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Mediocre

ドアが開くと、黒髪の男が無表情のまま入ってきた。

「要件はなんだ。」


低く短い言葉だった。私は一瞬だけ間を置いてから口を開いた。

「3番目の部屋に移りたい。」


すると、無表情だった男の顔が暗くなり、溜息をつく。

そして私の顔を強く睨みつけ、小さな声で呟いた。


「関係者か。」


ーーーーーーーーー「Mediocre」ーーーーーーーーーーーーー


「分かった。ついてこい」

男はそれだけ言うと、すでに背を向けていた。


私は立ち上がり、後に続く。

廊下に出ると、来た時と同じ薄暗さだった。蛍光灯が一本、頼りなく灯っている。


数十個という扉が同じように並んでいる、なんとも不気味な光景だ。

彼や私の靴音だけが、薄暗い廊下で響いている。


無機質なコンクリートに木製の扉、全く違う性質の物体が、今はこれほどまでにないほど奇妙にマッチしている。


男が端から3番目のドアノブに手をかけた。

部屋の中を見ると私は背筋が凍り付いた。


部屋の中には沢山のノートと、大きく一枚の写真が飾られている。

見覚えのあるという言葉では収まらないくらいに見慣れていて、とても気味が悪い。


なぜここに死んだ兄貴の写真がある?


あのクソ野郎は2年前、交通事故で死亡した。

それも家族を置いて出て行った日の丁度一年後に。


何も言わず、急に家を出て行ったんだ。

両親はすぐに警察を呼んで捜索したが一向に見つからない。


「行方不明」という形で処理されたが、その一年後、突然交通事故で死亡したという話が流れてくる。

皆無力感に襲われもう何も手に付かなかった、その一年間でもし見つけられていたら死ななかったのになんて、悪いのは全て兄貴だがそんなことを思っていた。

ただ死んでからもあいつは家族に顔を見せてはくれなかった。

遺体が見つからなかったんだ。


しばらく私が固まっていると、男が私に尋ねてきた。

「お前は彼の何を知っている?」


「何を知っているも何も、実の兄だ。」

私がそう答えると、すこし時間を置いて彼が話し出した。

部屋の中の空気は少し湿っている。


「もしそれが本当なら、それこそお前を出すことはできない。」


どういう状況なのわからないがとりあえず頷いた。

Lozxは兄の何を知っている? もしかしてLozxが兄を殺したのでは?そんなことが頭によぎった。

そしてOrcaは出るためには3番へ行けと言ったがこれでは逆効果ではないか。


「少し待ってろ、数分したら戻ってくる」

そういって男は部屋を出た。


もうこのタイミングしかないと感じた。

もし兄を殺したのなら私も殺されるかもしれない、突然の恐怖感に襲われ、足がすくんだ。

彼が部屋を出てから静かにドアノブを回した。

都合の良いことに階段は見える所にある。そこから出られるかもしれない。


肌寒い空気が体にぶつかる。

足音を殺し階段へ向かって足を進めていると、すこし人の声が聞こえたような気がした。

長時間のストレスで幻聴だろうか?


あと少しで階段だ。

Lozxが来ないかと不安で少し足のペースを早める。


目の前にコンクリートでできた階段が見え、足を上にあげる。

鉄筋コンクリート造りの壁は、逃げようとする私を冷たく見つめるように思える。

階段は四十、五十段というところだろうか、思うよりも地下に居るのかもしれない。


長い事走ったからか、足に痛みが走る。

階段を登りきると私の前に扉が現れた。


ノブに手をかけドアを開くと、むわっとした熱気が顔を打った。

調理室のような所へと繋がっていた。


酸味のあるトマトのような匂いが鼻を通る。


広い厨房だ。ステンレスの調理台が並び、大きな鍋がいくつか火にかかっている。

白衣を着た職員達が私を不思議そうに見つめている。

誰も声を上げない。ただ手だけが止まっている。


目が合った職員と数秒見つめ合い、私は視線を外した。

とにかく外に出なければならない。


歩き回っていると奥の方に銀色の扉のようなものが見えた。

あそこなら外に繋がっているかもしれない。

どこでも良い。とにかくLozxから離れよう。


背後で誰かが何かを言っている気がしたが、振り返らなかった。

銀色の扉を両手で押し、外に出る。


レストランだろうか?

