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修道院

2025年4月27日に一章二章を統合させる改稿を行いました。この回は旧作品の複数回分を一話に統合しています。

 馬車に揺られること半日、目的地であるフィラデルフィア女子修道院に着いた。


 馬車に付き従っていた魔道士たちは、修道院の敷地の前で停止した。中にはフェリクスもいたはずだ。彼にも、他の魔道士たちにもお礼を言いたかったが、対峙して悲鳴を上げない自信がなかった。伝言で伝えるよりほかないと諦める。


「ようこそ聖女様。おいでを心より歓迎いたします。修道院の院長であるカミーラと申します」


 院長と名乗った女性は、四十代くらいの聡明な印象の人だった。


「聖女様をお迎えできましたこと、フィラデルフィア女子修道院の誉にございます。修道院という場所である以上、ご不便をおかけいたしますが、つつがなくお過ごしいただけるよう、私どもも精一杯努めさせていただきます」

「こちらこそ、突然お邪魔してしまって、申し訳ありません」

「聖女様が謝罪なさることなど、何もございませんよ」


 そうして院長は微笑む。第一印象から厳しい人かと思ったが、その瞳には私のことを心配する色が浮かんでいた。


「何かご入用のものやご用事などありましたら、私かここにいるクロエにお命じください。クロエ、挨拶を」

「はい。聖女様、クロエと申します。ご滞在中、私が身の回りのお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 カミーラ院長から紹介されたのはまだ年若い女性だった。院長と同じ濃紺のワンピースに白い襟という修道服に身を包んでいる。


 修道女の被り物であるウィンプルの端から見えるボブカットの髪は綺麗な銀色をしていた。伸ばせばさぞかし美しいだろうという色艶だ。伏せていた瞳が開いた瞬間の紫紺の色も美しい。


 マルグリットやエラ先生も十分美しかったが、クロエはさらに群を抜いていた。西洋のビスクドールがそのまま大きく麗しくなったような表情に、同性の自分でもどきりとさせられた。


 一瞬返事を返すのが遅れた隙に、カミーラ院長から「お疲れでしょう、すぐにお部屋にご案内いたしますね」と労りの言葉をかけられ、移動を促された。





 女子修道院での生活は穏やかだった。


 魔塔から付き添いでやってきたエラ先生は、私の生活が落ち着いたことを確認した後、王都へと戻った。女性医師はまだまだ少なく、貴族女性たちからの需要が高い彼女は、長く王都を空けられない事情があった。


「よろしいですか、聖女様。たっぷりの睡眠と滋養ある食事を心がけてください。聖女様は少し痩せ過ぎでいらっしゃいます」


 清貧を慣わしとする修道院でありながら、成長期(というにはもう十八歳なので無理がある気もしたが)の私には特別仕様の食事が用意されるよう、エラ先生が手配してくれた。今後は月に一度往診してくれる予定だ。何かあればすぐに連絡をしてほしいと何度も繰り返して、先生は王都へと帰っていった。


 一番信頼していた人がいなくなってかなり寂しい気持ちになるも、修道院の規則正しい生活に慣れることで、少しずつ現実を受け入れることができた。


 さすが修道院ということで朝は早く、五時には起床の鐘がなる。修道女ではない私はゆっくりしてくれていいと言われたが、音がなればさすがに起きてしまう。聖女の安眠のために鐘を鳴らさないようにする案も出たが、丁重に断った。以前の私も四時半には起きる生活で、早起きは苦手ではない。


 修道女たちは朝から晩まで一日中働いていた。座るのは食事とミサのときくらいだ。畑や果樹園、家畜の世話などの肉体労働もある。夕食を終えて就寝の二十一時までが自由時間だ。自由とはいえテレビやスマホなどの娯楽があるはずもなく、書物の持ち込みも制限されている。知人に手紙を書いたり、私物の繕い物をしたりしながら過ごす人が多いそうだ。


 ここは修行を主とする修道院のため、教会や建物全体への一般市民の入場はできないことになっている。当然修道女たちが建物の外に出ることも、外部の人間と交流することもない。まさしく陸の孤島だ。


 朝が早いのは苦でない私だが、夜が早いのは困りものだった。以前は深夜までバイトすることが多かったので、睡眠時間は一日三時間程度。足りない分は学校の休み時間に寝溜めしていた。


 だがここにきて急に規則正しい生活となり、かつ、お客様扱いの自分はやることがない。


 一週間もする頃には飽きて、世話係のクロエに「何かやらせて」とねだるようになった。クロエがカミーラ院長に相談したところ、院長から意外な提案をされた。


「聖女様さえよろしければ、この国のしきたりやマナーについての勉強はいかがでしょう。聖女様は王族と同等のお立場の方でいらっしゃいます。いずれそうした方達と同席される機会も出てくるでしょうから、学んでおいて損はないと思いますよ」


 確かに自分の身分はこの国においてとても高いと聞いている。修道院から一歩も出られない身で先のことを考えるのもどうかと思うが、この国で暮らすと決めた以上、学んでおきたいことのひとつかもしれなかった。


「講師役はクロエが適任でしょう。彼女は年若いですが、この修道院で最も貴族女性のマナーに精通しております」

「クロエが?」

「聖女様のお役に立てるかどうかわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」


 言いながら軽く会釈するその姿も確かに美しく、院長が褒めるのもよくわかる。私より背が高く、百七十センチ以上はあるクロエは、後ろ姿や歩き姿からして美しかった。ここにはたくさんの修道女が暮らしており、皆同じ修道服を着ているため、余計にその立ち居振る舞いの差が目立つのだ。


 だからこそクロエと、加えてカミーラ院長の姿は突出して綺麗に見えた。同じ貴族でも身分差があると以前教えてもらったので、二人はいわゆる高位貴族というものかもしれない。


 クロエの美しさと気品に気後れしたこともあって、出会ってすぐは敬語で話そうとした私だったが、とんでもないことだと頑なに固辞されてしまった。ここでの私はクロエの主人に当たるらしく、カミーラ院長にも諭されてしまい、それ以来、クロエにはごく普通に話しかけている。友達のように打ち解けてほしいなとも思ったのだが、それも無理な話らしい。


 そもそも私ときたら、以前の世界でも親しい友人と呼べる人がいなかった。高校でもぼっちだったし、バイト先の飲食店で、気さくに話せる常連の人が多少はいたものの、皆社会人で友達というには無理があった。


 家を出て進学できれば人生が変わると、親友と呼べる人だってできると、信じていたあの頃。


「聖女様?」

「ん? あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって。クロエが教えてくれるなら安心よ。どうかよろしくね」


 友達として接することは許されなくても、彼女からいろいろ教えてもらううちに、もっと打ち解けることはできるかもしれない。


 小さな期待を感じながら、新たな予定に胸を躍らせた。





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