太陽2
2025年4月27日の改稿で一章と二章が統合され、構成が大きく変わりました。ご迷惑をおかけいたしました。
私の前で跪くフェリクス。この光景には見覚えがあった。白鳥の館で彼と再会したときのこと。アウリクス大魔道士様の名声を高める目的で私を召喚したことを告白され、彼はそれを謝罪した。
私はそれを許したはずだけど、どうやらまだ隠していた裏事情があったらしい。
「これからお話しさせていただくことに関して、いかなる処分も受け入れます」
私とレスリーの前で彼が始めた告白。聖女召喚のもうひとつの理由が明かされることになった。
フェリクスの魔力量はアウリクス大魔道士様とほぼ変わらないのだそうだ。この二人が役職だけでなく実力の上でもトップ2となる。
そして聖女召喚のための魔力は本来、王族の神力の力で増幅されることで最大値に達し、召喚を可能にする。
私の召喚について、マテラ元王妃は当然ながら反対していた。婚姻前の火遊びの結果にできた息子ハーランに神力がないことを知っていたからだ。聖女が召喚されても息子には聖力制御を助けられるだけの力がない。私が召喚された後も徹底的に私を避けていたのは、息子と自分が抱える秘密を誰かに知られたくなかったから。もっとも息子の方はそんな母の思惑を超えて私に接近してきたのだけど。
そんな元王妃がクロエにこだわったのは、彼女が公女だからだ。母親は国王陛下の姉でもある。王家の血を色濃く引いているクロエには、もしかしたら神力が宿っているかもしれない。その血を取り入れれば、ハーラン殿下との間に生まれる子に神力が受け継がれるのではと考えた。聖王国の神力は大陸にとっての命綱だ。軽視していたとはいえ取り繕えるものならと考えたようだが、それで正しく神力が継承されるかといえば無理だろう。そもそもレスリーがいるのだから。
私を亡き者にしようと襲ったのも、聖力制御に成功した私が王都に凱旋して、再びハーラン殿下に関わる可能性を排除したかったから。元王妃にとってはクロエさえいれば聖女である私は必要なく、むしろ自身の秘密を暴かれる材料になりうる邪魔者だった。
王妃の保身のためにあんなふうに命を狙われたのかと思うと腹立たしさしか感じないけれど、今はフェリクスの話だ。
フェリクスとアウリクス大魔道士の力は、魔塔の歴史の中でも傑出しているらしい。それは二人の魔力と、その他の有力魔道士の力をあわせれば聖女召喚も可能と判断されるほどのもの。
「私と大魔道士様の力を集結すれば召喚が叶うということは、裏を返せば私が反対すれば召喚ができないということです。私ははじめ、不必要と思われる召喚に反対でした。ですが最終的には協力してしまった……その理由は、私の浅はかな私情によるものです」
だんだんと重くなっていく口が、彼が長年秘匿してきた罪を告白した。
「私は、クロエ・ヨーク公爵令嬢に思いを寄せてしまいました。公女様がハーラン元殿下の婚約者であるにも関わらず不当な扱いを受け続けているのを、よくお見かけしておりました」
はじめはただの同情だった思いがいつの間にか恋へと昇華した。けれど相手は未来の王太子の婚約者。叶う恋ではなかった。
「そんなとき、魔塔で聖女召喚を望む声が上がりました。アウリクス大魔道士様からも協力の要請があり、はじめは固辞したものの、卑しい考えが私の心を突いたのです」
歴史を紐解いてみても、王太子と聖女が成婚した例は多い。
もし聖女が今の代に召喚されたなら、ハーラン王太子は聖女を娶り、クロエとの婚約は解消されるのではないか。
聖女を側妃にすることはありえない。さりとて公女の身分にある者を側妃とすることをヨーク家は望まないだろう。公女に思いを寄せてはいるが、自分が彼女とどうなりたいとまでは思わない。せめて影で涙を流すことすらせず、凛とした佇まいを崩さぬまま耐えている彼女を、ハーラン王太子から解放してあげたい———。
「私は公女様のことを思うあまり、悪辣な誘いに乗ってしまいました。召喚された聖女様がどうなるのかも考えず、ただ己の私情のためにアウリクス大魔道士様に協力したのです」
かくして聖女召喚はなされた。その後の私が聖力の制御に苦労し、ハーラン殿下に襲われたことで、フェリクスは己のしでかしたことの罪深さを痛感することになった。加えて王太子の婚約者の座から救い出したいと願ったクロエが、家族に疎まれ出家させられたことで、彼女の貴族令嬢としての未来も奪うことになり、悄然とした。
「己の悪行の懺悔になればと、ヒマリ様に忠誠を誓い、レスリー様のために働きました。レスリー様のご活躍によりあるべき聖王国の姿を取り戻された今、己の罪を真に償うときが来たのだと、こうして告白させていただいた次第です」
フェリクスは下げている頭をさらに下げ、声を低くした。
