美形幼馴染がいつまでも僕に頼りすぎる件〜僕と昇也〜
朝起きると、目の前に可憐な顔があった。鼻筋が通り、可愛いから精悍へ変わり始めた見慣れた顔。栗色の髪の毛は天パでふわふわだ。吐息に従って揺れている。いつみても触りたくなる緩可愛さだ。
とはいえ、コイツに可愛いななんて言ったら、それこそ血の雨が降るから皆あえて何も言わないでいるが、もう少ししたら気を遣わずとも可愛いという印象を抱きすらしないだろう。
「昇也、また来たのか」
律は眉をひそめ、昇也が起きないようそっと起き上がった。律のベッドは隣に昇也が潜り込んでいるせいでぎゅうぎゅうだ。昇也は
同じクラスの有名人だ。それなりにクラス数かあると言うのに、年度初めのクラス替えで律は一度も昇也とクラスが離れたことがない。
明らかに意図を感じるクラス分け。完全に律はコイツのお世話係の役割を当てられている。
昇也は根は悪い奴ではないが、何せ素行が悪く何かと圧が強い上に人の言うことを聞かない自由人だ。
「・・・・・・もう中学生なんだけどな。さすがに来年はクラス離してもらわないと・・・」
隣に律がいることが当たり前すぎて昇也が社会に出ていけなくなってしまう。そろそろ自分がいなくても上手く立ち回って欲しい、というかできるはずだ。昇也は勉学には励まないが、頭は悪くない。
律は自分の薄い胸を見る。二次性徴が始まり、いかに筋トレをしようにも、胸にはうっすら脂肪がのっている。服を着れば何も目立つことはないが、薄い夜着ではそうはいかない。
「・・・・・・男女7歳にして席を同じゅうせず・・・」
席どころかベッドまで共にしている・・・、しかも二人共13歳だ・・・。周囲からずっと真面目と評されてきた律は眉を顰める。
「かてーな、別にいーじゃん。他人なんか気にすることねーって。遠い昔の化石のような奴の戯言なんて真にうけんなよ」
うっすらと昇也が目を開く。
「昇也が柔らかすぎるんだよ、というか緩すぎだ」
「…女扱いするなっつったじゃん、それとも何?意識してんの??」
む、眉にシワが寄る。確かに一度だけ言った。数年前に。よく覚えているな。
律は女でありながら『女』という物を好きになれなかった。気持ちの問題だけではない。事実今まで不利益しか被ってこなかった。
だが性別を変えることは不可能で。せめて女扱いをするのは止めろという意味で昇也に言ったのだった。
それに自分の体が女として魅力がないことなどとうに理解している。
高い身長、平たく肉のつきの悪い手足、あるんだかないんだかと言った胸。短髪も相まって初対面の奴には大体性別を間違えられる。
「そんなことない。僕は理解してるよ」
他の奴ならともかく、コイツは特に気にしない。昇也は引く手数多だ。行く先々で好意を抱かれ交際を求められている。そして昇也は恐ろしく面食いだった。自分が容姿に秀でているからだろうか、自信過剰でえり好みが激しい。
そんな奴が僕のような平凡な顔立ち、しかも魅力のない体の自分など相手にするわけがないし、異性として意識もしないだろう。
それに数年来の付き合いの上、毎日顔を合わせている。家族に近い存在だ。今更お互いの裸など見たところでどうってことない。
僕は夜着のボタンに手をかけ手早く脱ぐとかけてあるシャツに手を通した。
「ふーん、ほんとかなあ」訝しむ声に僕はいたたまれなくなって話題を変えた。
「…今は誰とつきあってんの?」
「ん?明美ちゃん」
「・・・学年のマドンナか。お前、刺されないようにしろよ」
「はっ、俺を刺すって?んなことしてみろ、うちの学校に居られねえだろうが。大体そんな隙見せねえよ。俺が刺されるとしたら・・・」
視線を感じてネクタイを結ぶ手を止めずに顔だけ振り向く。
「何だよ」
「律くらいだな」
「ふうん、僕が強いって褒めてくれてる?そんなこと言っても何も出ないからね。それとも何か企んでる?」
律は体を鍛えており、定期的に師事している。何せ素行の悪い幼馴染を止めねばならないのだ。時に昇也はとんでもない思いつきで周囲を巻き込み大騒動を起こすトラブルメーカーだった。律は探るように昇也の顔を見る。
「別に・・・本心を言っただけだ」
昇也は目を伏せて、目線をこっちによこしてきた。
「なあ、抱いて良いか?」
幼馴染ながら、物憂げでくるものがある。一瞬、僕を抱く許可を求めてるのかと勘違いしそうになり、考えを追い払うように頭を振った。
