僕と鍵守さん
「坊っちゃんにはどちらがお似合いでしょうか」
何だ、これは。
クイズか??
古風な茶色のベストを着た爺やが、両手に一目で上質と分かるスーツを数着ほど持って立っていた。総額いくらだ。
僕は無言でアパートのドアを閉めー…ガキン!!
れない。ステッキを差し込まれていた。
「可憐なレディーがひ弱な紳士をいじめるのですか?」
「誰がひ弱な紳士だ!誰が可憐なレディーだって!?」
律は苦笑いでつっこむ。ちなみに律のいで立ちはいつものパーカーにジーンズだ。どこからどう見ても男だ。
爺の深い白い眉毛に覆われた目はギラギラぬらぬらと光っている。
「大体、本人に聞いたらどうなんですか」
「坊っちゃんが大人しく私の言う事を聞くとでも?!そもそも部屋に上げてももらえませんが」
「だからって何故うちに来る!?それは今までの信頼関係の積み重ねではありませんか?つまりは自業自得かと!!」
ステッキを蹴り出し(御老体がこけないよう加減をしながら)扉を閉めるもガッと音をたてて今度は手がドアの隙間に入り込み押し開こうとする。
「私は私の仕事をしたまでですよ?貴女こそ、ずいぶん強い信頼関係を結ぶことに成功しているようじゃないですか」
老人とは思えない腕力。恐ろしく下卑た笑みにひっと律は息を呑む。
この人の下衆さは折り紙つきだ。凛に見せられるようなものではない。律は一本ずつドアにかかった老人の指を剥がしていく。
「これだけ身の回りの世話に数々の不祥事の後始末をさせられていたら誰でもそうなるでしょうよ!』
「おお…そうですか。入れて頂けないと!せっかく百貨店のスイーツを持ってきたと言うのに…残念です。入れて頂けないとは」と通る声を部屋の奥へ響かせる。
「ぎゃっ!!」
律は後ろから押され前のめりに吹き飛ぶ。母が律を突き飛ばしたのだ。満面の笑みで母は中に鍵守さんを招く。
「いらっしやーーい!鍵守さん!何年ぶりかしら〜!!あらーまたダンディーになってー♥どうぞどうぞ上がってらして!」
「マダム、ありがとうございます、では遠慮なく」
アパートの廊下の柵につかまりながら忌々しく鍵守を睨む。
そして見てしまった。ドアに触れた指をウェットティッシュで拭い、手袋をきっちり手首まではめるのを。ああ、そういうヤツだった。いくら隠そうとも、その目の奥には嫌悪と蔑みと侮り嘲りがある。
「レディー、御手を」
鍵守が律の前に跪き手を差し伸べる。
「結構です。その呼び方やめて下さい」
「坊っちゃんも気の強い女性がお好きですな」
「いや、自分の行動振り返ってくれ!!」
「男言葉とは、レディーに相応しくないですぞ」
「相応しくなくて結構!!変な型にはめようとしないで下さい。僕は貴方方と事実無根、無関係なんでっ!!」
「ふむ、坊っちゃんとそこまで進んでいないということですかな?」
「そうなのよ〜誰に似たのか、奥手で困っちゃうわ〜」
母が会話に入ってくる。誤解もいいところだ。見てろよ。
「……あの、昇也の彼女を教えましょうか??」
スイーツを母に渡したところで律は爆弾を落とす。言外に僕は昇也の友人だということ。れっきとした彼女がいるということ。だからさっさと母の欲するその菓子を置いたら彼女のスーツの好みを聞きに行けという意味をこめている。
この老人は勘違いをしているのだ。昔から僕を昇也の許嫁だと思ってる節があった。そんな事実はもちろん全くない。いちいち母がその話の流れにのるから余計ややこしい。
「いえ、それには及びません。春香さんでしょう?見て来ましたが先は長くなさそうだ。見た目は美しいが、我が強すぎる、肝心の昇也様の心を掴めていない」
何で彼女の名前知ってんだよ。鳥肌が立つ。毎日昇也顔を合わせ話をしている律ですら、本人の申告なしには彼女が変わったことに気付かなかったというのに。
加えて鍵守の観察眼に舌を巻く。そのようなことは昇也から聞いていたが、あの二人は学校では有名な仲の良いカップルだ。
「……口の軽い執事ですね。そんなので大丈夫なんですか?」
ついトゲのある言葉が出てしまう。
「おや、心外ですね。私は貴女に気を許しているだけですよ。何せ私の最推しは昇也様なのでね」
