光明
2025年4月27日に一章と二章を統合させる改稿を行いました。この回の前の複数話を削除し、その内容を吸収させています。
日々をなんとなく過ごしていた私の元にカミーラ院長がやってきたのは、マナー練習を始めた数日後のことだった。
「聖力の制御の訓練ができるんですか!?」
興奮して思わず立ち上がった私に、カミーラ院長は曖昧な表情を見せた。
「正確に申し上げますと、制御が可能かどうかはまだわかりません。ただ、試していただくことはできそうなのです」
「試せる?」
「はい。ご存じのとおり、聖力のコントロールには神力と混ぜ合わせることが必須。そして神力は王族にのみ受け継がれる力です。それも、男系の男子に強く現れるとされています」
その話は以前、フェリクスから聞いたことがあった。
各地に点在する修道院や神殿には、神力による結界が張られている。ここフィラデルフィア女子修道院にもそれがある。修道院の結界は、聖女が聖力で作る大陸結界とは違って永久機関だ。なぜ永久機関であれるかというと、王族の血を引く子孫たちが各地に散らばっているから、らしい。子孫たちがうっすら受け継いでいる神力が、各地の神力結界に無意識に注がれているのだとか。
それなら神力を持っている人間はたくさんいるということになるのではないか、そうした人たちに聖力の制御を手伝ってもらえないのか、フェリクスに尋ねたのだ。
「恐れながら、聖女様の聖力と混ぜ合わせ、制御できるだけの量の神力となると、王家の直系の男子となる方でないと難しいものと思われます」
曰く、神力は、同じ王族といっても男性の方が高い傾向があるらしい。聖女が女性なので、高い神力の保持者は男性であることでバランスをとっているのではないかと考えられている。ちなみに魔力は男女差なく宿るそうだ。
神力は男性王族がたくさん持ちやすい。だからこそこの国は女王を認めず、男子しか王位を継ぐことができない。王子が生まれなければ困るため、側妃や愛妾も認められている。
カミーラ院長の話は続いた。
「現在その資格を有しておられるのは、トール国王陛下とハーラン王太子殿下のみ。陛下には弟君がおられましたが、既にお亡くなりで、それ以外は姉妹のみです。先代のイアン陛下には男子の兄弟が複数おられ、その子や孫に当たる男子がこの国にはおられます。ただ、彼らは既に傍流となりますため、その力が薄れている可能性が高いのです」
「以前フェリクスさ……ウェリントン副魔道士様から聞いたことがあります。でも、そもそも先代のイアン陛下の子や孫に当たる男性たちも、男系と言えば男系ですよね。それなのに力が薄れているのでしょうか」
「神力は王族であれば誰しもが持って生まれる力ではありますが、永久に保持できるわけではないのです。理由は神力が吸収される力だからです」
「吸収?」
「はい。たとえばここフィラデルフィア修道院の結界は、どうやって維持されているかご存知ですか?」
「確か、神力による永久機関だと。王族の血を、遠いながらも引く方が国中におられるので、その力で成り立っていると習った気がします」
「そのとおりです。この結界は王族の方々の神力を吸収することで存在します。そして神力は、永久に湧くものではありません。使えば減っていくのです。ここが聖力や魔力との違いです」
つまり、王族は男女関係なく皆、神力をそれなりに持って生まれるが、その力は国内の神力結界の維持に使われ、どんどんなくなっていく、ということか。
「ただし例外があります。それが国王陛下と王太子殿下です。彼らは他の王族の神力をその身に集めることができると言われています。だからこそ生涯に渡り神力を有し、聖女召喚が為された際には、自身の神力を使って聖女の力を最大限に増幅させることができるのです。有事の際に神力を集めて、国と国民を救うという使命が課されているからこそ、国王陛下と王太子殿下は敬意の対象となります。そして彼らに神力を上げ渡すその他の王族もまた、器として敬われるのです」
王族の身に宿る神力。それを国王や王太子といった直系男子に集結させ、魔物が活発化するような有事の際には聖女や魔道士の力を増幅させる。それ以外の時代では神殿や修道院などの神力結界維持に使われる。
この国において王族は皆、神力を有する器であり、国王と王太子はそれを行使する役割を持つ執行人であるということらしい。
