我ゲーマーなりや、素晴らしき幕末志士を目指す者である。
ってことで早速幕末始まります。
「はぁ...思いのほかストレスのたまるクソゲーだったな」
ヘッドギアを外しながらため息をこぼす。『ギャラクシートラベラー』...なかなかの手ごわさだぞこいつは。なんていうか今までやってきたクソゲーとは少しベクトルが違う。今までのはバグがてんこ盛りだったり、難易度がアホだったりとでまともにプレイできないことが多い印象だったが、このゲームは一言で言うと虚無だ。ひたすらに宇宙空間を漂うだけ。しかもNPCクルーからの定期的な不満の嵐のオマケ付き。
「こりゃぁしばらくは封印だな。やる気が湧いてくるビジョンが見えない。」
何かしらのイベントとかが始まれば復帰するかもしれないが、ムカついたのでギャラトラのパッケージをベッドに投げつける。今の精神状態はダメだ。これは別のクソゲーで中和せねば。引き出しを漁ってお目当てのものを取り出す。『辻斬り・狂騒曲:オンライン』通称幕末。こいつは俺がはまったクソゲーの中でも頭一つ浮き出たお気に入りだ。
「最後にプレイしてからどれくらいだっけか、1か月いかないくらいかな?」
あのヒリつく空気は癖になる。定期的に吸わないと手が震えるようになってるのは気のせいだなうん。確かプレイヤーネームは「スサノオロチ」にしてたはずだ。基本PNは統一しているからな。
八重樫 尊、主人公であり、ごく普通のゲーマーだ。多少偏食なところはあるが、基本一つのゲームをやりこむというよりは数多くプレイするタイプ。実はクソゲーマーに片足突っ込んでるのを本人は無意識に認めたくないらしい。まだフェアクソには手を出してないから...と自分に思い込ませている。PNは、八重樫→ヤマタノオロチ、尊→スサノオノミコト、から本名が被らないところをとって「スサノオロチ」に落ち着いた。
幕末のゲームカードを本体に差し込み、一度外したヘッドギアを再び装着してベッドに横たわる。なんだこのパッケージは邪魔だなぁ!!ギャラクシートラベラー?知らないクソゲーだなぁどけぇい!!そうして幕末の世界へと降りたって.....
「ログボ天誅ァ!!」
「っはぁ!来ると思ったぜ!オラァ!」
「ぐべぇあ!...クッソ装備がほぼ初期だから初心者かと思ったが...経験者か...無念...」
とまぁこのように、このゲームはリスキルが多発している。ログボ天誅なるリスキルに対して、ログボ天誅天誅で返り討ちにする。ログボだけ取りに行くとしても必ず警戒を怠ってはいけない。怠るとどうなるか、こんな感じになる。
「っふい~ひっさびさだなぁ」
「はい天誅ァ!!」
「あ忘れてt」
久しぶりに幕末を起動するのであろうプレイヤーを、屋根から飛び降りながら突き刺す。グサッと一刺し人間串の完成ってね。タレか塩か選べるよ!まぁポリゴン化して消えるんだけど。まだまだ幕末に染まりきってないみたいだねぇ!
このゲームは基本、キルされると持ち物は全部その場にロストする。倉庫に預けているものは大丈夫なので心配はいらない。ちなみに俺はログアウトするとき必ず装備を初期状態にする。万が一気を抜いていてログボ天誅されても大丈夫なように、というのもあるが、さっきのように初期装備だからと油断した奴を斬り捨てられることもあるからな。
「てかなんか今イベントやってんのか?やけににぎわってるような」
「教えてやろう!今は大将戦イベントの真っ最中だ!だがお前にはもう関係なくなる!天誅!」
急に隣の民家から障子をはっ倒しながら切りかかってきた、「旋風丸」とかいうプレイヤーが振るう二つの刃をいなす。俺の戦闘スタイルは基本的に受けだ。相手の攻撃に合わせてはじく、流す、逆に武器を奪ったりすることもある。まぁ幕末内ではもう一つの戦い方もあるのだが...
