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 青い空、ポコポコ浮かぶ積雲。球形のモービル。

 逆光で透けるキラキラの髪。


「あなたの瞳は夜明けの空のようね。私と一緒。でも同じではないわ」


 喉に絡みつく指先。


「ごめんね」




 ジェームズ・ジョンソンに母の記憶はあまり無い。

 三歳のある日、朝起きると姿が見えなくなっていたからだ。

 父に聞けば「あれの事は忘れなさい」とだけ返ってきた。

 三歳にしては物わかりの良い子供であったので「そういうものか」と納得した。


 彼の父は地球と太陽のラグランジュポイントに浮かぶ、地球と外宇宙を飛び回る交易船の入出審査や貨物検査を行う、通称『ステーション』の所長だった。

 父は業務に忙しくジェームズの事などほとんど放置状態で、彼の居場所はもっぱら審査待ちの商人や交易船の運転手がたむろするカフェテリアだった。

 上品な大会社の商人などは自船で待つので、そこを利用するのは大抵の場合ガラのあまり良くない連中であった。


 それを相手にするカフェテリアの料理人や給仕も上品とは言い難かったが、一人ぽつんと座るジェームズに大層優しくかつおおらかに接した。

 恰幅の良い料理人の女性(彼の母親というよりは祖母くらいの年齢)は特にジェームズを可愛がり、何くれと世話をした。

 彼女の手から渡されるトレーに乗せられた液状の栄養食は、彼の心にいつまでも残る事となった。


 彼は成長するにつれ頭の良さを発露していった。

 大人たちの興じるテーブルゲームに興味を示し、彼らの勝負を観察した。

 時には彼らの誘いを受け勝負に参加することもあったが、戦歴は芳しくなかった。

 その頃にはデータベースから情報を得る(すべ)を身につけていたので、ひとつひとつ学習していった。

 大人たちから隠れてこっそり習得してはゲームに参戦し、掛け金を巻き上げる事に成功していった。


 ある時、勝ち誇って大笑いしている所に父親が通りかかり、父親は頭を抱えた。

 放置している間にもうすっかりローティーンになっていたのだ。


 父親は将来自分の仕事の補佐をさせようと小銭をせっせと稼いで、ある女にデザイナーズチャイルドを産ませた。

 それがジェームズだった。

 女は彼の幼馴染みで頭の出来は普通だったが、見てくれが良かった。

 豪華な金の髪に綺麗な青紫の目をしていた。

 後にジェームズは勘違いしていたようだが彼の髪と目は彼女譲りのものだった。


 ともあれ父親は言葉巧みに彼女を妻にし、遺伝子操作して妊娠させた。

 期待通りなかなか出来の良さそうな子供に満足したが、産んだ女の事はどうでも良かった。

 気付いたらその女は姿を消していた。

 いつから居なくなったのか解らないが、女の実家から何も言われないので「聞けば藪蛇」と知らぬふりをして仕事に忙殺された。


 そしてまた気付いたら、子供は大きくなりガラの悪い連中と賭け事に興じているではないか。

 頭が良いはずだからと、カレッジ入学まで行きつけるよう家庭教師を雇い入れた。

 案の定何事も覚えがよく、数年基礎からみっちり学習させて無事カレッジの経済学科へ放り込むことに成功した。




 知識を取り入れる事に抵抗のなかったジェームズは難なくカレッジで進級していった。

 デザイナーズチャイルドだと父親から聞いていたので、この時も「そんなものか」納得した。

 カレッジの連中はとてもお行儀が良かったのでしばらくの間は孤立していたが、ある時カフェテリアでその様子を不憫に思ったのか一人の生徒が声を掛けてきた。


「僕はミシェール・ギルランド。前に座ってもいいかな?」


 手足の長い身体を存分に美しく見せるスタイリッシュなスーツを着込んだ優男、それがジェームズが抱いた印象だ。


「構わないが、⋯⋯⋯何?」


「君の読んでいる本、何の本? ああ、君の名前を聞いていいかい?」


 覗き込むように身を屈めた女顔、長いパープルグレーで天然の巻き毛。

 名前も知らない奴に声をかけてくるなんて酔狂な男だとジェームズは思った。


「ジェームズ・ジョンソン。明日の朝に起きたらきっと忘れてる名前だよ」


「ふふ、そうかい? 逆に覚えやすくていいじゃないか。⋯⋯占星術の本? 占いやるの? 今時紙の本なんて重いし珍しい。図書館で借りたの?」


「占いはやらない、ここに来てから図書館の奥、左上から順番に読んでる」


 授業に必要な本は真っ先に読んですべて覚えた。

 ジェームズは一度読めば忘れない。

 退屈しのぎに図書館の奥の左上から順番に読む事にした。


「すごいね。それにしてもこんな五月蝿いところでよく読めるね」


「ああ、俺は静かな場所が苦手なんだよ」


「君さ、凄く目立つんだよ。これだけ人が居ても何故か目が行く。ゴージャスなルックスのせいで」


 人の事言えないくらいアンタも目立ってないか? と思ったが「そりゃどうも」と返す。


「僕の専攻はクラシカルアート。古典を学ぶと一周回って新しいんだ。それより、さ、君に話しかけたいと思ってたのは僕だけじゃないんだよ」


「⋯⋯⋯」


 ジェームズは周りからの視線に気づかない訳ではなかった。

 ステーションと違ってお上品な紳士・淑女にいまひとつ馴染めなかった。

 家庭教師にある程度所作や言葉遣いを教えられていたが、そうそう直るものではない。

 しかもステーションに出入りするのは大人達で、同じ年頃の子供などいなかったのだ。