「本来でしたらトール国王陛下とハーラン王太子殿下のみしか、聖女様の聖力の制御のお手伝いはできないはずなのですが、お二人とは違う、別の御方と試してみてはどうかというお話があるのです」
「別の御方、ですか」
「はい。国王陛下のご長女でいらっしゃいます、レスリー様です」
「レスリー王女殿下……」
カミーラ院長の説明に、クロエがそう反応した。
「王女? ってことは、女の子ですか? えっと、ハーラン王太子殿下の姉妹?」
「本来はそうなりますが、レスリー様は表向きは王家の者ではない扱いとなっています。彼女はトール国王陛下と愛妾ベローチェ男爵夫人の一人娘です。王家の法で、王族と認められるのは正妃と側妃の間の王子王女のみ。愛妾の子はその肩書きを持ちません」
「国王の子どもだけど、王女ではない、ということですか?」
「はい。ただ、レスリー様の母君であらせられるセリーナ様は、元は侯爵令嬢でいらっしゃいました。本来でしたら愛妾となられる身分ではないのです。もしその身が正しく遇されておられたら、お生まれになったレスリー様も王女となるはずでした」
そこからカミーラ院長に聞かされた王家の話は……なんというか、かなり面倒でどろどろした話だった。
カーマイン聖王国の国王、トール陛下には妻が二人いる。
ひとりは正妃であるマテラ王妃。この方はカーマイン聖王国の隣、ガンナ帝国の第八皇女だったそうだ。両国の交流のパーティで、マテラ皇女がトール国王陛下に一目惚れしたことがきっかけで、帝国から婚姻の打診があった。
当時のトール国王陛下の身分は王太子で、既に婚約者がいた。それがアセドア侯爵家のセリーナ様。同学年で身分的にも釣り合いがとれ、思い合っていた二人は成婚の日を指折り数えて待っていたが、そこに横槍を入れたのが、ガンナ帝国とマテラ皇女だ。
ガンナ帝国はその名の通り、周辺諸国をまとめて出来上がった帝国だ。大陸六ヶ国の中で最も広い国土と資源を有し、軍事力も桁外れている。カーマイン聖王国の国力はガンナ帝国に比べればかなり劣るが、聖女伝説と神力を有する王族の存在を全面に打ち出すことで、国際的には同等に渡り合ってきた。
しかしながらカーマイン聖王国がその力を最も発揮するのは、魔物が増殖する時期。まだ優に百年は安泰という状況では、帝国の方に一日の長があった。
両国協議の末、マテラ皇女を正妃に、セリーナ様を側妃にということで話がつきかけたが、これに悋気を示したマテラ皇女が猛反対。帝国の後ろ盾を元にセリーナ様に猛烈な嫌がらせを繰り広げた。それは嫌がらせの域を超えて、身の危険を感じさせるほど苛烈だった。
思い合う女性を守るため、トール国王陛下は一度はセリーナ様を諦めようとしたが、二人が思いを捨て切ることはできず。最終的にセリーナ様は侯爵令嬢ながら愛妾という低い身分に身を落とし、トール国王陛下の元に侍る道を選んだ。この国の愛妾は、一度誰かに嫁した後、その夫から国王に献上されるという慣習がある。既に夫ある身分のため国王の妃にはなれない。国王との間に子どもが生まれても、戸籍上の夫は別の人間であり、そちらの子どもとして受理される。
セリーナ様は形だけベローチェ男爵という男性に嫁ぎ、その後、夫である男爵から国王へと献上された。
ゆえに今の呼び名はベローチェ男爵夫人。妃ではないから王宮に住むこともできず、国王から下賜されたお屋敷に住んでいるらしい。
「それって、この修道院から見える、“白鳥の館”のことですか?」
ここへ来る前、マルグリットから聞いた説明を思い出す。高台に立つ修道院から見えるその様子がとても美しいと、彼女が言っていた。
「左様です。レスリー様も母君のベローチェ男爵夫人とともに白鳥の館にお住まいです。この距離ですから、こちらに通っていただくこともできそうだと、魔塔から打診をしたのだそうです。もっと申せば、聖女様のご静養先に当院が選ばれたのも、レスリー様の存在があったからだそうにございます」
カミーラ院長の説明に驚きを感じずにはいられなかった。てっきり厄介払いされたものとばかり思っていたのだが、力の制御について他の方法がないか、魔塔は可能性を探っていてくれたのだ。
なんとなく、その指揮をとってくれたのは副魔道士のフェリクスではないかと思った。
「レスリー様は女性ですので神力がどれほど有効かはわかりかねますが、試してみる価値はあると、魔塔の見解もあります。現在交渉中ですので、もう少しだけお待ちいただきたいとのことです」