「あっぶねぇ!だが教えてくれてありがとよ!ハイ感謝の天誅!!」
襲い掛かかる二対の刀をはじき、流れるように刀を振り下ろして奴の肩に一太刀入れようとする...が軽いステップで躱される。
「残念だが俺はそこらの有象無象とは違うぞ」
「ちゃんと避けられたか...いいねぇそろそろ一瞬で終わる戦闘にも飽きが来てたところだ」
五メートルほど離れた位置から二つの視線が交差する。相対するのは二人の武士。片やガチ装備に身を包む二つの刀を携えた武士。片やほとんど初心者と見間違えるような簡素な装備に身を包む一つの刀を携えた武士。このゲームの装備は劇的な変化こそもたらさないが、素早さや筋力に少し補正が入る。つまりは大太刀すらも軽く振るう小柄な武士も存在する。
素寒貧とまではいかないが、ほとんど補正のない装備で戦うわけだ。装備を変更すればそれで済む話ではあるが、そんな隙を晒せばスパッと3等分にされるだろう。
「装備を変えさせてはくれなさそうだな」
「幕末はそんな生ぬるい場所じゃないことは重々承知のはずだ」
「一応な。まぁ別に装備が万全じゃないことで言い訳するつもりはない」
スッと抜いていた刀を鞘に納める。
「逃げる...わけではなさそうだな」
「安心しろ。絡まれた以上最後まで付き合う」
もう一つの戦闘スタイル。端的に言うと居合。だがただの居合ではない。そして悟られてはいけない。あたかもただの居合をするのだと相手に思い込ませることが重要だ。
「いくぞッ!」
「こいッ!」
二刀の脅威が横薙ぎに振るわれる。その刃が向くは胸部と首、的確に急所を狙った二太刀は俺の体を切断せんと迫りくる...がその結果は虚空を切り裂くことになった。
「なっ...⁉」
驚愕した顔は見えない。踏み込むは右足。左ひざを地面につくほどに低く構え、限界まで姿勢を低く保つ。ここから放たれる居合。切りかかる相手の懐に飛び込み一閃を叩き込む。
「これが古流術...月川流だ...!」
昔動画か何かで見た流派の見様見真似だ。放たれた一閃は旋風丸の身体をわき腹から二つに別つ...はずだったが、その刃は身体半ばで止まった。
「クッソがぁ...!!一瞬で終わりはごめんだぜ...!」
「ッチ...完全に決まったと思ったんだが」
「伊達に幕末プレイヤーやってないんでな...」
「...そいつはいわゆる脇差ってやつか?」
脇差...武士が本命の刀とは別に腰に携えていた小刀の一種だ。通常の刀よりも刃渡りが短く、基本的に戦闘には使用しない。その脇差が驚異的な速さで振りぬかれ、俺の刀を受け止めていた。
まさか自前の刀を放棄して脇差で受けてくるとはな。だが...入った。真っ二つとまではいかなかったが、三分の一程度は刃が通ったぞ。即死ではないにしろ十分致命傷になるはずだ。半ばで止まった刀を抜き、すぐさま距離をとる。地面に目をやるとそこには二つの刀が。やはり空を切った時にはすでに防御姿勢に移行していたわけか。空ぶったと思った時には持っている二刀を手放して、腰に携えた脇差で防御...いやはや恐ろしい。
「その傷じゃあ勝負あったな。出血も多い。だが本当によく止めたな...正直驚いた」
「ほぼ初見殺しかよ...まぁいい...さすがに死ぬのも時間の問題だ、介錯を頼む」
旋風丸が赤いポリゴンをわき腹から流しながら、手に持った脇差を腹へと添える。このゲーム、切腹で死ぬとデスペナ免除とか狂ってるんだよなぁ。介錯側にもボーナスポイント入るから結構な頻度で切腹&介錯シーンは見るけど。
「あぁ後ついでに、今のイベントを説明してやるよ」
「お、助かるな」
「今のイベントは二陣営に分かれた大将戦だ...つっても大将は両チーム五人ずついるがな」
「ほうほう」
「前イベントの上位十名がバランス良くチーム分けされてそれぞれが大将となる...まぁいつものメンバーってことだ」
幕末はランカーが大体固定化されていて、上から十位はほぼ変動することはない。そして一位ことレイドボスさん。あの人は言っちゃ悪いがほぼ人外の領域に達している。普通の幕末志士が二メートル圏内なら無音でも気配を察知できるのに対し、レイドボスさんは五メートル以内なら壁越しでも気づけるらしい。化け物かな?
