表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

燃え盛るユグドラシル


◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


イヴの声



「わたしたちの暮らしている星は……ううん、星ではなく宇宙船と言ったらいいのかしら……それは、とてもとても、とてもとっても、大きな、大きな大きな輪っかなの。




(イラスト 101 01)


わたしたちはこの輪っかを、リングとか大地とか読んでる。リングは、ある星を中心に回っていて、わたしたちのリングの他にも、内側に一つ、そして外側に2つ、大きなリングが回ってるの。

このリングは、誰もが人工物だと思っている。だって夜空の他の星とは、あまりにも形が違うから。昔は、リングは神様が作ったって言う人もいたけど、いまではそんなことだれも信じていないわ。


そして、わたしたちの中心にある星、その赤い星は、メーテラっていう名前で呼ばれてる。その星は、もう死んじゃった星だって言われてるわ。星にはとても大きな目玉の模様が描かれてる。その目玉の大きさは、学者さんが調べたところ、端から端まで80万マイルはあるって言われてるわ……そして、地表の大半は、赤い砂漠と、廃墟になった建物で覆われているの。地表には、水もないし生きた生物はいない……だから、あの星はもう、死んだ星だって言われてる。


なぜそんな細かいことまでわかるか話すね。


わたしたちの住んでる土地はずいぶんかわってるから、むかしからいろんな人が夜空を見上げて、どうして世界がこんな風になってるのかって考えたの。だから、天文学がすごい発達してる……天文学はすべての学問の基礎なの。そして、星を見上げるために望遠鏡がたくさん作られた。

わたしたちは、その望遠鏡でいろんな場所を観察した……メーテラも、他のリングも。そして太陽や、太陽をまわるほかの惑星も。


(イラスト 101 02)


結果として、わたしたちはすべてのリングに文明を発見したわ。一番内側の第一リングにも、第三リングにも、そして第四リングにも。

目下わたしたち人類の目標っていうのは、大きな船を作って、他のリングに旅立つこと。そして、彼らと仲良くなることかな。まだリングの向かい側にも行ったことないから、気が早い話だけどね。


まあとにかく、わたしたちにとってリングは夢と希望そのものだから、夜空を見上げるのはいつもの習慣になってる。きっと、わたしたちにまだ文明がなくて、洞窟で暮らしていたときにも、夜になったら焚き火を囲んだり、ただ丘の上でまどろんだりしながら、空を見上げていたに違いないわ。

きっとそうよ。だって、夜の空より美しいものは、この世界にはないんだから。


だから、その日もわたしたちは、ただなんとなく空を見上げていたの……」



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


ファラの声



「リングは一日一周してるから、いつでもどこかで朝日が上り、どこかは夜に暮れる。夜になったリングは真っ暗になるけど、人々が暮らしている場所は光で明るく輝いている。だから、わたしたちは行ったこともない場所でも、どこにどれだけの人々が暮らしているのかなんとなく知っているの。そしてわたしたちは、それぞれの光に勝手に名前をつけてる。光の十字路とか、双子の光輪とか、そんな名前よ。


わたしたちがこれから話す光は、世界樹の都と呼ばれていたわ。


まず世界樹がなにかから話すね。

世界樹っていうのは、文字通り世界を覆い尽くすほど大きな木よ。事実上、大地の殆どの場所に世界樹の根は走っている。わたしたちが立っている場所にも、地底深くには世界樹の根が埋まっているの。だけど普通の土地はその上に土や岩石が積み重なっているから、どこでも世界樹が顔を出しているわけじゃない。だけど世界樹が一度地上に芽吹けば、それは高さ100マイルにも届くとても大きな木になるの。


”世界樹の都”の世界樹は、リングで知られているもので一番大きい。世界樹の都の住人たちは、その世界樹の上にたくさん集まって住んでいて、夜になると、そこはまるでクリスマスツリーみたいにキラキラと輝くの。だからそれは、世界樹の都と呼ばれているのよ。


その日、いつものように世界樹の都が夜の影に入った。大体午後三時ぐらいかな、あそこが夜になるのは。いつものように、世界樹の都は影の中で光を放ち始めた。だけどその光は、いつもの光とはだいぶ様子が違っていた。


