First.新生活
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
ラファルのいた街の外れ、今は誰もいない廃材だらけの街の中にラファルはピナに連れられて訪れた。
道中、ピナは必要最低限の会話しかしようとしなく、助けてくれた時のあの優しい笑顔は見る影もない。訳を聞いてみると、人工知能を警戒しているのだという。
「あの、ピナさん。こんなところに来て何を...」
「着いたら分かるよ。大丈夫、もう目的地は目の前だから」
そう言い、ピナは錆びた階段を登り始める。
一見すると、今いるこの建物は廃材だらけの何もない朽ちた建造物だ。だが、その屋上に着いた時、ピナは足を止めた。
そして、彼女は振り向いてラファルに手を差し伸べる。
「さあ、私の手を握って。大丈夫、飛び降りたりはしないから」
「は、はい」
ラファルがピナの手を握ると、ピナは再び前を向いて歩き出す。
一歩、彼女が足を踏み出すと、彼女の身体がつま先から見えなくなっていく。いや、正確にはどこか別の空間へと入って行くような、そんな感じだ。
やがて、ピナに連れられてラファルもその現象に陥る。それと同時に、彼女は目にする。目の前に広がる、広大な都市を。
「っ...!これ、は...」
「ようこそ、ラファル。私達の家、リリースへ」
外界から隔離された、広大な都市。この比較的高い位置から見るこの街では、そこに住む人々がそれぞれ違う感情を持って違う生活をしている。
人工知能に支配され、感情を、個性を失ったこの世界で、唯一の人間だけの楽園だった。
「さて、それじゃあまずは戸籍登録しなきゃだね。ここでは前の戸籍は捨てて、新しい戸籍で生きていくんだ。まあ、名前を変えるかどうかとかは人それぞれだけど」
「新しい自分として生きるって事ですか?」
「そう捉えてもらってもいい。実際は、ここでの生活を円滑に進める為のシステムなんだけどね」
ここでの新しい生活について、ピナは色々と語ってくれた。
衣食住や、学業や職業について。また、ここにある娯楽施設や様々な本やゲームが手軽に入手出来る場所など、聞けば聞くほど今までは考えなかった夢のような話で溢れている。
そして、彼女は自身の事についても少し語る。
「私はここでエリート戦闘員として生活してる。今回君を助けたのも、その任務だよ」
「戦闘員って事は、やっぱりここは反乱軍の居場所なんですか?」
「反乱軍って言い方もあるけど、私達は解放軍って呼んでる。人工知能の支配からこの世界を解放する。それが、このリリースの存在意義だからね」
「なるほど、とても素敵な事ですね」
しばらく話しながら歩いていると、やがて一つの建物の中へと入って行く。
室内には戦闘服に身を包んだ人が数名確認出来る。この建物はこの空間の中で一番大きい物だったし、おそらくリリースの本部なのだろう。
「あの、この子の戸籍登録をお願いしたいんだけど」
「ピナさん、戻られたんですね。はい、分かりました。では、まずはこちらの用紙にその子の情報を分かる範囲でいいので記入してください」
「ありがとう、助かるよ」
ピナが用紙を受け取り、そしてラファルに渡す。
その用紙には名前や生年月日、性別などの生体情報を記入する欄ともう一つ"適正"という欄がある。生体情報はまだ分かるが、この適正に関してはラファルは何の説明も受けていない為、記入のしようがない。
「ピナさん、この適正って...」
「ああ、それは後で組織の方で記入するから大丈夫。適正検査っていって、特別な検査機でその人の職業適正を調べるんだ」
「じゃあ、その適正次第で職業が決まる感じですか?」
「いや、あくまで適正は一つの指標だよ。ラファルはラファルで、就きたい職に就けばいい」
あの危機的状況から、あの窮屈な世界から助けて貰ったとはいえ、ラファルは突然連れて来られた身だ。やりたい事、なりたいもの、誰しもがそれをすぐに決めれる訳じゃない。
この適正は、ここに来た人がここでの生活になるべく早く馴染めるようにする為の工夫なのだ。
「書けました。次は適正検査ですか?」
「そう、飲み込みが早くて助かるよ。じゃあ、着いて来て。用紙は後で出せばいいから」
ピナに連れられて、ラファルはエレベーターで下降する。この建物は何十階もあるような高さと、さらに地下まで備わっている。
人工知能による支配の中、ここまでの施設を作り上げた。その事実が、この組織の技術力や執念を物語っている。
エレベーターが地下10階まで下降すると停止し、扉が開く。そこに広がるのはさっきとは一風変わって長い廊下の続く閑静な空間で、いかにも軍事施設といった雰囲気だ。
