セノの何気ない一日
セノの朝は遅い。
始業時刻を大幅に過ぎてから、セノは堂々と裏門から入る。
数多のゴーレムの守衛を素通り。
人間の守衛が詰めている建物の背後、影になった場所に入り口がある。
湿った空気の漂う地下道を進むと、壁の隅に一本の移動棒が据えられている。
周囲の石材と同じ鈍い色をしており、壁の一部のように馴染んでいた。
セノは背伸びして、その棒に指先を触れる。
次の瞬間、セノの体は魔術教室へと転移していた。
午前中は一応、座学の時間。
ナツメは基本的に魔術教室の一階に居る。
そのため、セノはいつものように二階から小さな机と椅子を一生懸命、一階へ運び、ナツメの正面に陣取る。
中等科の教科書を広げて「勉強しているフリ」をするのが彼のスタイルだ。
だが、その視線は常にナツメの手元にある。
(ナツメが今、何をしているか。どんな魔法陣を描いているのか……)
一瞬たりとも逃さず、自らの技量を向上させようとする鋭い監視。
「ねぇ、ナツメ。今のは何?」
「あとでねー」
いつもの適当な返事を流しながらも、ナツメは顔を少しこわばらせた。
それにもかかわらず、セノは机と椅子を、少しずつ、ナツメの方へと近づけていった――
昼食の時間。
ナツメが食堂に行くこともあるが、いつもセノが食堂に向かう。
セノは昼食の時間になると待ち構えていたように席を立ち、食堂で二人分の紙バケットをもらってくる。
戻るとまたナツメの正面に座り、少し不機嫌そうに食べ始める。
いつものようにナツメはすぐに食べ始めず、作業をしている。
午後はナツメのお手伝い。
ようやく待ちに待ったピーナッツかりんとうを作るのだ。
二階でセノはいつものように材料を棚から引っ張り出す。
小麦粉、砂糖、ピーナッツ、揚げ油、はちみつなど、それぞれ必要な分量だけ容器に入れていく。
ここまでがセノの仕事。
まだナツメが来ない……。ガマンできずに一階にいる食事中のナツメを引っ張って連れてくる。
心ここにあらずのナツメは袂から細い棒が入ったケースを出し、その中から一本だけを取り出して床に立てた。
ナツメは容器に入った小麦粉などの分量をさらっと確認していき、細い棒から出てきた魔法陣に魔力をこめる。
あとはピーナッツかりんとうができるのを待つだけ。
近くで見ようと間近にいたセノはナツメに後ろに引っ張られる
空中に舞う材料や炎、風を、セノは釘付け、ナツメはぼんやり眺めていた――
そして、放課後。 本来なら魔法訓練の時間だが、セノが我慢できないようなので、先にナツメお手製の菓子を囲んでいた。
カリッと揚がり、十分に冷えたピーナッツかりんとう。
ヴァレンタリアがそれに夢中になっている瞬間を、セノは見逃さなかった。
「じゃあ、帰るねー」と、ナツメお手製の菓子が入った紙のバケットを持って、自然な動作でフェードアウトしようとした。
――が、その瞬間。ナツメの手がセノの肩を掴んだ。
「今日はまだ、魔法訓練してないよね?」
爽やかな笑顔。けれど、向けられた視線は冷たい。ナツメはそのままセノの首根っこをしっかりと掴んだ。
「あと、明日の昼食後に初等科の卒業試験を予約したから。今回だけは試験で『魔術』を使いなさい」
「……! 本当にいいの?」
その言葉に、セノの瞳が輝く。
しかし、ナツメの言葉には続きがあった。
「ヴァレンタリア先生、あとで学長から話があると思いますが、セノには中等科に進学してもらいます。ただ、それでも今まで通り魔法訓練をお願いします」
ナツメの言葉に、ヴァレンタリアは下唇にお菓子のかけらをつけたまま、生返事で頷いた。
彼女は口いっぱいに広がる甘さと香ばしさの余韻に浸っており、ナツメの話はほとんど耳に入っていないようだった。
セノの顔から一気に光が消えた。