さっきの厨房と繋がっているのなら当然か。


暖かい照明に照らされた店内は、地下の静寂が嘘のように賑やかだった。

皆テーブルに向かい、ピザを食べている。笑い声まで聞こえる。


私はどうやら厨房から客席に飛び出してきたらしい。

近くのテーブルの家族連れが私を見てぽかんとしている。

子供が指を差しかけて、母親に手を下げさせられた。

すみません、とも言えない。


早くここを出なければいけない。それは分かっている。

それなのに腹は呑気に音を立てている。


テーブルの上のピザが視界に入った。チーズが伸び、トマトが香ばしく匂っている。

今は関係ない。集中しろ。


店内を見渡すと出入口であろう扉が目に留まった。

ガラス張りのドアの向こうに外の光が見える。

なるべく自然に、しかし急いで歩く。


すれ違うウェイターが私を見て眉をひそめた。

構わず扉を押し、外に出る。


見慣れない町だが、楽しそうに賑わっている。

都市部だろうが、見たことが無い。


しばらくそのまま立っていたが、いつまでも止まっていられない。

とりあえず人通りのある方へ歩き出した。


足の痛みはまだ残っている。走れるかどうか怪しいところだ。

数メートル歩いたところで、近くにいた男が静かに呟いた。


「貴方がGrenja様でしょうか?」

私は足を止めなかった。

追手だろうか。Lozxか、それとも別の誰かか。どちらにしろ無視するのが正解だろう。

道に沿ってそのまま歩き続ける。


男の足音が後ろからついてくる。

「Bee様がお呼びです。」


Bee。

その一言で足が止まった。

「車に乗ってください。」

振り返ると、地味なスーツを着た男が立っていた。

表情は穏やかで、追い詰めるような雰囲気はない。

少し離れた場所に黒い車が一台、エンジンをかけたまま停まっている。


3番目の部屋に行けと、Beeはそう言っていた。

これがBeeが計画した答えだろうか。


私は少しの間男の顔を見つめてから、黙って車に向かって歩き出した。

乗り込むと、ドアが静かに閉まった。


「日本人でしたか、」

そう男が呟いたような気がした。


車が動き出し、ふと外を見る。

すると店に「探しています」という文字とともに兄貴の顔写真が貼ってある。

探している?どういうことだろうか。

行方不明なんかではない、交通事故と聞いている。


Lozxには交通事故の話が届いていないのだろうか?

まあどっちにしろもうあのクソ兄貴のことはどうでも良いがな。



車の中で男が話し出した。

「昨日の停電は大変でしたね、まさか東京全土で起こるとは思いませんでしたよ。」

車の中は下とは違い暖かい。


「Beeが起こしたのなら事前に知っていたのでは?」

私は気になり質問した。


数秒経ち、口を開いた。

「SecondOutageが起こることは知っていましたよ、あれは前から計画されていましたしね。

 ただし規模は流石に知りませんでした、彼だけの犯行なら少しくらい把握できるとこでですが。」


少し気掛かりだ。

"彼だけの"ということは協力者がいるはずだ、ただLozxや256はOrcaの犯行だと言っている。

まあいい、どっちにしろ今そんなことは関係無いのだから。


「にしてもお兄様の事は非常に残念でしたね、兄弟揃って変なものが寄り付くようで。」

変なものが寄り付く、か。 寄り付いたとしたら車くらいだろう。


それより今気になるのはここだろう。

「あいつの何が関係してるんだ。」


彼は驚いたような口調で言った。

「何をおっしゃいますか、TFAやOrcaSysの開発における極めて重要な関係者でいらっしゃる方ですよ。」


「は? 兄貴が?」


兄貴が関係者だと?

私含む家族はそんな事聞いていない、というかもしそうなら警察沙汰になったはずだ。

あいつがいくつもの犯罪を生み出したアプリの関係者だと言うのか?

何なんだよあいつは。


聞きたいことは山ほどある。ただ言葉が出てこない。


私はただ窓から外を眺めた。

川の水は澄んでいて、街並みは賑わっている。


皆がそれぞれの日常を生きている。

買い物袋を持った老人、走り回る子供、スマホを見ながら歩くサラリーマン。

誰一人として私の事など知らない。


他愛のない風景を眺めていると、自然と瞼が落ちた。




「到着しましたよ?」

瞼を上げると、車が止まって男が外に出ていた。


全く私は寝てばかりだな。 そんなことを思いながら車を降りた。

降りると近くにマンションが立っている。


周りを見ても建物ばかりだ。

車の中と違って空を見るなら上を向かなければならない。


「ついてきてください。」

男がそう言うと、私も歩き出した。


エレベーターに乗り込み、数秒すると扉が開く。


男は201と書かれた部屋の扉を開けた。

靴を脱ぎ、部屋に入る。



「久しぶり、いや初めましてかな。」

聴いたことのない声が耳に入る。


奥を覗くと、男がコーヒーを淹れていた。


特徴のある服装ではない。黒いシャツにデニム、それだけだ。

背丈も普通、体格も普通。道ですれ違っても絶対に振り返らないような男だった。

"平凡”そのものだった。


昨日東京全土の電気を落とした人間が、今コーヒーを淹れている。

なんなんだこれは。


「座ってくれ、すぐ終わるから。」

男は振り返りもせずにそう言った。

私は言われるがままソファに腰を下ろした。


部屋を見渡す。広くも狭くもない、普通のマンションだ。

観葉植物が一つ、本棚が一つ。本棚の背表紙は几帳面に揃えられている。


どこをどう見ても普通だった。

こいつが本当にBeeなのだろうか?


「疑っているのが顔に出てるよ。」

男はカップを二つ持ってこちらに歩いてきた。


「Orca.Bだ。よろしく、Grenja君。」




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