「ただなぁ...バランス良くって言いはするが...レイドボスさんの性能は規格外だからな」
「その言い方だと...レイドボスさんがいる陣営がどうしても有利になると?」
「あぁ、レイドボスさん筆頭に七~十位が維新側、それ以外が新撰組...そしてレイドボスさん所属の維新側が若干有利ってな感じだな」
「ほーん...あれ?その場合もともと維新側の奴が新撰組になるとどうなるんだ?」
幕末はキャラメイク時に新撰組か維新かを選ぶことができる。維新はリボルバー...といってもほとんど撃ち切りだが、要は銃を使える。新撰組は銃こそ使えないが刀に補正がかかる、つまり維新側のリボルバーの弾丸を容易に切断できるわけだ。迫りくる弾丸に対して俺TUEEEEEEができる。まぁリボルバーだけじゃなく普通に刀でも攻撃してくるのであまり過信してはいけないが。てか別に補正なしでもレイドボスさんは普通に弾を斬ってくる。やっぱり化け物かな?
「今回のイベントはレイドボスさん軸にチーム分けされているからな、ランカーに関しては一時的に振り分けられた方の所属になるらしいぞ」
「なるほど...まぁランカーならさほど問題はないか...」
むしろ今まで銃使ってこなかったランカーがリボルバーをバカスカ撃ってくるようになるのは厄介だな...ちなみに俺は新撰組だ。おそらくこいつも二刀流なんてやってるからには新撰組なんだろうが...この場合同チーム内での同士討ちはどうなるんだ...?大将戦っていうからには他はあんまり関係ないってことか?
「今回のイベントは大将5人を先に倒した方の勝利だな、大将以外はやられるといつかのイベントみたいな幽霊状態になって一定時間さまよってリスポーン、って感じだ...まぁざっとこんなもんだな」
「おう助かったわ、さあ介錯の時間だ辞世の句を聞かせてもらおう」
「そうだな...屍を、越えてぞ進め、わが友よ...一度戦ったならもう他人ではない」
「良い鼓舞だ、ありがとよ」
「まぁくれぐれも同志討ち野郎には気をつけな...ぐふッ...!」
旋風丸を介錯し、一息つく。
「ふぅ初手で決められてなかったら普通に危なかったな...てか同志討ち野郎ってなんだ...?ん?」
俺の目の前にウィンドウが現れた。
「なんだなんだ...?あなたは同陣営のプレイヤーをキルしたため一定時間のステータスダウンが付与されます...だぁ?地味にだるいなオイ...ん?なんだまだあるのか...ッはぁぁぁぁああ⁉相手陣営プレイヤーを二十人キルするまで装備変更禁止だとおおおお⁉」
まじかよ...ほぼ初期装備みたいなのからしばらく変えられねぇのか...装備耐久値なくなったらどうすんだよ?裸ですかあああ?ふざけんなよ...てかペナルティあったとしてもPK自体はできるあたり、運営の狂気度が測れるな...旋風丸め、一番重要な情報を言ってねぇじゃねぇか!次あったら責任天誅だなこりゃ。
ちなみに同陣営キルペナはステータスダウンが確定、もう一つは装備変更禁止(防具)、装備変更禁止(武器)、回復禁止、の中からランダムで選ばれます。主人公は装備変更禁止(防具)なので武器は変えられますね。回復禁止が一番きついように見えて、基本幕末はかすり傷以外はほぼ致命傷になりえるのであんまり意味はないです。腕とか欠損してもエリクサーでにょきにょきみたいなことはできませんしね。