笑みが何とも胡散臭い。
「だったらもう少し手を差し伸べてくれてもよかったのではないですか…?アイツはそれを求めてたと思うし、今だってそうじゃないかと思うんです。」
六年前のことーーーー。
「ではどちらでも受け入れ可能ということですね?」
鍵守は広間に集まった人々に確認をする。皆礼服に身を包み、膳を前に黙っていた。
「では、坊っちゃんに一組ずつ面談をして下さいますか?」
鍵守が使用人に目くばせして奥の襖が開かれる。
一同、息をのんだ。
腐敗臭が漂う。中心に蠢く黒い塊。四つん這いで威嚇するような唸り声をあげている。
よく見れば汚れた髪に黒ずんだ服の子供だった。
皆と同じく座布団と膳が置かれているが、そちらは触れられた形跡がない。
禍々しい様子に圧倒される。
「では、西園寺様」
おっかなびっくりといった様子で30代の夫婦が近寄る。
「こ、こんにちは、僕らの家は広いから走りまわれるよ。食事も・・・君の好きな物を用意させよう。ここのは口に合わなかったようだね・・・うあっ」
膳の皿が投げつけられる。
「鍵守・・・うちは…預かれないこともないんだけどね…」
夫婦は目を見合わせた。「やっぱり夫婦2人の生活を楽しみたいかな…??」
周囲の温度が下がった。先ほどまで、皆7歳の子どもなど手名付けるのはたやすいと息巻いていたというのに。
「ぎゃははは、ビビってる!」
「蝶子。口を慎みなさい」
「え、チャンスじゃん。この子を預かれば、将来大金が舞い込んでくるかもなんでしょ?」
「後継者としての器があれば、ですがね」
鍵守が釘を刺す。
「最低限の生活費は本部からもらえるんでしょ?」
「坊ちゃんの分はそうですが、貴女様の分は保証しませんよ」
「金がもらえるってことじゃん」
鍵守と蝶子の兄は頭を押さえた。
「蝶子、養育するという名目でだな、」
「アタシ子供二人いるし、面倒見てるんだから、楽勝よ。それにアタシまだ20代で体力あるしぃ。兄貴、出産育児の大変さ知らないでしょ?女は大変なんだからあ」
舌なめずりする蝶子。
その後も何グループも面談が進んだが、子供に噛みつかれ、引っかかれ、とびかかられ、とまともな面談は一つもされなかった。
最初は乗り気だった保護者候補もこの様子には閉口し、退陣していった。
何せ人とコミュニケーションが成り立たない。子供は未だ一言も喋らず、威嚇し攻撃の機会を狙っている。
これでは獣だ。それも、おそらく手負いの獣。今までどんな生活をしてきたのか。果たして共に住んで人間らしい生活が送れるのか。関わる人々の生活も危ぶまれるのではないか、としり込みしだす。
「失礼します。お連れ様が…あ、こら」
使用人の横からひょこっと少年が顔を出した。眠たげな幼女の手をひいて広間に入ってくる。
「こんばんは。平山蝶子を迎えに来ました」
「私たちは話し合い中なんですが」
「8時です。妹はもうお風呂に入れて眠る時間です。母は9時から勤務となっています。集まりは7時までと聞いていましたが?」
「少年、時間通りにいかないこともあるのですよ?」
鍵守の目の奥がクソガキが、さっさと帰れ!と不穏な光を放っている。しかし、少年・律は怖気づくことはなかった。
「それは困ります。うちは生活がかかってるんです。出勤してもらわなければ、食いつなげません。その子の行き先がうちではないということが決まれば、ここから母を出しても構いませんね?」
妙に大人びた口調と発言に鍵守含め大人がたじろぐ。
「ま、まあ。そういうことにはなりますが」
「良いじゃないか、鍵守。妹ちゃんもうつらうつらしてるし。すごくしっかりした子だね。蝶子も見習わないと」
「あっれー?9時から仕事だっけ?忘れてたわ、迎えサンキュー!律ってば頼りになるぅ」
母親の陽気な様子に律は顔をしかめた。
「母さん、勤務前に飲んだの?」
「どうせ勤務中にも飲むわけだし一緒よ。ただなんだからもうちょっと飲ませてよ」
「だーめ。歩けなくなったら仕事はどうするんだ?誰が家まで運ぶ?僕は凛で手一杯だよ」
「タクシー!!」
「うちの家計にそんな余裕はないよ」
「ちぇっ、律のけちー」
