告白
時が経ち、楓が湊のアパートに居座ってから三年が過ぎた頃。
湊は仕事を辞めて、家からほとんど出なくなった。
彼は呆けたように窓の外を見つめ、タバコを吹かす日々が続いた。
「ねえ、湊」
一方楓は、アパートから徒歩10分ほどで着くスーパーで働き始めた。
レジで働く彼女は、スーパーの看板娘として近所では評判であった。
「湊ってば、聞いてる?」
頬をつねられ、湊はようやく楓が呼びかけていることに気が付いた。
頭を乱暴に掻きながら、彼は視線を移して答える。
「飯か?」
「そうだよ。今日は湊が好きな野菜炒め」
「そうか。ありがとう」
食卓を囲みながら、楓は今日あった仕事の話を嬉しそうに話す。
湊は無表情で、静かに相槌を打っていた。
「なあ、楓」
「どうしたの?」
「……あの時。お前が初めて来た夜。
なぜ、ここを選んだんだ?」
楓は小さく息を吐くと、口角を僅かに上げて言った。
「私のこと、興味ないんじゃなかったっけ?」
「……うるさい」
湊は恥ずかしそうに楓から目を背けた。
「私ね。あの時は誰でも良かったの。
家にいたってどうせ殴る蹴るだし、誰かにめちゃくちゃにされてもいいからあの場所から逃げたかった。逃げて逃げて、たまたまあなたの所に辿り着いたの」
一拍おいて、彼女は続ける。
「でも、湊はただ家にあげてくれた。
私を好きにすることだってできたはずなのに、温かいコーヒーを淹れてくれて、居場所をくれた。
誰かに優しくされることなんてほとんどなかったから、本当に嬉しかった」
楓の瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと溢れる。
湊は、何も言わずに彼女の頭に手を置いた。
「私、それで湊のこと好きになっちゃったの。
窓を見ながらタバコを吸うところも、無愛想なところも、顔も声も全部好き。
何一人で喋ってるんだって思うよね。ごめんね。でも止まらないの。
それくらいあなたが好きなの」
「止めておけ」
湊は一言呟き、さらに続ける。
「俺はただのろくでなしだ。お前が思うような人間じゃない」
「その分私が頑張る。だから、そばにいさせてよ」
「……」
湊は無言でキッチンに立ち、コーヒーを淹れ始める。
芳醇な香りのカップを二つ、食卓に置いて彼は言った。
「……ありがとう」
その声は、とても儚げで今にも溶けてしまいそうなものであった。
「何それ。きゅんと来るじゃん」
セーターの袖で涙を拭いながら、楓は微笑んだ。
湊はタバコを取り出し、ライターを灯す。
「……昔、俺には恋人がいた。
無口な俺とは違って、よく喋る明るい奴だった。
自慢の彼女だった。俺には勿体無いほどにな」
美味しそうに煙を吐いて、湊は続けた。
「でも、彼女は死んだ。まだ24歳だったのに。俺はその日以来、感情がなくなった。何かをしても楽しいと思えなくなった」
湊はため息をついて、タバコを咥えたまま寝室へと入った。
「語りすぎたな。今日はもう寝る。おやすみ」
「おやすみ」
楓は目を腫らしながら、笑顔でその背中を見送った。




