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召喚聖女は運命の太陽に導かれて愛を知る  作者: ayame@キス係コミカライズ
第二章

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出発2(sideレスリー)

 一人になったのも束の間、すぐに私の部屋を訪れる人があった。


 扉を開けてその人を迎え入れる。


「レスリー……」

「母上、どうぞ」


 ミアを連れた母は固い表情のまま部屋に入ってきた。フェリクスの姿は見えない。これからここで行われることを前に遠慮したのだろうと推察する。


「明日の馬車割りのことは?」

「えぇ、フェリクス様から伺ったわ。ヒマリ様とはゆっくりお話をしてみたかったから、同乗できてとても嬉しいの。あなたには悪いけれど」

「……いえ、ヒマリのこと、よろしくお願いします」


 私が頭を下げれば、頷いた母は背後に控えたミアを振り返った。彼女の手元にはトレイがある。


 再び私に向き直った母の顔にも微かな緊張があった。


「とりあえず、座りましょうか」

「えぇ」


 私は執務用の机から椅子を引き出し、部屋の真ん中に運んだ。その間に母がトレイから銀色の鋏を取り上げた。母に背中を向けて座れば、首筋にその手が近づくのを感じて生理的な身震いがした。


 母の手は首筋ではなく、ひとつにまとめていた私の髪に触れた。


「……綺麗な髪ね。あの方と同じ色。あなたがこの髪色と紫紺の瞳を持って生まれてくれたとき、私、本当に嬉しかったの。もちろん、どんな色彩で生まれてもきっとかわいいし愛しいとは思ったでしょうけれど、それでも、とても嬉しかったのよ」


 金の髪と紫紺の瞳は王家に出やすい色だ。それをいつしか呪いのように感じていた自分を思い出し、気まずさを感じた。


「……私はこの色を疎ましく思っていました。王家の色を受け継いだところで私が王族として立つことはないし、男子として何かを為すこともない。そんな私にこの色は無用の長物だとずっと思ってきました。ですが……」


 この色があったからこそ、自分は立ちあがろうと決意したのだと思う。いろんな物に後押しされていることに気づいた今、心はすでに変わっていた。


「今はこの色が何よりの誇りです。父上と母上の息子であることを、こんなに感謝したことはありません」

「レスリー……っ」


 私が悩むのと同じくらい、いや私以上に母の葛藤は強かったはずだ。背後で私の髪に触れる母の手が震えるのを感じて顔を上げた。


「だからこそ母上にお願いしたいのです。……どうか」

「えぇ、えぇ。私以外に任せてなるものですか。これは私がやらねばならぬことです。16年前、あなたにかけてしまった枷を外すのは私の役目です」

「母上、枷などと……」

「この重たき枷を外したあなたが大空へと飛び立つ姿を見せてちょうだい。きっとそのとき、この髪は何よりも輝く太陽となりましょう」


 強く言い切った母は、その勢いのまま結ばれた私の髪の根本に鋏を入れた。ひと切りごとに軽くなる感触に、過去の疎ましい感情が流されていく。


 いつから伸ばし始めたのかも憶えていないその重さは、確かに私の枷だったのかもしれない。だが鋏も剣もいつだって私の身近にあった。外すきっかけはいくらだってあったのに、それをしなかったのは私自身だ。


 両親を責める気にはなれなかった。自ら選んで身に纏っていた枷が今、ざくりという最後の感触とともに背中から完全に消えた。左右に頭を振れば今まで味わったことのなかった軽やかさを感じて、今度は武者震いがした。


 振り返れば母が、髪紐でひとつにまとまったままの金の髪を胸に抱き抱えていた。


「レスリー、お願いがあるの。この髪を、母にくれませんか」

「それをですか? 別にかまいませんが……」


 元より大切にしていたわけでもないし、切り落とした髪になど興味はない。短くなった毛先が新鮮で指先で弄んでいれば、母の唇がさらに震えた。


「これは私の罪の象徴。この髪を、棺の中まで持っていくわ」

「母上、なんということを……!」


 縁起でもないと喰ってかかれば、母は緩やかに首を振った。


「けれどこれが罪の象徴ではなく、希望の象徴に変わるのだと信じています。レスリー、いつか私が眠りにつくときには、この髪と希望を抱いたまま逝かせてちょうだい。決して絶望と罪に苛まれたままで私を見送らないと約束して」


 震えを押し殺すかのように私の髪を強く握りしめる母の手は、白く硬くなっていた。この髪に込めた思いを罪とするのか、希望とするのか。私の双肩にまたひとつ、成し遂げねばならぬことがのしかかった。


 だが今、この重さは枷などではない。私を前へと押し出してくれる力だ。


 金の髪を太陽に称えてくれた母のために、強く頷く。


「必ず」


 白くなった母の手を取り、涙をこらえた瞳を近くで捉える。その位置はもう私より低くなっていた。手のひらを開いて痛ましいほどの爪の跡をなぞれば、母もまた私の手を握り返してくれた。


 すでに私のものではなくなった髪と母の手に触れて、この人を罪とともに死なせるものかと奥歯を噛み締めた。小さくなった母を髪ごと抱きしめれば、私の胸の奥でまたひとつ、強い決意に火が灯った。




母セリーナの思いはもう少し深く書きたかった部分ではありますが、今はこのあたりで。

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