普段の十倍……二十倍……ひょっとすると百倍かも。そのぐらい強い光で、世界樹の都は、光を放っていた。


一体何なのだろうと、わたしたちは望遠鏡を覗いた。そしてわたしたちは見たの。


世界樹の都は、炎に包まれていたのよ。」


◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


モモの声



「世界樹の都の炎は、3日が過ぎても消える気配がなかった。わたしたちはみんな、日がな一日望遠鏡を覗き込んで、あれやこれやと心配して話し合ったわ。

誰もが午後のある時間になると、手を休め、本を閉じて、窓辺に向かった。そして望遠鏡で、あるいは額に手をかざして肉眼で、闇に光る世界樹の都を見ていた。


そして四日目の日、とうとう国王から王命がくだされたわ。


わたしたちは、世界樹の都に向けて使節団を派遣することになった。使節は政治家や外交官、学者、そして経験豊かな戦士と冒険者たちで構成された。そして、学生の中からも何人か優秀な生徒が選ばれたわ……もちろん世界樹の都とは外交関係なんてなかったけど、遠くの国だからって友愛を求められていやなはずないじゃない。それにあのときは、世界樹の都を包むあの炎が、ずっと燃え続けるとは考えてはいなかった。

もちろん旅に危険はつきもだし、それに長い旅になる。だけどそのために、戦士や冒険者も一緒に行く。せっかく遠征するなら、優秀な学生たちに見聞を広めさせようと、王はそういうはからいだったの。

そんなわけで、わたしたちの友達が五人、使節団に選ばれたわ。わたしたちは送別会を開いて、歌って踊って、お酒をしこたま飲んで、愛の告白をして、キスしてセックスした。

そうして、彼らは旅立っていった。わたしたちはおたがいに泣きながら、いつまでもいつまでも手を振っていた。


だけど世界樹の炎は、それから一年間、消えることなく燃え続けた。

そして、使節団との連絡は途絶え、ついに彼らが帰って来ることはなかった。」


(PIC 101 2)



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


ザノバの声



「使節団がここを旅立ってから二年と三ヶ月たった日、彼らの国葬が執り行われた。国王の計らいで、それはとても盛大なものになった。


ぼくたちは、だれしも一度は騎空艇に乗り、空を旅する。空は美しく、冒険に満ち溢れているけど、同時に危険な場所でもある。ぼくら人類は、騎空艇という羽を手に入れた。それでもなお、空について無知で、あまりになにも知らなすぎる。

だから、ぼくらは時おり空で死ぬ。翼を折られたイカロスのように。空から墜ちたルシフェルのように。果てない地の底に墜落して、二度と帰ることはない。それは、この空の世界では、ごくありふれたことなんだ。

だから、行方不明となった空の旅びとは、連絡が途絶えて一年の後、死んだものとして扱われる。


王都のノースポートに人々が集まった。そこは、使節団がこの国を出発した場所だ。王の弔辞が終わり、使節団のからっぽの棺が、空に向かって落とされた。棺はくるくると回転しながら、白い雲の果てに消えていった。

王も人々も、彼らを偲んで泣いた。戦士の家族も、冒険者の仲間たちも、そして学生たちも共に泣いた。ぼくらの涙は、ずいぶんと長い間、枯れることがなかった。


そんな中、ひとりの学生がある決心をしたんだ。彼はその夜、双子の妹にその決心を話した。妹はすぐに兄に同意した。そして、彼らは、すぐさま行動を開始した。」



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



つぎの日、アルスと妹のイヴは、ノースポートにやってきた。そこにはあいかわらず立派な船がたくさんあったけど、今日のふたりはそんなものに目移りしない。なぜなら、アルスたちの目指す場所はもう決まっているから。彼らは小さな桟橋にやってくると、そこににつながれているフェラッカの係留ロープを解きはじめた。フェラッカというのは、2つのマストに2つの三角帆を張った、小さな船だ。この船はたった五人乗りで、船室だってとても小さい。これは学校所有の船なのだが、いまさらそんなことに彼らは構ってられない。アルスたちが扱える船は、実習で扱ったこの船ぐらいしかないのだ。

この小さな船で旅するのは、危険かもしれない。でも、もう彼らは待つことなんてできない。一日でも遅れたら、それが原因で友だちは死ぬかもしれないから……。一時間だってもう無駄にできない。