 まず、会話についていけない。

 仕方なしに喧騒の中、本を読んでいたのだ。


「あそこにいる女の子たちなんてずっと君の様子をうかがってたよ」


「ああ、知ってる。けど、女に興味ないし」


 実際には性的に男女問わずまったく興味がない。


「そ、そうなの? それなら恋愛抜きでひとまず皆と話してみるのはどう?」


「どっちでも。先に言っておくけど、俺は育ちが悪い。上品なのは向かないよ」


「オーケイ。⋯⋯ならこうするか」


 言うやいなやミシェールは巻き毛を靡かせくるりと周りを見渡し、

「さあ! みんな! 王子の許可が下りたよ! 謁見したければ寄りたまえ!」

 両手を広げて宣言した。


「は? 王子?」


 その日からジェームズの周りに人が代るがわる訪れた。

 最初は戸惑っていたジェームズだったが、徐々に本来の人好きする笑顔と話題の豊富さで取り巻きを増やしていった。

 次々と訪れる年齢も性別もてんでバラバラな相手に対応して、彼らの持つ情報一つ一つが波となって押し寄せる様が何だか楽しくなってきた。


 元々していた図書館通いも暇つぶしではなく、貪欲なものに変わった。

 もっと。もっと。

 情報は武器だ。

 本も、流れる映像も、すり抜ける音も、押し寄せる人間も。

 全部入れて精査するんだ。

 必要なもの、必要でないもの。


 ──そこに善悪や道徳はなかった。




 ある日一人の女がジェームズの前に立った。

 癖のない銀に近い金髪。赤みがかった青い瞳。グラマラスな身体。

 ジェームズは既視感を覚えたが、攫おうとすると逃げてゆくビジョン。


「あなた、私を抱いてみる気ない?」


 真っ赤な唇を釣り上げて蠱惑的に笑む。


「⋯⋯いや、どんな女も興味ない」


「ふうん。じゃあ、飲みに行くくらいは?」


「それくらいなら」


 何かしらの情報は得られるだろう、くらいの気持ちで答えた。

 女は腕に絡みつきバーへと誘った。


 大して面白くもない話を聞きながらちびちびと酒を飲んだのは覚えている。

 が、気付いたら知らないベッドの上で女が覆いかぶさっていた。


「興味ないって言ったよねぇ」


「ふふ、してみないとわからないでしょう? あなた、何でも情報が欲しいんでしょう?」


「⋯⋯⋯無理やりってのはどうなのぉ?」


「それもまた情報よ。ククッ」


「好きにしろ」




 結果的に全く情報として手に入らなかった。

 ジェームズはそのまま朝まで眠り込んでしまったからだ。


「期待はずれねえ。王子様が手に入ると思ったのに」


「ハッ、不意打ちは駄目だ。俺が欲しいならもっと楽しませろ。ただし、身体じゃない。お前の口から紡がれる言葉、お前の能力、お前の特異さだ」


「王子様は欲張りね。その綺麗な夜明けの空のような、暁色の目が欲しかったわ。じゃあね」


 ───『夜明けの空』どこかで聞いた。

 女の見た目もその言葉もどこかで⋯⋯⋯?




 それからジェームズは自衛を強化しつつ人脈を着々と広げ、かつ学士を修得した。

 父親からはロー・スクールへ進めと言われていたが、ビジネススクールへ進む方が自分(・・)に利があると踏んだ。

 その後二年間、ミシェールの実家のアパレル企業で経理を務めあげ、ビジネススクールへ進学。

 晴れて経営学修士号を手に、広げた人脈と口先八寸で起業家として奮起した。


 その頃ジェームズはシャハル・ドーンと公に名乗り始めた。

 シャハルもドーンも夜明けだ。

 起業するイメージと自分の瞳の色とに掛けた。


 そこからは会社を興しては潰し、気の赴くまま事業を広げては売り払い、やりたい放題だった。

 しかしそれでもパトロンは切れず、次々と人が舞い込んだ。




 惑星移住の話が出たのはたまたまだった。

 何個目かの事業を売り払い、ちょっと小さな農業プラントの経営をしていた時だった。

 ミシェールからアポイントが入り「紹介したい男がいる」と、大男を連れてやって来た。


 ステファン・バーレイ、専門は土壌の微生物。

 筋骨隆々とした身体で研究しているのが微生物とは面白い。


「こんにちは。ミシェールからずっと話を聞いてお会いしたかったんです」


 おっとりと、大きな体に似合わぬ優雅さ。

 短く刈り込んだ黒い髪に明るい茶の瞳。


「やあ、よろしくぅ。雰囲気が違いすぎて友達に見えないねぇ、君達」


「幼馴染なんです。我が家は染料の開発をしていまして」


「今更新しい染料なんてあるのぉ?」


「惑星移住が進んでいますでしょう? 地球(こちら)に無い発色がたまに見つかるのですよ」


 ステファンの話は久しぶりにシャハルの心を掴んだ。

 染料の原材料などどうでもいい。

 惑星を丸ごと一つ欲しくなった。


 かつてステーションに出入りしていた連中とももしかしたら会えるかも知れない、と思ったら無性に心が浮き立った。

 もっとも彼らの移動距離を考えたら会えるか不確定にも程があるが。


 ステファンは地球の汚染に心を痛めすぎて、もういっそ他の惑星で必要最低限の科学で暮らしたい、などと妄想を垂れ流す。

 そんな夢物語を大きな身体の両手を、右に左に振り回して熱弁するのが面白すぎた。


「俺が稼いでやるよぉ」


 気付いたらステファン背中をバシバシ叩いて宣言していた。

「偽りの始まりはどこからなのか」に登場するシャハル・ドーンの生涯です。

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