「・・・何で僕に確認するんだよ、明美さんに聞きなよ。君達の問題だろ、僕は関係ない」
「・・・・・・前は駄目って言ってただろ?幼すぎるってよ」
昇也は唇を尖らせて拗ねたように言った。可愛い。僕も大概親バカだ。
「あのときは小学生だったからな。…あーーー、お年頃だもんな、そうだよな。お前は何でもまず僕に相談してくれるもんな、僕らも中学生か」
僕は昇也が精通した日も、初めて夢精した日も初めて彼女が出来た日も知っている。昇也は何かあるとすぐに僕に報告してくる。
「良いよ。ただし、ゴムはしろよ。それで99%妊娠は防げる。んでもって、相手を慮ってやれよ。この歳じゃ、相手は処女だろ?」
淡々と伝えると、昇也は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべた。そして少し頬を赤らめた。
「・・・律、ちょっとは恥ずかしがっていいんだぜ?」
「お前相手に恥ずかしがってどうする。それに、お前歯止めきかなそうだしな。いつかは来ると思ってた。情報だけは仕入れてんの」
途端昇也の空気が重くなる。ガチッと歯をむき出しにして吠えるような唸り声を上げた。
「は?誰からだよ。律、俺のいないとこで猥談してたっての?クラスの奴か?」
何を今更気にしているんだ。別に律は友人が猥談しようが気になどしない。それに友人だ、律がその手のことを聞いてもおかしいことではない。
だけど僕にもデリカシーというものがあるわけで・・・。ちらっと昇也の方を見る。こっちの挙動を逃さないようにガン見している。美人の怒り顔は怖い。言い逃れはできなさそうだ。長い沈黙の末、ようやく意を決して僕は重い口を開いた。
「・・・母さんからだよ」
「蝶子さんか。なんだ」
昇也は怖い顔をひっこめた。
なんだというが、僕としては友人に聞いた方が遥かにマシなことなのだが。さすがに自分から友人とは言え異性にセンシティブなことを確認するのは憚られた。
「・・・まさか、本当に僕に確認するとは思ってなかったけどな」
「そりゃあね、一番信用しているから」
「僕じゃなくても良いだろ、信用できる友人も大人もたくさんいるだろ?」
初めて会った時、昇也は独りぼっちだった。それが嘘のように、友人はうなぎ上りに増えていき、対人スキルを身に着けた昇也は付き合う大人をも数を増やしていた。
「そうかな?信用できる奴ねえ。ま、操れそうな奴なら当ては何人かいるぜ?」
「はあー、お前、性格わるいよなあ」
時折悪だくみに友人を利用しているのを知っている。コイツは人を駒としか見ていない節があり、ぞっとさせられたことは1度や2度ではない。
「んふふっ、育てた律がそれ言っちゃう?」
「僕らは同い年だけどね、否定はしないよ。しかし、あー、どうしてこうなったのか、あの天使がねえ」
「あれ?俺、可愛くない?」
目を潤ませ、こてんと首を傾げる。そう、可愛いと言われるは嫌っているが、コイツは自分の容姿を自覚しており、最大限使ってくる。
「可愛いよ」
「俺、律の役に立ってる?」
「立ってる、立ってる」
「律は俺のこと嫌い?」
「好きだよ」
「俺も律が好きだよ」
するりと言葉が出てくる。幼いころからの変わらぬやり取り。慣れすぎて照れもない。挨拶のようなものだ。
「どうも、さてそろそろ皆起きてくるし朝食を作るよ、もうちょっと寝てな」
ふわふわの髪を一撫でし、部屋のドアに手をかける。
「優しいとこも大好き」
「はいはい」
僕は優しくなんてない。打算的な、人間だ。
昇也を利用している。どこまで気づいているのか分からないが。
昇也は僕をあてにしているが、
僕も昇也に依存している。昇也がいなければ、言葉の綾ではなく、まさしく生活は成り立たない。
僕の幸せは昇也あってのものでしかない。
「ねーねー、律さ、今度バスケの試合、助っ人に来てくんね?休み時間にやったとき、上手かったじゃん」
休み時間、僕の前の席に座った斎藤は頬杖をつくと徐に口にした。
「悪いけど無理だ」
僕は次の授業の数学の教科書を机に出しながら即座に断る。
「えーー、頼むよ。律が来てくれたら楽しいと思うんだ」
なんならそのまま入部してくれ、と拝まれる。お前が来たら昇也も来てくれんだろ?と言外に含んでいるのを察する。
その手の誘いはもう既に何度も受けている。相手が友人でも僕は断らざるを得ない。
「あー、僕も行ってあげたいけどさ、多分規約違反になるから」