だからふたりは、いますぐ出発するのだ。友を探すために。アルスがきのうイヴに計画を話したとき、彼女は即座にうなずいた。きっとイヴも、アルスと同じことを考えていたのだ……。もう、ただ座して待つことなんてできない。


ついにふたりは係留ロープをほどき終えた。アルスはロープを放り投げて、桟橋を手でぐぐっと押した。すると、船はゆっくりと動き、そして岸を離れはじめる……ついに、旅立ちのときがきた。アルスはイヴの隣に立ち、船の先を見つめる。眼前には、ひろいひろい大空が待ち構えている……はるか遠くに見える入道雲も、中にはいってしまえば絶望の嵐かもしれない。でも、そんあことはもう、関係ない。ただ前進あるのみだ。ふたりがそう決心を固めていた時、突然、ふたりの背後から大きな声が響いてきた。


【ザノバ】―「お前たち、どこへ行くつもりだ!」


振り返ると、そこにはふたりの学友でもあり、親友でもある男が立っていた。


【アルス】―「ザノバ!」


【ザノバ】―「お前たちは、世界樹の都へ向かうつもりか!?」


【アルス】―「そうだ!」


【ザノバ】―「なぜだ!ダグラスたちはもう、生きてはいないだろう!」


【アルス】―「そうかも知れない……だけど、もしかしたら、生きているかもしれないじゃないか!もしそうだったなら、俺は後悔したくないんだ!」


【ファラ】―「だったら、わたしもつれてってちょうだい!」


突如、別の女の声が響き渡る。見ると、そこには、おなじく学友であり、龍の娘でもあるファラがいた。

彼女は、ザノバの脇をすり抜け、桟橋を駆け抜けると、フェラッカに向かって跳躍した。彼女は空を舞い、船にどすんと音を立てて着地した。そして、勢い余って甲板を走りぬけると、そのままイヴに抱きついた。


【ファラ】―「イヴ!わたしも連れて行ってよ!」


【イヴ】―「あはは!もちろんだよ」


二人は、そうして笑いあっていた。


【ザノバ】―「ちくしょう……おれだって!」


ザノバはそう叫ぶと、桟橋を走り、跳んだ。しかし、船はさっきよりも岸から離れている。彼は飛び上がり、かろうじて船べりに着地したが、船が揺れるとバランスを崩し、そのまま空のかなたに落ちそうになった。


【アルス】―「危ない!」


アルスはそう叫ぶと、ザノバの腕を掴む。ふたりは甲板に倒れ込み、ぜえぜえと息を切らしていたが、やがて顔を見合わせると、照れ隠しにふたりで笑いあった。


【モモ】―「ねえ、みんな待って!」


ふたたび、別の女性の声が響く。振り向くと、そこには彼らの学友であり、そしてダグラスの恋人である、モモがいた。


【モモ】―「あなたち、世界樹の都にいくの!?」


【アルス】―「そうだ!」


【モモ】―「どうしてよ!ダグラスはもう、死んでるのよ!」


【アルス】―「いや死んでない!ダグラスはきっと生きてる……おれたちは、絶対にダグラスを助ける。だから君も来い!」


【モモ】―「なんでそんなこと言い切れるのよ……みんな学校はどうするの!?」


【アルス】―「学校なんて、どうでもいいだろ!君はどう思ってるんだ!ダグラスと学校と、どっちを選ぶんだ!?きみのこころはもう、決まってるんじゃないのか!」


モモは息を呑んだ。そう、彼女もずっと、ダグラスがいきていると信じていた。そして、こうして旅立つ日を夢見ていたのだ。

モモはきっとくる……アルスはそう考え、船を戻そうと係留ロープを手繰り寄せた。そのとき。

なんと、モモがいきなり船に向かって走り出したのだ。あいつ、この距離を飛び移るつもりらしい。


【アルス】―「馬鹿、やめろ!届かないって!」


アルスは叫ぶと、ロープを放り投げ船べりに駆け寄った。

モモは空を跳んだ。だが案の定、船には届かない。彼女の足は虚空を蹴り、手はアルスに向かって目一杯伸ばされてる……


【モモ】―「うわああああああ」


彼女は叫んだ。アルスは船べりから半身を乗り出し、彼女の手を掴む。アルスは引きずり落ちそうになるが、ザノバたちが後ろからつかみ、うえに引っ張りあげてくれた……そうしてなんとか、アルスたちはモモを甲板に引っ張り上げた。

