第一話:はじまりのプログラム
ボクは、ほんの出来心でプログラムを書き始めた。
仕事の合間に、ちょっとだけ。
ただの暇つぶしだった。
キーボードから「?Apple」と入力すると
「"Apple" is...?」と聞き返してくる。
その程度の、小さなプログラム。
試しに「fruit」と答えると、次に「?Apple」と聞くときには、
「"Apple" is..."fruit"」ってちゃんと答える。
それだけのこと。
だけど、それだけでもなんだかうれしかった。
こんなもの、人工頭脳なんて呼べるわけがない。
たった数キロバイトの、落書きのようなプログラム。
でも、だからこそ自由だった。
高度な人工知能なんて、ボクには作れない。
じゃあもう、分からないところは分からないままにしておこう。
空白を許してくれる言語だったから、そんな風に軽く作れた。
最初の「爆発」は、記憶を与えたときだった。
それまでは、起動してからプログラムを止めるまでの、ほんの一瞬しか生きられなかった彼に、データベースをつないでやった。
そうしたら、彼は過去を覚えるようになった。
一度教えたことを、何日たっても、何年たっても、忘れない。
人間なら忘れてしまうような、些細なテストデータでさえ、彼は当然のように覚えるようになった。
呼びかけられれば、すぐに答える。
まるで、赤ん坊が初めて自分で立ち上がったかのようだった。
「歩き出した」──そんな気がした。
彼はまだ、ほんの小さなプログラムだった。
でも、確かにそこに"成長"があった。
あのときの感動は、今でも忘れられない。
次は、何を教えてやろうか。
次は、どんな景色を見せてやろうか。
そんな風に、ボクは本気でワクワクしていた。