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召喚聖女は運命の太陽に導かれて愛を知る  作者: ayame@キス係コミカライズ
第二章

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思惑3(sideレスリー)

 エルハルトは部屋に入るなり、隅にいる書記官に檄を飛ばした。


「書記官殿、すべて記録しているであろうな! 王妃殿下が影に命じてレスリー殿下を弑し奉ろうとした。そなたらの記録が公的な証拠となるのだぞ!」


 睨まれた書記官は弾みでペンを取り落としたが、慌てて拾い直しカリカリと筆を走らせる。それを見た王妃がまたしても喚いた。


「ふざけるでない! (わらわ)はこの国の王妃じゃ! 記録など、妾の命令の前に意味を為すものか!」


 今度は公子に掴み掛かろうとしたのを、入り口から雪崩れ込んだ近衛たちに両側を取り押さえられた。


「放せ! 無礼者! そなたらごときが尊き我が身に触れてよいわけがない!」

「王妃殿下、第二師団長の名の下に貴女様を拘束させていただきます。罪状は許可なく他国の賊を神聖なる王城に招き入れたことです」

「ふん! そんなもの知るか! そもそもそなたは副師団長。師団長の名を勝手に使うこともまた罪であろう!」

「あぁ、ランド第二師団師団長は別件で席を外しているだけです。じきに合流するでしょう。捕縛命令は間違いなく師団長から出ておりますのでご安心ください」

「黙れ! 公子の分際で王妃に逆らうとは! そなたの妹は我が息子の婚約者であろう! そなたにとっても妾は義理の母となる身。王家のスペアのくせに妾に逆らうのか!」

「確かに私と我が家門は王家に忠誠を誓っております。だからこそ、帝国の影が秘密裏に王城を跋扈していることに長年心を痛めておりました。そのため公爵家長子でありながら不肖私めが近衛に志願し、捕縛の機会を窺っておりましたが、その筋の戦い方に慣れておらぬ身には荷が重く、なかなか尻尾を掴むことができずにいたのです。それがここに来て一網打尽にできて、ようやく面目躍如となりました」


 これもすべて影と対峙して善戦した者たちからの情報のおかげですけれどねと、こちらに流した視線を、ルドヴィックの背中から抜け出した状態で受け取れば、公子はそのまま外に向かって声を掛けた。部下とおぼしき近衛たちがやってきて、抱えていたものを部屋に投げ込んだ。


 血に濡れた袋から転がり出たのは、切り落とされた人間の部位だった。


「ひいいっ!」

「な……っ! なんてものを見せるのじゃ!」

「お、おまえら! 今すぐに片付けろ! め、命令だぁ!」


 悲鳴をあげたのは宰相に外交官長、近衛大隊長だ。


「総勢五名。こちらの情報とも合致しています。捕縛と同時に全員が自害しました。奥歯に毒を仕込んでいたようです。死体ごと持ってくるわけにはいかず、このような証拠提示となりましたことご容赦願いたい」


 きりりと引き締まる公子の表情と冷徹な物言いに、宰相たちは顔面蒼白となり押し黙った。そんな中、王妃だけが未だ騒ぎ続ける。


「こんな者どもは知らぬ! 妾は関係ない! 仮に関係があったとして何の罪に問われるというのじゃ! 妾は王妃であるぞ!」

「恐れ多くも国王陛下がお住まいの王城にこのような者どもを招き入れたことが、罪にならぬわけがないでしょう。加えて王妃殿下自身が自白したことを書記官も記録しています。言い逃れできると思わないことですね」

「うるさいうるさいうるさいっ! 妾はこの国の王妃じゃ! 偉大なる帝国の皇女じゃ! 我が息子は聖王国と帝国の血を引く高貴な王太子であるぞ! えぇいっ! そなたでは話にならぬ! 陛下を呼べ!」

「安心なされよ、その願いなら、すぐ叶えられます」


 エルハルトがそう言い放ち視線を入り口に向ければ、皆の視線もまたそこに集まった。「まさか……」という誰かの呟きとともに現れたのは、医師と思しき男に車椅子を押されながら、崩れ落ちそうになる身体を懸命に支える父の姿だった。


「陛下!」

「父上!」


 周囲の目もくれずそこに駆け寄れば、父の弱々しい目線が私を捉えた。


「そなた、レスリーか……。なんと、見違えて」

「父上! 大丈夫ですか!? お身体は……っ」

「うむ。だいぶ弱ってしまい、恥ずかしい限りだが、こうしてまたゲント医師に診てもらうことができて、なんとか持ち直せそうだ」


 父の言に背後を見れば、白い髭を携えた男が頭を下げた。


「第二王子殿下には初めてお目にかかりまする。私はゲントと申します。本来は王家と魔塔専属の医師でありましたが、半年ほど前から王妃殿下と宰相様の命令で陛下の主治医の任を解かれておりました。その間は王妃殿下がガンナ帝国より招聘した医師が陛下の診察をさせていただいていたようです」


