「赤ちゃんじゃない!」


両手両足を必死に動かして脱出を試みようとするセノだったが、その姿は、流暢に喋る「少し大きめの赤ん坊」にしか見えなかった。

そして、脱出がムリだと悟ったセノは、せめてもの抵抗とばかりに、両手を高くあげてグーパーと開閉させ、無言の抗議を続けた。



◇◇◇



夕闇が迫る中、展示会の会場である空中庭園には、青白い光が灯り始めた。

それは遠くからは決して見えず、近づいた者だけが視認できる、秘匿された光。

地上にある受付を通過し、奥にある移動棒に触れれば、一瞬にして幻想の世界へと転送される。


空中庭園は巨大な円形をしており、その中心はぽっかりと空いた空洞になっている。

外周に沿って並ぶブースには、一点物の魔術具などが隙間なく並んでいた。


まず目を引くのは、やまぬ涙の銀聖杯。

繊細な銀細工の縁の穴から、水があふれだし、刻まれる波紋が涼やかな音を奏でている。

その水に触れれば、たちまちのうちに心の傷が癒えるという。


その隣で、音もなく歯車を回し続けるのは忘却の自鳴琴。

不思議なことに、耳を澄ませても音は一切聞こえない。

しかし、滑らかで鮮やかな自動人形の舞いは、見る者の時間感覚を狂わせる。

気づけば数時間、ただその木彫りの指先を追ってしまう者もいる。


展示品の背後から漏れる青白い光が、それらを宙に浮いているかのように錯覚させる。

訪れた人々は声を潜め、見たことのない一点物の魔術具の数々に、うっとりと魂を奪われていた。


魔術が単なる暴力ではなく、誰かを笑顔にするための技術として存在する、三ヶ月に一度の特別な夜。

そこには、人間の知恵と魔術が織りなす奇跡が形を成した姿がある。



また、展示会は、同時に貴重な販売会でもある。

入り口から最も遠い場所――そこは、魔術師たちが集う特別なエリア。

魔法紙や魔石などの予約注文が飛び交う。


「ナツメ、あれ近く見たい!」


拘束されたままのセノが、魔術具の一つを指さして声を上げる。


「待って。先に魔石を売ってしまってからね」


ナツメは淡々と応じ、取引の準備を始めた。

セノはもどかしげに、助けを求めるように後ろを振り返る。


「じいじ! あれ!」


そこには、セノの執事である老人が、静かに目を閉じて立っていた。

彼は主人の格好に動じる様子もなく、慈愛に満ちた声で告げる。


「ぼっちゃま。ナツメ様が許可されたものを、一つだけですよ」


セノの楽しい夜は、まだ始まったばかりだ。

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