律は話しながら持参したタッパーに母の残飯を手際よく詰めていく。そして黒い塊に目を止める。今や誰も黒い塊に近づこうとすらしていなかった。膳の半分はひっくり返り、畳が汚れているが、黒い子供を恐れて使用人ですら片付けのために近づこうとしない。
「ねえ、君。これ、食べないの?」
律は黒い塊に残った膳を指して聞く。周囲が呆気に取られる。
ゆさゆさと揺れる塊。
「うん、了承ととるよ。ダメなら行動で示して」
言うが早いか膳に残された手つかずの料理をタッパーに次々と詰めていく。
「助かるわ。サンキューな」
律はタッパーを閉めながら目を合わせて感謝をこめて言った。黒ずんだもじゃもじゃの奥で瞳が瞬いた。
おかげで3日は食べ物に困らないのだ。ありがたい。そうだ、腐らせないよう塩漬けと冷凍にしよう。その前に、一仕事。
「さて、君は選べる立場だ、うらやましいことにね。
子供のほとんどはこういった時、自身のことながら選択肢がないことがほとんどなんだよ。僕も例に漏れずね。ただ君も選ばなければ何も進まない。君がどういった未来を望んでいるか分からない以上、何とも言えないけどね、とりあえず示された選択肢の中からうちがありかなしかだけ先に決めて欲しいんだ」
僕はそのまま目線をそらさずに覗く薄い茶色の瞳を見据えて続けた。瞳は瞬きもせずこちらをじっと見ていた。きらめきと目の些細な動きに知性を感じる。やはり、僕の言葉をこの子は理解している。
「うちは貧しい。うちを選んだ場合、レジャーは期待できない。玩具やゲームといった物もない。メリットは…まあ、極貧の生活が体験できるよってとこかな?子供は2人いるし、遊び相手には困らないかもしれないね。あとは母さんはだいぶ緩いかな。親の縛りや早期教育的なものはないね。母は子供が家にいなくても気にしないんだ。困ったことにね。門限は…まあないね。ただ夜は僕ら子どもにとって危険だからね、凛には僕が門限をつける。君にもあまりおすすめはしないかな。
後は・・・そうだね、僕が君の立場ならうちは選ばないよ。なんせこの中じゃ最も放任だろうけど、貧しく、著しく親としての能力が低いからね。
君がうちを選ぶなら、僕についてきて。選ばないならこのままここに居て、他の方の話を聞いて選ぶんだ」
僕話は終わり、とタッパー詰めに集中した。袋にしまい、妹の肩を揺らして起こし、実の兄に絡む母を引きはがし
「それではお暇させて頂きます」
と鍵守に一言伝え広間を出た。
ゆらりと黒い塊が目の端で揺れた。「ひっ」とどこかから悲鳴が漏れる。
背後に腐臭。シャツがくん、とひっぱられる。子供が律のシャツを握っているのだ。
律は目を閉じて悲し気にほほ笑んだ。
「そっか。いらっしゃい」
「やったあ、大金ゲット!」
鍵守は驚いて律を凝視した。周囲も初めて見せる明らかな黒い塊の意志に慄く。そしてうちに面倒ごとを託されないで良かったと安堵の表情。
「鍵守さん、今日は急いでいるので失礼します。細かな所はまた今度でお願いしたいです」
「えっ、駄目よ、律。鍵守、金ちょーだい!」
「ですから、お渡しするのは坊ちゃんの生活費のみです。申し訳ありませんが、貴女が管理できるとは思えない。しばらく環境を見させてもらいますよ」
「母さん、時間。行くよ」
律は母を引っ張って外に出た。
「何だよ、金持ちのくせにけち臭い!!」
母はぷりぷり怒っていた。
「律、その汚いの家に入れるの?」
「母さん」
「私、しばらく帰らない。臭いのは嫌だし、体が商売道具だってのに傷つけられたらたまんないわ」
くん、とシャツを引っ張られる。大人しくついてきた子供の意思表示だと思った。
律は後ろの子供になだめるように笑いかけた。君のせいではない。いつものことなのだよ。
「そう、体に気を付けて」
「とんだもんを押し付けられたわ。あーあ、皆嫌がっていたもんねえ。負担しかないじゃない、くっさー、もう行くわ。臭いがうつっちゃうじゃない。じゃあね、律」
母はずんずんと職場に向かって行った。
僕は母に手を振り、アパートに向かった。
妹は寝かかっていたので風呂に手早く入れ、髪を乾かしてやり、ソファーに寝かした。子供はその際玄関にずっと立っていて、僕が忙しく動き回るのを見ていた。