レスリー王女殿下は十六歳。私より二つ年下だ。ちなみにハーラン王太子は十七歳でクロエと同い年だそうだ。
「ハーラン王太子殿下がお生まれになって、国王陛下の後継と任命されたことで、時勢は一気にマテラ王妃に傾きました。王妃様は現在、体調を崩されがちなトール陛下に代わって、ハーラン王太子殿下の後ろ盾という威光を持って、国政にも関わっておられます。対するセリーナ様は、王城から離れたこの地に住まわされ、ハーラン王太子殿下がお生まれになって以降は、ますます世間から忘れられた存在となられました。後にお生まれになったのが王女殿下のみであったことは、今となれば僥倖だったという見方もあるほどです」
先にマテラ王妃に後継となる男の子が生まれたことで、王妃の目線が憎きセリーナ様から愛息子に逸れた。さらに一年遅れてセリーナ様の元に生まれたのが女の子だったことが、彼女たち親娘を守ったことにもなるのだと、カミーラ院長と別れた後、クロエが補足してくれた。
愛妾の子どもは王族ではない。たとえ男の子が生まれたとしてもその子は王位継承権を持たない。だがその後もハーラン王太子以外に子を持つことがなかったマテラ王妃が、王位継承権がないとはいえ男の子を野放しにしておくとも思えない。レスリー様が女の子だったからこそ、無事に生き延びることができたとも言える。
「なんというか、きなくさい話ね……。そういえばクロエはハーラン王太子殿下と同い年にあたるのよね。レスリー様とも年が近いし、彼らと会ったことはあるの?」
何気なくそう尋ねると、クロエははっと目を見張った。
「クロエ?」
「あ……はい。恐れ多くもハーラン王太子殿下とは同級でしたので、修道院に来る前は同じ学び屋で学ばせていただいていました。ただレスリー様は生まれつきお身体が弱いとのことで、白鳥の館で静養中でいらっしゃいましたから、学園にはおいでにならなかったのです」
「身体が弱い方なの? ならここまで来ていただくのは難しいんじゃない?」
「私もそれが心配なのです。とはいえ魔塔からの要請とあれば、簡単にお断りできるものでもないでしょう。聖女様の聖力の制御のために、今一番の可能性を持つ方は確かにレスリー様だと思います。あとは国王陛下やマテラ王妃様の許可がおりるかどうかですね」
「国王陛下や王妃様が反対する可能性もあるの?」
「マテラ王妃様はご自身が注目されたいという方です。聖女様の聖力の制御を、息子であるハーラン王太子殿下以外の者が行って、その者の功績となることを良しとしない可能性があります」
「実の息子でなくレスリー様が注目されるのが腹立たしいということね」
「はい。あとは国王陛下とセリーナ様のお気持ちもあるかと。レスリー様は先ほども申し上げたようにお身体が弱いこともあって、一切の社交をなさっておられません。それはセリーナ様も同じです。お二方とも尊い御身でありながら忘れられた存在でいらっしゃったからこそ、マテラ王妃様の目も長年に渡って逸れていたと言えます。ここにきてレスリー様に注目が集まるとなれば、王妃様に睨まれる可能性もありますから、セリーナ様は御身とお子様の安全のために、是とは思わぬ可能性もありますね」
マテラ王妃はベローチェ男爵夫人のことを害そうとし、愛妾の身分にまで貶めた過去を持つほど苛烈な人だ。その娘であるレスリー様が私の力を制御できたとなると、面白く思わないのは確かだろう。自分の息子ができなかったことを、ライバルの娘がこなすのだ。それが気に食わず妨害することも、ひっそりと暮らしてきた親娘に再び牙を向けることも、十分ありうる。
それがわかっていて、実の父である国王陛下が許すかどうか。
「陛下はおそらく許可なさると思います。聖女様の存在の尊さを誰よりもわかっておられる方です。聖女様が安心して健やかにお過ごしになれなければ、その御代は波乱に満ちたものになるという伝承もありますから。そして国王陛下が許可したことに逆らえる者はこの国にはいません」
だから、聖力の制御のお試しは、レスリー様の体調さえ許せばできるはずだと、クロエは励ましてくれた。あとはレスリー様の神力がどれほどあるか、ということになりそうだが——。
(女の子っていうだけでもありがたいよね。もしハーラン殿下のような嫌味な感じの人だったとしても、今回は我慢しなきゃ。でも、どうせならクロエみたいに優しい人だといいな)
そう考えながら、魔塔の交渉の結果を待った。