「ヒマリ様、貴女様の人生を捻じ曲げ、ハーラン元殿下のような俗物を近づけ、長きに渡り苦しめ続けた私に、どうか罰をお与えください」
彼の告白に、私は何も言葉をかけてあげることができなかった。
「ヒマリ、どうする?」
「どうするって……」
レスリーの問いかけにもどう答えるべきなのかわからなかった。だって召喚のことはもう、私の中ではとっくに終わったことになっているのだ。どんな事情があったにせよ、私はここに来てよかったと思っている。だからフェリクスを責める気持ちになれないし、何より今告白された驚愕の事実の方に思考が囚われていた。
「待って、フェリクスさんってクロエのことが……」
「ヒマリ、あなたが彼を罰さないというなら、私に一任してもらえないか?」
「え、それは別にいいんだけど」
罰とかはどうでもいいから、ちょっと待ってほしい。フェリクスはクロエのことを好きだと言った。
(いつから? って私が召喚される前からって言ってたっけ。いや、本当に待って、ちょっと整理させて……)
二人の接点なんてほとんどなかったためか全然実感がわかず、混乱するばかりだ。
「ねぇ、レスリーは知ってたの? っていうかなんでそんなに落ち着いてるの?」
「うん、その話はあとで。今はフェリクスの身の振り方だ」
そしてレスリーは立ち上がり、跪くフェリクスを見下ろした。
「フェリクス・ウェリントン。私欲により聖女召喚を助け、それを秘匿してヒマリに近づいた罪は重い。よって沙汰を言い渡す。魔塔の副魔道士の職を解任し、魔法騎士の資格を剥奪。魔塔から追放とする」
「え……?」
予想もしていなかった重い宣告に、私の頭がますます混乱した。
「ちょっと待って、解任とか、剥奪とか、追放って何!?」
「承知いたしました。寛大な処置に感謝申し上げます」
「だから待ってってば! え、フェリクスさん、魔道士やめちゃうの? なんで?」
平然と言ってのけるレスリーも、諾々と受け取るフェリクスにも納得がいかなかった。見上げるレスリーの横顔はひたすら無の表情だ。
「レスリー、あんまりじゃない!」
「なお、加えておまえには私の専属護衛として働いてもらう。今後はその魔力を振るう場はないと思え。未来の王太子、ひいては国王の盾として剣として、私を守ることを命ずる。沙汰は以上だ」
「「は……?」」
私とフェリクスの声が重なった。咄嗟に顔を上げた彼もその目を見開いている。レスリーは嫌なものを追い払うかのように顎をしゃくった。
「聞いただろう。沙汰は以上だと。明日から私の警護役がスタートだ。すみやかに魔塔を去る準備をせよ。ほら、早く行け」
「は、はい……」
狐に摘まれたような表情でのろのろと立ち上がり、フェリクスはなんとか部屋を去っていった。扉を出る際大きく肩をぶつけたけれど、それすらも気づいていないようだ。
残された私も放心状態だ。いろいろ情報過多で頭が追いつかない。
「え、ちょっと、なんで? フェリクスさんってクロエのことが好きだったの? え、もしかしてクロエも? それって両思いってこと?」
「第一声がそれか、ヒマリ……」
レスリーが苦笑しながら私にソファを勧めた。
「ちなみにあの二人は両思いではないよ、まだ、ね」
「両思いじゃないの? じゃあフェリクスさんの片思いってこと!?」
「私の見立てではクロエ嬢も彼のことを憎からず思っているようだけどね」
「えええ!? なんでレスリーそんなこと知ってるの!?」
「ヒマリこそクロエ嬢の近くにいて気がつかなかった? たまにフェリクスの名前が出たときなんかに、クロエ嬢は顔色を変えていたように思うのだけど。あれだけ感情を表に出さないことを徹底している彼女にしては珍しく、ね」
言われて修道院でともに過ごした日々のことを思い出す。フェリクスの話題なんて出したことがあっただろうか。
「ほら、白鳥の館に来ないかと誘ったときに、彼女はフェリクスの前に再び姿を見せられる立場にないと断っていたよね。年も立場も違う二人が顔を合わせる機会なんてそうそうなかったはずだけど、その少ない機会のことをちゃんと憶えているんだなって思ったんだ」
「そういえばフェリクスさん、クロエの元に王家の使者が向かったっていう知らせが来たとき、真っ先に向かおうとしてて……」
私自身が混乱の極みの状態だったから深く捉えていなかったけれど、フェリクスは駆け出そうとしたところをレスリーに止められていた。
「あれは、クロエを心配してのことだったのね」
ちなみにフェリクスがクロエに思いを寄せていることについて、レスリーは早々に知っていたとのこと。聖力制御への協力の勅命を受け取った際、フェリクスはクロエのことも含めた聖女召喚の全容をレスリーに告白し、その上でレスリーに協力を申し出たのだそう。