「静かに着いて来てね。この階は結構繊細な作業をしてるとこが多いから」
「はい、分かりました」
廊下を歩いていると左右にある部屋の名札に"光学兵器研究室"やら、"専用武装開発室"やら、難しそうな名前の部屋がちらほら見える。
だけど、中には少し変なのもあり、"ベノワ専用!絶対入るな!"とか、"リキッドちゃんの作業部屋"とか、明らかにその人専用の用途で部屋が使われていた。
ラファルが物珍しさに視線を踊らせていると、ふとピナがとある部屋の前で立ち止まった。
「適正検査室、解錠許可申請。コード:ピナ」
『来たね、ピナ。申し訳ないけど、指紋だけ頼めるかい?決まりだからね』
「何?私が来るまでスタンバってたの?まあ、いいけど」
ピナは部屋の解錠パネルから聞こえる声と少し言葉を交わした後、指を当てる。会話の内容からして知り合いなのだろう、それもそこそこ仲の良い。
ピナは扉が開くのを確認すると、「じゃあ、後でね」とパネルの奥の人に向けて言い、ラファルを連れて部屋の中へ入る。部屋の中央にはCTスキャナーに酷似した装置があり、そこから少し離れたところに操作パネルが置かれている。これが検査装置なのだろう。
「これに寝転ぶんですか?」
「そうだよ。あっ、金属類は外してねこれ原理はCTスキャンとほぼ同じだから」
「了解です」
ラファルは身に着けている物に金属類の物がない事を確認して、中央の機械に寝転がる。ただ身体をスキャンするだけなのだろうが、謎の緊張感がある。
ピナは黙々と操作パネルで色々と調整やら確認やらをしているみたいだし、もう少し時間がかかるだろう。
(これから、私はどうなるんだろう...)
車で運ばれ、処理を待つだけだったあの時とは違うような、同じ感情。どう処理されるのかではない、どう生きていけばいいのかという疑問。
今日、ラファルという一人の少女の人生は大きく変わった。180度という言葉では言い表せれない程に。
これから見る景色、これから送る日常、これから体験する様々な事に想いを馳せる。それはそれは、まるで夢のように多くの色で溢れた光景だった。
「終わったよ、ラファル」
「はっ...!す、すいません、私寝ちゃってて...」
「疲れてるだろうし仕方ないよ。検査結果は明日届くから、今日はもう部屋に行っちゃおっか。施設の紹介はまた今度にしよう」
ピナの言う通り、今日は色んな事があって身体的にも精神的にもラファルは限界なのだろう。今日で色々な施設の紹介をする予定だったらしいが、ピナはラファルを気遣って明日に予定を変えることにした。
検査室を出て、またエレベーターに乗る。今度は地上の階に行くのかと思えば、エレベーターは地下5階で止まった。もし敵に侵入された時の為にそれぞれの自室は地下に備わっているのだ。
「とりあえず今日は、ラファルは私と同じ部屋だよ。まあ、一人同居人もいるけどね」
「さっき話してた人ですか?聞いてた感じ、男の人っぽいですけど」
「そうそう。相棒って言えばいいのかな?非戦闘員なんだけどね」
会話を交わしながらピナは廊下を進んで行く。そして廊下の突き当たりに、ピナの部屋はあった。
部屋の前に着くと、ピナはまた操作パネルに指を当て、扉のロックを解除する。そして、扉を開けた先にはこの施設、いやこの世界では見た事もないような、本でしか見ないようなお洒落な部屋があった。
「な、なんですかここ!?えっ、これって木材ですよね?御伽噺の!」
「想像の中の物を再現してるだけだけどね。実際は別の素材だよ」
「それでもすごいですよ!こんな、夢みたいな...」
ラファルは一点を見て固まる。
あまりにもすごい光景で忘れていたのだ、ここにはもう一人同居人がいる事を。それに気付かず、子供のようにはしゃぎ過ぎてしまっていた。
しかも、そこにいるその男は少し嫌そうな顔をしている。
「元気だね〜、君がラファルさん?」
「あっ、はい!すみません、急に騒いじゃって...」
「いやいいんだよ、僕は静か〜に読書をしてただけだから」
そう嫌味を垂れ流すその男は、さっきまで熟読中だったであろう本を閉じて座ったまま身体をラファルに向ける。
薄い雲の張った空のような色の髪を靡かせて、彼はにこやかに笑った。
「初めまして、僕はシエル。これからよろしく、ラファルさん」
ラファルはこの時、これからの生活に不満を抱かざるを得なかった。
今回のお話はいかがでしたか?
これからも自由に物語を創っていきますので、どうぞお楽しみください。
感想、お待ちしております!