「何でだよ、入部はともかく、俺達友達じゃん。もうちょっと親身に話し聞いてくれても良くね?」
「斎藤、やめてやれよ」
「そうそう、律困ってんだろ?」
小学校の時からつるんでるヨッシーとのむさんが間に入る。
「あんま言うと、昇也に睨まれんぞ」
「は?何で昇也?確かにお前ら仲良いけど」
面倒見の良いヨッシーが「耳かして」とひそひそ何がしかを斎藤に伝える。
「えっ!!?律って女なの!!?」
斎藤の表情が驚愕に変わり、次いで大声で叫ぶ。
内緒話の意味がない。僕は眉をひそめた。
教室に斎藤の声が響いたおかげで、教室はしん、と静まり返る。
あーーー、やっぱ勘違いしていたか。律は苦い顔になる。まあ、そう仕向けているところもある。本意ではないのだが。
律は入学時、制服の下はズボンを選択していた。小学生の時は一度もスカートを履かなかったのだから当然の選択だった。
髪は小学生になる前からずっと短髪だ。男並みに。女子とも会話はするが、仲の良い友達は皆男だった。
同じ小学校から来てる奴らは皆知ってることだし、いずれは知れることなのだが、注目されると些か恥ずかしい。
「え、めっちゃ話しやすい女じゃん、ならさならさ、俺と付き合わね?律なら気を使わないでいられるしさ」
これは思いがけない反応だ。大体裏切られたような顔をしてドン引きするのが常だというのに。
少々驚いて、丁重にお断りする。斎藤は良い奴だが、恋愛なんざ御免だ。
「斎藤、悪いけど、僕そういうのに興味がないんだ」
「え?良いよ良いよ。今から興味出てくるって、だって俺らまだ中学生じゃん」
軽いのノリで告ってきた斎藤は軽いノリで続ける。
目端に青い顔をしたヨッシーと脂汗をかくのむさんが見える。
気持ち悪いものを見せてしまって気分を悪くさせてしまったか。傍目から見りゃ、幼馴染に等しい男が男に告られているようなもんだしな。しかも教室で公開告白ときた。なんの罰ゲームだ。周囲を見れば皆手を止めて固まり、こちらを凝視している。
「斎藤、廊下、出ようか」
「えっ、つまりオッケーてこと!?デートの誘い!?」
途端ざわつくクラスメイト。僕はため息をついた。
「何でデートが廊下なんだよ、お前が声でかいから外で話そうって言ってんの」
返事を聞かずに廊下へ歩みだした瞬間。
重い衝撃音。
「あっ、ごめーーん、手がすべっちゃった♪」
明るい聞きなれた声。昇也だ。呻く斎藤の声。
僕は振り返るより先に腕を伸ばした。
「今度はぁ、足が滑っちゃーう?」
まさに動こうとした膝を捕まえる。それから周囲を確認すれば、殴られた頬を押さえ、へたり込む斎藤に昇也が蹴りを入れようと足をあげている構図だった。
傍らに立つヨッシーとのむさんが僕を見る。一つため息をついて頷く。ヨッシーは教室の扉を閉め廊下で見張り、のむさんはクラスメイトにちょっとした喧嘩だ、すぐに仲直りするからとふれてまわる。
僕は昇也のひざを放す。こいつ、力がまた強くなってる。
「昇也、止めろ。やりすぎだって。入学早々警察沙汰は勘弁してくれ」
「だって・・・。っていうか、律も怒れよ。嫌いだろ、そういう男女の絡みの話題はよ」
昇也は唇をとがらせた。中学生男子がやって良いポーズではないが、自他共に認める美形な昇也には誰もそういうまい。変に様になっているし、甘えてごまかそうとするのも相手が律だからだ。それでいけると踏んでるわけだ。少々腹が立つも、今回は律を思ってのことのようでいじらしい。昇也は変な所で世話焼きだ。普段世話を焼いてるのは僕だっていうのに。
「・・・変な気回さなくていい。大丈夫だから」
この幼馴染は僕のことを知りすぎている。なんせ、小学生との時からずっと同じクラス、住まいは隣どおし。気づけば丸一日一緒にいたなんてこともざらだ。僕は斎藤に手を差しのべた。斎藤はきょとんとして手を差しだした。
「本当だ。律、男にしちゃ腕細いし、手が滑らかすぎるな」
「ひっ」
のむさんが声にならない悲鳴をあげる。バチンと激しい破裂音。斎藤が律の手を取る前に、昇也がはたき落としたのだ。
「てめえ、もう一発くれてやろうか。たった今俺らの会話聞いてたよなあ?察しの悪い奴は嫌いだぜ?」
ドスの効いた声に昇也の機嫌の悪さを悟る。
「・・・・・・昇也、2軍に落とすなよ?見てるからな?」
「さっすがー、律っちゃん俺のことよく分かってる♬律に免じてやめてやるよ。けど」
斎藤の耳元でぼそりと呟く昇也。斎藤の顔が真っ青に染まった。