「ヒマリにはその一部の事情———アウリクス大魔道士が私欲のために召喚したという事実しか告げなかったのは申し訳ないと思っている。ヒマリはクロエ嬢と仲良くしていただろう? 間接的ではあっても、クロエ嬢のせいで召喚されたとわかればいい気はしないかもしれないし、何よりクロエ嬢はもう出家していたから、表沙汰にしたところでどうにもしようがないだろうと、フェリクスの事情については伏せたんだ」
「いや、それは別にどうでもいいよ。それで? クロエとフェリクスの仲ってどうなの?」
「まだ何もないというのが本当のところだろうな。でもこれからどうにかなるんじゃないかな。クロエ嬢はヒマリの侍女になるし、フェリクスは私の護衛になるんだから。会う機会も増えるだろう?」
「あ……そっか!」
確かにフェリクスが魔塔にいるままよりもレスリーの側にいてくれた方が、二人が顔をあわせる可能性はずっと高まる。なぜなら私は今後、王城でお世話になることが決まっていた。王族と同等の身のため学ばなければならないことも多いし、今後の聖女としてのお勤めでレスリーに頼ることもある。すでに王城内に私室を準備中で、国王陛下とセリーナ様にも挨拶済みだ。
「あの二人にはうまくいってもらわないと困るんだよ。エルハルトと約束したからね」
クロエ嬢が真に望む人と結ばれるよう、王太子権限を使ってでもどうにかしないといけないのだとレスリーは語った。
「でもどうせなら私の命令でなく、二人の力で結ばれてほしいと思わない?」
「思う! すごく思う! レスリーの考えに私も協力するよ」
「まずは二人が顔をあわせる機会を増やすところからだけど、そのためには私とヒマリが常に一緒にいた方がいいと思うんだ」
「えっと、それは……」
「ヒマリの部屋、離れた場所を希望してたようだけど、私の隣でいいよね」
レスリーの笑顔の圧に、思わず後ずさった。
「隣はさすがにないでしょ! レスリーと頻繁に顔を合わせるのはちょっと恥ずかしいし、仕事に身が入らないかもだし」
「なんなら夜も一緒にしようか。同じ寝台で眠るのがいいよね。ほら、ヒマリ言ってたでしょ、パジャマパーティだっけ?」
「あれは! レスリーが女の子だったときのことでしょ!」
過去の自分の発言にこんなふうに足を取られるなんて思ってもいなかった。顔から火が出る思いでレスリーを睨みつければ、「そんなかわいい顔で睨まれても」と逆に笑みを深められた。
「パジャマパーティはクロエとします! レスリーは絶対参加禁止!」
「ひどいな。恋人を排除するなんて」
「それとこれとは話が違うし!」
近づくレスリーを押し除けようとするも、たちまち手を取られてしまった。そのままぐっと引き寄せられて、結局彼の胸に顔を埋めてしまう。
レスリーが恋人になってくれたのは素直に嬉しい。けれど。
「最近こんなことばかりだわ」
何かあってもこうして彼に抱き寄せられたら、すべてうやむやにしてしまう。
「これから先もずっとこんなことばかりだよ」
耳元でそう囁かれるのが嫌じゃないから困りものだ。
「レスリー、大好き」
「私の方がもっと好きだよ、ヒマリ」
初めて名前を呼びかわしたときから、きっと私たちは変わっていないのだ。だからこれからも変わらないのだろう。私がレスリーの名前を呼んで、彼が私の名前を呼んでくれる。
それがこんなに幸せだと、天国にいる母に伝えたい。日本にいる父にも自慢してやりたい。
意趣返しにぐりぐりと頭を胸に擦り付ければ、レスリーがくすぐったそうに首を捻った。それを見て溜飲を下げたところで、戻ってきた彼の視線が絡んだ。
———ゆっくりとその吐息が近づいてくる。この世界で初めて私の名を呼んでくれた唇。私は今度こそ身動ぎも抵抗も辞めてそれを待つ。瞳を閉じて、彼から注がれる愛を受け止めて。優しい陽だまりのような心地に浸って、あぁ幸せだなと満たされる。
私は自分だけの太陽を掴まえた。召喚聖女万歳だ。
ちょっと寸足らずな感じですが、これで閉幕とさせていただきます。たぶん伏線は全部回収できたはず。
クロエとフェリクスのこととか、その他後日談はたっぷり書きたいと思うので、もし気に入っていただけたらブクマを残しておいていただけると嬉しいです。レスリーもヒマリも学校に通ってないし、クロエも卒業してないし、学園編とか楽しそうかなと。
続編告知? *読んでみたい!と思われた方はぜひ評価・リアクションで応援してください*
二度の婚約が流れたことで社交界がいばらの場所となってしまったクロエ。聖女ヒマリに仕えることで、国に生涯を捧げる決意を新たにしたとき、ガンナ帝国からイカロル地方の魔物殲滅のための聖女派遣依頼が舞い込みます。ガンナ帝国には大恩があるレスリーとフェリクスも同行した先で、クロエが新皇帝ザイラスに見初められることに。公女として国のためにできることを優先するクロエの出した答えとは——。