二人がどすんと甲板に尻餅をつくと、アルスは言った。


【アルス】―「馬鹿、何やってるんだ!いま、船を戻そうとしていたのに!」


【モモ】―「ごめん……」


モモは照れ隠しに笑った。

アルスがようやく一息つくと、とつぜん、岸の方でなにやらわっと歓声があがった。

アルスは立ち上がり、岸を見た。すると、そこには、いつのまにか級友たちが集まっていた……級友の他にも、先生たちや、親たちもいる。後輩たちや、近所のパン屋さんや、冒険者の知り合いまで。あの人達は、みんな、アルスたちの門出を祝に来てくれのだ。


【レノン】―「アルス、頑張れよ~!」


悪友の、レノンが、みんなの先頭に立っている男が叫んだ。彼は両手を口に添えて、大声で叫んでいる。


【レノン】―「イヴも、ザノバも、ファラも頑張れよ~!それとモモ~!!俺、お前のことが好きだったんだ~!!だから、絶対ダグラスに会えよ~!がんばってこいよ~!」


突然の告白に、みんなは沸き立った。そんな中、レノンはハンカチを取り出して、馬鹿みたいに振り始めた。アルスたちも船の縁に並んで、岸に向かって手を振る。帆は風に張り、船はゆっくりと岸を離れ、そしてみんなの姿はだんだん小さくなっていった。それでもアルスらは手を振り続け、岸にあつまった友人たちもまた手を振り続ける。アルスたちはお互いに、いつまでもいつまでもそうしていた。

彼らはずっとそうしていた。だって、これが最後の別れになるかもしれないから……。

そう、アルスもわかってるのだ。この旅が、とても危険なものになること。もしかしたら、ダグラスたちはもう死んでいるのかもしれない。この旅は、結局無駄に終わるのかもしれない……。

それでもアルスは、絶対に後悔したくない。だからもう行くしかない。空のむこうの、雲の果てまで。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



こうしてアルスたちは旅に出た。ひとたび港を出れば、そこはもう広大な空のさなかだ。港にはまだ人々の姿が見えるけども、もう遠く離れすぎて、彼らの声は届かない。船べりから身を乗り出して下方を覗けば、そこには重なり合った白い雲が見えるだけ。風の音の他には、、もうなにも聞こえるものはない。


そっか、空は寂しい場所なんだな……。港を離れて、最初にアルスの頭に浮かんだのはそんなことだった。そよ風が吹くと、それはなんだかとても肌寒い。なんだか、急に随分気温が低くなったんじゃないか?アルスはそう思い、思わず腕をさする。ここにはもう、人も鳥もいない。虫一匹すら、ここにはもう住んでいないのだ。


アルスははふと気づいた。そうか、空って、なんにもない空間なんだ。


空って、宇宙に似ているんだな。ぼくらがいつか満点の星空に焦がれて宇宙へ旅立っても、そこにはなにもない。宇宙にはただ無限に広がる空間があり、空気も生命も、光すらない。宇宙とは、なにもない死んだ世界なのだ。

空も宇宙と同じなんだ。死んだ世界なんだ。遥か遠くに雲や大地が見えても、そこにたどり着くまでは果てしない空間が広がっているだけだ。空はどんな砂漠よりも死の世界だ……そして、砂漠の蜃気楼がひとを惑わすように、多くの旅人が目的地に辿り着く前に死んでしまうのだ。


そのことがわかった途端、アルスのこころに恐怖が差し込んだ。アルスは、ただ勢いに任せて、友人たちを死地に連れてきてしまったのではないか?そのことに気づいた途端、足がすくみ、少し手がふるえはじめる。アルスは震えを隠すため、船べりをぎゅっと、ぎゅっと掴む。


しかし、つぎの瞬間だった。眼の前の空間を、白い何かがぎゅんと通り過ぎたのだ。


アルスははっと顔を上げてそれを見た。それは、白い翼の、小さな渡り鳥だった。

ユリカモメだ。ユリカモメは小さな翼を滑空させて、どこかへ飛んでゆく。鳥たちはもちろん、着の身着のままだ。日銭も、食料の蓄えも、とうぜん休む足場さえない。だけど彼らは、はるか見果てぬ大地へ飛んでゆき、そしていつか、たどりつくじゃないか。