「さて、君はそこで寝るかい?見ての通り、うちは狭くてね。子供部屋が一室あるんだけど、そこで寝ない?」
子供は僕を見た。
「ああ、僕らはリビングで寝るよ。さすがに初めての家じゃ気も休まらないだろうし、大勢の大人に囲まれて疲れていると思うから。おいで」
子供は無言でついてきた。子供部屋に入ったのを見届けて
「これがスイッチね。つけても消してもかまわないよ。じゃあ、お休み。良い夢を」
子供は目を丸くしてこちらを凝視している。僕はにこりと笑顔を作るとドアを閉めた。
翌日やってきた鍵守さんに律はひと月分の食費をもらった。初めて手にする高額なお金に震えた。恐れと歓喜だった。これで、妹を飢えさせることはない。俄然やる気が漲った。服や日用品はあちらで用意するとのことだった。そんなことするなら、そちらで養育すればいいのに、と思い伝えたがこれが教育方針なのだという。よく分からない。
アパートの隣の部屋を子供の部屋として借り上げたと鍵をもらった。
部屋!?家じゃなくて!??と思ったが、金持ちの感覚はよく分からないので突っ込まずにいておいた。
別室があるのはありがたかった。母さんと会わせずにすむのだから。
子供と共に隣のアパートの部屋に入る。トイレットペーパーや机、冷蔵庫といった家具から玩具までひととおり入っていて驚かされた。子供はそこに居つかなかった。一人だけの空間だし、気に入ると思ったのだけど。相変わらず僕らの子供部屋で過ごし、日中は僕が行くところをついて回った。
食事は色んなものを試して出したが、何も食べなかった。和食に洋食、高級料理に慣れているのかと思い高級食材にも手をだしてみたのだが・・・。
諦めて妹と菓子パンを食べていると、おもむろに顔を突き出してきた。
「もしかして、これが欲しいの?」
律がパンを差し出すとパクリと食べた。
「あげるよ」
子供はそれを全てたいらげた。ほっとした。これで生きながらえていける。
そこからは律と凛と同じ食事を用意した。自分の皿からは食べず、律の食べかけを強請った。
リビングで寝ているとたまに子供の気配がした。
ある日起きると凛と寝ているソファーの足元に、子供が丸くなって寝ていた。初めて眠る姿を見た。
子供が初めて風呂に入ったのはその辺りだった。
何となく鬼門な気がしていたので、律はいかに臭いがきつかろうと風呂に入れようとはしてこなかった。
凛を洗ってやっていると、扉が開いて子供が入ってきた。頭を律に突き出す。洗ってほしいということか。
律はにこりと笑い、シャワーキャップをかぶせお湯を頭にかけた。びくりと肩が揺れた。律は指を髪に差し込み洗った。緊張は徐々にほぐれ、気持ちが良いのか子供はくたりと律にもたれかかった。
流れ落ちるシャワーの湯はすぐに真っ黒になった。何回もシャンプーで洗い流す。次第に金色が現れる。
「うわあ綺麗」
凛が目を輝かせた。
服がべたべたに濡れたので、本人に許可をとり脱がす。体をすりつけてきたので、これも洗えと言うことかと律は子供を丸洗いした。
清潔になった子供は大層可愛らしかった。
金色の長髪に大きな瞳、華奢な体。凛はお姫様みたい!と顔を赤くしていた。残念ながら股間に一物がついているので、それは違うのだが、律はあえて否定しなかった。
風呂から上がり、せっかくなので鍵守さんの用意してくれた服を差し出す、が着ようとしない。今まで着ていた服は水浸しだし・・・。律は少々迷ったのち、自分の着替えを渡した。美しい少年は無言でそれをとり身に着けた。なんだ、一人で着替えれるのか。律は少し驚いた。
ソファーに座り妹の髪を乾かしていると、少年がにじり寄ってきた。
「ああ、乾かしてほしいんだね」
もしかしたら、これをしてほしくて風呂に入ったのかもしれない。律がそう思うほど、ドライヤーをかけられる少年の顔はうっとりといった様子で気持ちよさげだった。仕上げに凛の髪を結んでやる。今日は三つ編み+くるりんぱにしてやる。嬉しそうにぴょんぴょんはねる凛に律の胸も跳ねる。ずいっと視界に入ってくる金髪。
「え・・・やって欲しいの」
こくりと頷く少年。えっ、初めてのはっきりとした肯定。いやだけど、この子は男だし・・・、こんだけ可愛いければ良いか?
