魔術教室の代理教官②
翌日の放課後。
今日も、教室ではセノとトーノが対峙していた。
セノは椅子の背もたれを抱えるようにしてトーノを可愛らしく睨んでいる。
「セノ。言っておくけれど、ノンちゃんには魔術を教えなくていいからね。あれは必要な人だけが学べばいいものだから」
「……」
セノは黙り込む。なぜか、教えないとは決して口にしなかった。
「それより、トーノはいつまで居るの?」
「ナツメが帰ってくるまで」
「ナツメ、いつ帰ってくるの?」
「わからない……」
セノは机と椅子を少しだけトーノの近くにそっと移動させた。
「何か教えてよ」
「何を?」
「『トーノの魔術教室』、して」
「君に教えられることなんて、何もないよ」
「うそ。……じゃあ、『ニタニル』のことを教えて?」
一瞬、トーノの動きが止まったように見えた。
「……その名前を二度と言ってはいけないよ」
「少し怒った?」
「ぜんぜん怒ってない……」
トーノは宙を見つめ、思考を巡らせている。
セノは思った。今なら質問しても答えてくれるかもしれないと。
「魔術具にすると、使えない術式があるんだけど……」
「その魔術具専用の特別な魔法紙を使えば大丈夫だよ」
セノは、ナツメの背中を見ているだけでは決して得られない知識を、トーノから引き出していく。
ここでトーノの目が少しだけ鋭くなったような気がした。
「僕を尾行した?」
「してないよ」
「家に入った?」
「入ってない。魔法紙はどこで買えるの?」
「作っている工房へ直接行くか、『展示会』だね」
「展示会? なにそれ」
「僕の家の中を覗いた?」
「覗いてない」
「仕事先を知ってる?」
「知ってな……。知らない」
セノはわずかな言い淀みをしてしまった。
トーノの目が真剣になる。
「僕が『ニタニル』を調査していることを、どうやって知った?」
セノは小首を傾げ、淡々と興味なさげに答えた。
「違うよ。僕の父上がね、ニタニルとすっごく仲良しなんだ」
「…………えっ?」
セノのさらりとした言葉に、トーノが息を呑んだ。
彫像のように固まり、表情から柔らかな色が完全に消え失せた。
「ねえ、展示会ってどこで、いつ開かれるの?」
「……」
「展示会って、いつ開かれるの?」
「トーノ?」
「トーノぉぉ!」
トーノはしばらくセノの言葉に返答しなかった。
◇◇◇
同じ教室の隅で、ノンは優雅に自習をこなしながらその時を待っていた。
今日はセノの魔法実習に付き合う約束だ。
すぐ近くでは、セノがナツメ先生らしき人物と話し込んでいる。
だが、隠ぺい魔術のせいか、彼らの声はここまでは一切届かない。
「ノンノン、待たせてごめんね」
セノがこちらへ歩み寄ってきた。
魔法実習が嫌すぎて、油断するとすぐ逃げ帰ってしまう――
あらかじめヴァレンタリア先生からそう聞かされていたけれど、そんな素振りは微塵も感じられない。
セノが目の前の椅子に腰を下ろすと、互いの両手の手のひらを重ねた。
まずはノンが意識を沈め、二人を繋ぐ精神回廊を構築する。
その精神回廊の中で、セノが瞑想をしたり、魔力をセノの体に循環させるなどの訓練を行う。
これが、いつもヴァレンタリア先生と行っている、魔法訓練の形だった。
セノの手はすごく暖かい。静まり返った教室で感じるのはそれだけ。
そんな穏やかな空間で、二人の訓練は静かに続いた――