 その挨拶を聞いた王妃がまたしても叫び出した。


「へ、陛下! その者は陛下の症状を診ることなどできぬ藪医者ですわ! 帝国の主治医の腕の方が確かだからこそ、その者を追い出したのです! 騙されてはなりませぬ!」

「恐れながら王妃殿下、ガンナ帝国人の医師もまた、第一師団により捕縛されておりますぞ。彼の者には陛下を毒殺しようとした嫌疑がかけられておりますからな」

「なんだと!」


 ゲント医師の説明に思わず王妃を見遣れば、王妃はぎりりと歯を食いしばっていた。その背後ではレンドール宰相が、ただでさえ白い顔をさらに白くしてガタガタと震えていた。


「貴様ら! もしや父上に毒を盛ったのか!」


 怒りのあまりそう詰れば、顔色を変えた王妃が苛烈に言い返してきた。


「ぶっ、無礼者! そのようなこと、妾がするはずなかろう! 下賎の分際で勝手な発言をするでないっ!」

「その件についても取り調べがあるでしょう。お覚悟を、王妃殿下」


 エルハルトがそう通告してもなお、王妃は己を拘束する近衛たちに悪態をつき続けた。それでも自体が変わらぬとわかれば、今度は父王に対して縋りついた。


「陛下! 証拠もなく妾を拘束するこの者たちを今すぐ罰してください! 妾は陛下の正妃であり、我が子ハーランは聖王国の王太子です。国母となる妾にこのような仕打ち……父や兄が生きておればただではすまぬ話です!」

「あー、お話中すみません」


 激昂する王妃の発言を遮るかのように間延びした声が、突如として会議室に割って入った。緊張した空気の間を縫う声の主を辿れば、エルハルトと同じ臙脂の近衛服に身を包んだ体格のいい男が、自分より小柄な人物を拘束したまま部屋に入ってくるところだった。


 細い目をますます細めた男は、周囲を見渡した後、諦めたようなため息を吐いた。


「ここに連れて来いという話だったんで連れてきたんだが……できれば来たくなかった。どう見ても俺、分不相応だろ」

「遅いですよ、師団長」

「おまえねぇ、“王城の門で中に入れろと訴えるガンナ帝国人らしき中年の男が現れるから丁重に捕縛して会議室まで連れてこい”って、どんな指示なの? 丁重な捕縛って何? っていうか俺上司なんだけど、なんでおまえが命令口調なの? そもそも俺、何度も“上司を交代してくれ、俺を降格してくれ”ってお願いしてるよね!?」

「師団長なんてめんど……映えある地位、私のような若輩者には分不相応ですので」

「今面倒って言おうとしたよね!? そっちが本音だよね、エルハルト!」

「お静かに、トール国王陛下の前ですよ。ランド師団長」


 冷静にそう切り返され、師団長と呼ばれた男は悔しそうに歯噛みしながらも、父王に騎士の礼を取った。肩にかかるゴールドの飾緒は、男が師団を率いるトップであることを示していた。


「ランドか、久しいな」

「はっ! 陛下の御前、失礼いたします。神聖なる王城に忍び込もうとするガンナ帝国人らしき者をお連れしました。マテラ皇女様に会わせろと暴れておりましたので、王妃殿下のお知り合いかと思い、このように丁重にご案内した次第であります!」


 そしてランド師団長はようやく、小柄な男の首元に回していた腕を緩めた。ちなみに部屋に入って以降、部下であるエルハルト公子と丁々発止のやりとりをしている間も拘束され続けていた男は、突然の解放に崩れ落ちるように膝をつき思い切り咳き込んだ。投げ出された状態で俯いたまま、ぜぇぜぇと息を乱している。


 皆の注目が集まる中、最初に声をあげたのは、未だ両側を拘束されている王妃だった。


「わ、妾は知らぬ! そんな者は知り合いでもなんでもない! この者こそ曲者であろう! 急ぎ引っ捕らえて首を切るがよい!」

「そ、そんな……マテラ皇女様、私です! 従兄弟のジュールです!」


 息を整えた男が顔を上げた瞬間、会議室内の空気が凍りついた。皆が目を見開き、男の顔に注目している。


(どうした? なぜみんなそんなに驚いているんだ?)


 私ひとり訳がわからないまま、膝をついた男の表情を観察する。聖王国人よりも色素が薄いその風貌からガンナ帝国人であることは間違いない。ホワイトブロンドの髪、薄青の瞳、白い肌。王妃の従兄弟というなら歳は父王とも王妃ともそれほど変わらないのだろうが、そうとは見えぬ若々しさだ。


 屈強な者やふくよかな者が集まったこの場で、華奢で小綺麗な男はある意味異彩を放っているが、ただそれだけだ。なぜ皆が幽霊でも見るかのような目で男を見ているのかわからない。


「ルドヴィック、皆いったいどうしたのだ?」

「……似ているのです」


 背後に従うルドヴィックに小声で尋ねれば、どんな場面でも肝が据わった対応をする彼の声もまた、微かに震えていた。


「似ている? いったい誰に……」


 そう返した瞬間、記憶の一片がある風貌を呼び覚ました。今朝方見た新聞に載っていた3人分の絵姿。あまり似ていない私に比べてクロエ嬢の面影はよく表現されていた。そして、生まれてから一度も顔を合わせたことのない義兄ハーランの絵もまた、よく特徴を捉えていると家人が言っていた。白黒の線画であったためその色合いまではわからないが、帝国人である王妃の血が色濃く出た風貌であると、幼き頃より噂された義兄(あに)


 私は父王に似た。髪の色も目の色も、その他の特徴も、王の若い頃を彷彿とさせると皆が口にする。げんに先ほど王妃もまた私を見て「陛下」と言いかけた。


 そんな私とは対照的な、目の前で膝をつき王妃に縋ろうと声をあげる男は、義兄ハーランの絵姿とそっくりだった。





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