律は少年の髪を凛と同じようにサイドを結いあげた。鏡を見た少年の顔が淡く綻ぶ。
それを目にした凜は真っ赤になった。どこからどう見てもこの子供は美少女だった。
母は2週間後帰ってきた。少年の美貌を見て大層喜び可愛がった。現金なものだ。
母は今までのことをすっかり忘れ、美少年の柔らかそうな頬に触れようとして、さっそく少年に盛大に引っかかれ威嚇を受けていたが、顔の美しさで秒で許されていた。なんということだ。世の中は不平等だ。
少年は昇也というらしい。のちに母から聞いた。母も妹も「ショウちゃん、ショウちゃん」と呼び、慕った。
母にも、この生活にも慣れ、昇也は落ち着いていった。
アパートの隣の一室でも過ごすようになり、そこで寝るようになった。週に数度、凛と律の寝るベッドの足元に丸まって眠ってた。
食事は自分の分を食べるようになり、風呂も毎日入るようになった。上がると頭をすりつけて乾かすよう強請ってくるくらいか。
小学校にも通えるようになる。鍵守は昇也の変化に目を落とすんじゃないかっていうくらいに瞼をかっぴらき驚いていた。
小学校に行くと、今度はそっちでもめ事が絶えず起こり、律は盛大に振り回されることになるのだが・・・。
鍵守さんが白眉の奥で瞳が柔らかく光った。
「大変でしたか」
「そりゃあ。色々あったよ。昇也をあんな状態にさせる原因を作った貴方方には不信感しかないです。」
「そうですね。ですが、よくぞここまで真っすぐ我儘に育てて下さいました。この鍵守、貴方様には頭が下がります」
がしっと両手を掴まれ、深々と頭を下げられる。態度と言動の不一致に律は首を傾げた。
「えーーーと、僕は今悪口を言われているのかな?」
「とんでもございません。褒めてます。真の帝王は不遜で狡猾、傲慢で欲に忠実でならねばならない」
玄関から大きな足音。昇也が散髪から帰ってきたようだ。
「律ー!今日の晩飯何〜??って、鍵守。何でいるんだよ」
鋭い眼光が鍵守を貫き、律の握られている手へ。室内の温度が下がったかと思うくらいに昇也は冷えた目を向けた。
「汚え手で触ってんじゃねえぞ」
鍵守から律の手を奪い手の甲をぱんぱんとはたく。
「失礼。私は新品の手袋をしておりますが…」
「お前は心が汚え。大体なんで律の手ぇ握ってんだ」
「昔話を少し」
「大変だったわよね」母が口を挟む。
「ええ」
鍵守と母は遠い目をする。
いやいや、二人共特に何もしてないからね。
全て被ったのは僕じゃんね?
「いかに律お嬢様の功績が大きいことかと…」
「おい、その呼び方もやめろ。どうみてもそんな家柄じゃないし、んな格好でもないだろ」
「ほんと、顔だけだった昇也が喋れるようになって、色んな人と関われるようになって」
「我儘で言うこと聞かなくて、暴れまわって…」
「自分の思い通りに進める手際の良さはズバ抜けてうまくなって、目的を果たすためなら人を裏切ることも捨てることも全く容赦なくて…」
「何かあるとすーぐ律のとこに行くの」
「何か事を起こすとヤバい案件はすぐ律様に情報がいって止められたり叱られたりするの」
「おーい、途中から悪口になってませんか??」
律は呆れて突っ込む。
「なんだ?俺の思い出話か?」
「「変わってないわ」」鍵守と母がハモる。
「いやどっちだよ」
律が突っ込む。昇也は話に興味を失い、スマホを触っている。
「昇也様にはわが社の年始の挨拶に出て頂きます。この会は今後の進出のための大変重要な会になります。」
「はあ?行かねえぞ。」
「律様はこちらの濃紺のスーツが良いと」
「ふーん。な、律、似合う?」
昇也はスーツを体に当てて見せる。
「うん、似合う。かっこいい」
淡い髪に映える。思った通り、いやそれ以上か。律は自分の選択に内心太鼓判を押す。
「え、マジで?」
「うん。もう可愛いなんて言葉は出てこないね。育ちの良い、できる男って感じだよ」
「購入するなら23万ですが、新年会に出て頂けるならタダで差し上げます」
「ほー。ま、ありかな。出てやるよ」
「ありがたき幸せ」鍵守の瞳が潤む。
「なあ、律、会が終わったらデートしようぜ。」
「はあ?お前彼女いるじゃん」
「ちっ」
「でも友人としてなら。お疲れ様会のお茶くらいは付き合ってやるよ」
しかし、いい男に育ったものだ。誰がここまで育てたのだ。
自画自賛し、うっとり見惚れていると
昇也は鍵守の背中を思い切り叩いた。
「いい仕事すんじゃん」
「やはり律様に頼んで正解でしたね」
鍵守は満足気ににたりと微笑んだ。




