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授業

「カトラリーが複数置いてあるときは、外側から使っていきます。肘をあまりお上げにならないよう、ご注意ください。大きくナイフを動かすのではなく小刻みに何度か。残すのはマナー違反ではありません。カトラリーを一方に寄せて、重ねておきましょう」


 食事の時間、クロエは私の隣や正面の席に座ってマナーのお手本を見せてくれる。


 食事だけではない、手紙の書き方、歩き方、お辞儀の仕方、言葉遣いなど、あらゆる面に渡っての指導をしてくれた。どの面においてもクロエは美しく、そしてすぐに答えが返ってくる。


 修道院の図書館にあったマナーの教本を借りてきて目を通しはしたものの、すぐに必要ないと気付いてしまった。


「そもそもクロエが教本そのものよね。マナーブックが必要ないくらい」


 それ以上の教材が目の前にいるのだからわざわざ読むまでもない。


「ありがとうございます。ですが聖女様も十分整っておられますよ。あとは慣れだけだと思います」

「ありがとう。臨時バイトで鍛えた甲斐があったかも」


 以前の私は女子高生だったが、コネを使って結婚式場の給仕の仕事をすることもあった。いつもの派手なメイクは控えて、その日だけ清楚系のメイクにして、現場に出れば見本になるスタッフを見つけて、言葉遣いやお辞儀などをコピーしていた。


 飲食店で働くよりもバイト代がよかったし、学校が休みの日中、家にいたくない私にとってとても都合が良い時間の過ごし方だった。


 そんな付け焼き刃をクロエは丁寧に褒めてくれた。


 綺麗でスタイルもよく、優しくて控えめで、欠点がない人って世の中にいるんだなと感心してしまう。ここまで超越していたら嫉妬する気持ちにもなれないものだ。マナーだけでなく刺繍や編み物など、この世界の女性の嗜みとされる技術も完璧な上に、深い教養もあって、図書館で借りてきたあらゆる分野の本の中の雑多な質問にも答えてくれる。


 歩くマナーブックだけでなく歩く辞書でもあるクロエは、他の修道女にもよく頼りにされているようだった。


「ほんと、私の付き人なんてもったいないわ。申し訳ないくらい」

「そんな……。聖女様の聖力(せいりき)は、王族の神力(しんりき)や魔道士たちの魔力よりも突出した力です。数百年単位で魔物を退ける大陸結界の力がなければ、この大陸の国々は成り立ちませんもの。このカーマイン聖王国が小国ながら大陸の中で一目置かれているのも、聖女召喚という偉業を成し遂げることができる唯一の国だからですわ」

「でも、今ある結界はあと百年は持つ計算なんでしょう? 魔物の出現も各国にいる魔道士や魔法騎士たちでまだ十分対応できるレベルだって聞いたよ?」


 マナーのほかに地理と歴史の勉強の一環で、カーマイン聖王国や近隣の国々についても学んでいた。


 この大陸には六つの国があり、どの国でも魔物による被害が普段から報告されている。そのため魔物が大量発生する周期に合わせ、聖力を持った聖女を異世界から召喚し、各国の魔道士等と協働しながら魔物を駆逐し、大陸全土を守る結界を強化する必要があるらしい。


 その聖女を召喚できるのがカーマイン聖王国。六ヶ国の中で最も小さく、国力としても強くはない国だが、それでも併合されず他国から一目置かれている理由がそこにある。


 カーマイン聖王国だけが聖女召喚の儀を執り行える理由として、王族が持つ神力が関わっている。神力は目に見える威力を発することはないが、魔力と聖力を増幅させる力があるのだとか。だからこそ聖女の聖力を制御し、魔道士たちの魔力を増強し、魔物の殲滅と結界の強化を可能にするのだ。


 本来なら次の聖女は、結界が綻び始める百年後あたりに召喚されるはずだった。けれど私は魔塔により召喚され、ここに来た。


 なぜ時期違いの今、自分が召喚されることになったのか、その理由は教えてもらっていない。詳しい話を聞く前に、魔塔を離れることになってしまった。


 いつの時代も聖力を有する聖女は大切にされてきた。魔を祓い大陸を守る結界を張り直した後も、生きている間はその結界に聖力を注ぐ必要があったためだ。


 聖力は聖女の心身と連動しているらしい。聖女が不当な扱いを受け、その心身を傷つけられるようなことがあれば、聖力は減退し、結界の質に影響する。そのため王族と同等の地位を与えられ、皆に敬われながら生涯を送る。


 驚くことに、過去に召喚された聖女たちは誰一人として帰還を望まず、この地で天寿を全うしたそうだ。


 大陸の安寧のために、その身を捧げる人生。だからこそ人々は聖女を崇め、大切にしてくれる。


 けれど今の私に、そんな大層な力はない。


「お役目もなければ、その聖力とやらもうまく使いこなせないし……人に怪我もさせてしまったし」


 アウリクス大魔道士の怪我は軽微だったが、ハーラン王太子は重症だ。数ヶ月はベッドの住人となる彼がどうしているのか、誰も教えてくれない。


 王太子を除けば、神力を有する現役の王族は国王ひとりになる。王太子に大怪我をさせてしまった手前、調子があまりよくないと言われている国王が、私の力を制御する手助けをしてくれるとは考えにくい。


「このままここで穀潰し生活を送るしかないのかな……」

「聖女様……」


 大陸結界の強化と、魔物と戦う魔道士たちの補助を全うするのが聖女の仕事だと学んだ。


 だが、未だ結界が丈夫な状況で召喚された私は、誰かを助けることもないまま、暴走する聖力を抱えて、ここで時間を潰すしかない。


(前の世界で働き詰めだったけど、さすがにここまで暇なのは堪えるなぁ)


 身体だけでなく精神的に追い詰められてしまいそうだ。まだ十八の健康体。できることはあると信じたかった。


 知らず知らず溢れる息を、クロエがじっと見ていたことには気づかなかった。





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