おれたちも同じだ!おれたちには一艇の騎空艇しかないけれど、渡り鳥のように空に飛び立ったのだ……運命を感じて、使命に押されて。友情のために、おれたちはもう大地を離れた。

だったらもう、進むだけだ。そしておれたちは渡り鳥のように、きっと目的地へとたどりつける。


アルスがふときづくと、イヴがアルスの顔を覗き込んでいた。彼女の大きな茶色の瞳に、アルスの姿が写っている。彼女はきっと、アルスが何を考えているか、悟ったに違いない。これだから双子ってやつは……おれたちは互い、考えてることなんてなんでもお見通しなんだから。


イヴの様子はというと、アルスと違ってまったく平然としている。やれやれ、いつものとおり、気の強い子だ。でも、おれほうがお兄ちゃんなんだ。おれがしっかりしないといけない。アルスはそう思った。

アルスはイヴの手をとり、握る。彼女もアルスの手を握り返す。いつものイヴなら、「おにーちゃん、しっかりしてよ」なんて笑いながら声をかけるんだろうけど、いまそんなことはしない。だってまわりにはザノバたちがいて、みんなアルスのことを見ているから。

おれは、この船のキャプテンだ……アルスはそう思った。キャプテンは、いつだってしっかりしてないといけない。おれはこいつらをを支えられるような、強い人間にならないといけない。


アルスが決心をあらたにしていると、突如、上空から声が掛けられた。


【リッター】―「おまえら、気づいているか?港にのこってるやつらは、まだ手を振っているよ。きっと船が見えなくなるまでそうしてるつもりだ」


驚いて顔を見上げると、アルスたちの船のすぐ真上を、一艇の騎空艇が飛んでいた。その騎空艇から、ひとりの男が身を乗り出している。彼の左手は港を指さし、右手は双眼鏡を握っている。


【アルス】―「あなたは、確か冒険者の……」


【リッター】―「リッターだ。よろしく!」


アルスはこのひとのことを覚えていた……。彼は、葬式にもいまと同じ格好で来ていた。このひとは、使節団の冒険者の、仲間だった人だ。彼は、みなが喪服を着ている中、ひとりだけ冒険者の格好をして王の隣で弔事を読んだのだ。

彼の格好を見て、色々悪く言う人もいたけど、アルスは気にしなかった。むしろ好ましいとおもった。だって、それはいかにも冒険者らしいじゃないか。権威にも決まり事にもなびかず、彼はあるがままを生きるんだ。


【クルツ】―「君たち、あまり船の操縦には慣れていないようだな」


ふたたび、上空から声がかけられた。振り返ると、リッターと並走して、ひとつの騎空艇が浮かんでいる。

これは騎士団の船だ。そして、その船から顔を出している人は、み間違えるはずがない。誰もが知っている有名人だ……。


【アルス】―「あなたは、騎士団長の……」


【クルツ】―「クルツだ。よろしくな。話しを戻すが、君たち、あまり船には慣れていなんだろう……?おれたちに上空をとられていたが、ずいぶん長い間気づいてなかった」


【アルス】―「え?ええ……。ですがそれはまずいことなのですか?」


【クルツ】―「もちろんまずいさ。騎空艇に上をとられたら、相手からは狙い放題だ。爆弾やら銃弾の雨やらがわんさか振ってくるぜ」


【リッター】―「なあ君たち、おれたちと同行しないか。おれたちはこう見えてダチなんだ。おれたちも、使節団の奴らを探しに行く……お前たちって、騎空艇に慣れてなさそうだし、なんだか心配でよ……」


【アルス】―「でも、おれたちじゃ、足手まといじゃありませんか」


【リッター】―「そんなはずあるかよ、遠慮すんな!おれたち同朋じゃねえか!それに旅っていうのは、道連れが多いほうが楽しいんだぜ!」


アルスは、仲間たちを見回した。彼らはみなうなずいた。どうやら、遠慮しなくていいらしい。


【アルス】―「お願いします、ぼくたちも同行させてください!」


【リッター】―「よっしゃ!そうと決まれば、出発だぜ!」


リッターたちは帆を張り、船を加速させる。アルスたちも帆をめいいっぱい張って、風を受ける。そうして彼らは、大空の、遥か彼方へ飛び立った。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