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召喚聖女は運命の太陽に導かれて愛を知る  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章

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決心

 白鳥の館での一泊研修を終えた後、いつものように修道院に来てくれたレスリーとお茶の準備をしてくれたクロエを前に、私は自分の決意を表明した。


「私、魔塔に戻ろうと思うの」

「えっ!?」


 二人の声が重なり、がちゃっと茶器がぶつかる音がした。きちんとしたマナーを徹底している彼女たちには珍しいことだ。


「ヒマリ、今なんて……」


 レスリーが掠れた声をあげる。クロエは目を微かに見張ったのみで、私の言葉を待っていた。二人の表情は似ているが、表情豊かなレスリーと常に感情を表に出さないクロエは、まとっている雰囲気が違う。髪の色も相待って、レスリーが太陽ならクロエは月のようだ。


 タイプの違う少女たちにずいぶん助けられて、私は心身ともに回復した。聖力を暴走させることももうない。だとすれば次にどうするか。それを考えたとき、驚くほど自然に答えは定まった。


「そろそろ魔塔に戻って、私に与えられた仕事をしようかと思って」


 聖女の役割は蔓延(はびこ)る魔物と戦う魔導士や魔法騎士たちを聖力で助け、大陸に結界を張り続けること。幸い今は魔物が活発化する時期ではないため前者の仕事は求められていない。後者の結界もあと百年は持つそうだが、今のうちに聖力を注げば多少なりとも補強になるのではないだろうか。それがこの世界の助けになるならやってみたいと思った。


 聖女は無条件で大切にされる国だから、このまま修道院で穏やかに暮らし続けても文句は言われないかもしれない。だがそんな生き方を望むかといえば答えはノーだ。


「私、日本にいたとき看護師を目指していたって言ったでしょ? 看護師の学校は学費が無料だったから選んだっていうのが一番大きいんだけど、それ以外にも誰かの役に立ってみたいなって気持ちがあったのも本当なんだ」


 日常生活があまりにも厳しすぎて、誰かを助けるよりも助けてほしいと思うことの方が多かった。そんな自分が逆に誰かを助けられる存在になれるなら看護師はぴったりだという、我ながら安直な考え方ではあったが、その夢が生きる支えになっていたのは確かだ。この世界にも医師の手助けをする仕事はあるそうだが、私の置かれた立場でその夢を叶えるのは難しいだろう。


 それなら私に何ができるのか、考えてみるまでもなく、答えはすでにあった。


「いろいろ考えた結果、私に聖女としての能力があるなら、それを活かして生きていきたいと思ったんだ。召喚の際のごたごたはあったけど、私をあの世界から連れ出してくれたのは確かにこの国の人たちだから、その恩に報いたい。だから……」


 気持ちは揺るぐことなく固まっている。だがそれを口に出すには少しだけ勇気がいった。ただ、ずっと逃げていたことにきちんと向き合うために必要なことなのだと、もうわかっている。


「まずはフェリクスさんに会ってみようと思う」


 この世界に私を召喚したのは魔塔。聖女の身の置き場は魔塔か王家ということになっている。王家に足を踏み入れるのは難しいが、魔塔なら私の場所があるかもしれない。魔塔のトップであるアウリクス大魔道士は私に関する責任をフェリクスに押し付けていた。話を進めるなら彼を窓口にするのが自然だろう。


 そんな私の決意に、クロエが青い顔で口を挟んだ。


「ヒマリ様、失礼ながらこちらにいらしてまだ半年ほどしか経っておりません。ご無理はなさらなくても……」

「ありがとう、クロエ。でも、私は十分回復したから。それにフェリクスさんなら、いろいろ大丈夫なんじゃないかって思うんだ」


 ハーラン王太子や父のことを気にしているのであろうクロエは、ひどく憂い顔だ。ゲント先生やフェリクスから逃げてきた私が、またあの世界に帰ろうとしていることを心配してくれているのだとわかった。それでもこの修道院はいつまでもいていい場所じゃない。


 決意した今だからこそ、すぐ行動に移したい。強い気持ちで顔を上げれば、それまで押し黙っていたレスリーが長い息を吐いた。


「わかった。わたくしはヒマリの意志を尊重する」

「レスリー、ありがとう」


 どこか暗いクロエの瞳と比べて、レスリーのそれには強い光があった。この数ヶ月で幼さがずいぶん抜けて、凛々しい表情が際立つようになった。これが王家直系の血筋かと思わせる変化に、私もまた負けてはいられないと感じた。


「フェリクスとの面会の件だけど、わたくしにセッティングを任せてもらってもいい?」

「レスリー、フェリクスさんを知ってるの?」

「えぇ。ヒマリには内緒にしてたんだけど、実は彼、よくこちらに来ているのよ。今日も麓の街の宿屋に滞在してるわ」

「えっ、そうだったの?」

「彼はヒマリをカーマイン聖王国に召喚するのに力を使った主要メンバーでもあるし、魔塔のナンバー2でもあるし、聖女の処遇に関する全権を任されてもいる人だから、ずっとヒマリのことを気にかけていたのよ。よくうちにも訪ねてきていたから、わたくしもヒマリとのことを直接報告してたわ。あの、ごめんなさい、これだとなんだか密告していたみたいね」

「ううん、それはいいよ。カミーラ院長からも魔塔のフェリクスさん宛に報告を上げているって聞いてたし。でも、そうなんだ、こんな近くにずっといてくれてたんだ……」


 意外な事実に胸のうちが軽くなる。レスリーがさらに説明を重ねた。


「まずフェリクスに会うっていうのはいい人選だと思う。彼ならヒマリが魔塔に帰ってからもいろいろ便宜を図ってくれるだろうし。とても信頼できる人だから、安心して任せられるわ」

「レスリーはフェリクスさんのこと、よく知ってるのね」


 魔塔の副魔道士と、離宮からほとんど出たことがないはずのレスリーに接点があったのだろうかと首を傾げれば、私が修道院に来てからちょくちょく顔を合わせるようになったのだという。王家の離宮である白鳥の館には、王城や魔塔と即座に連絡がとれる魔道具もあるそうで、それを借りるために屋敷を訪れることも多かったそうだ。


 そういえば先ほどからレスリーは彼のことを呼び捨てにしていた。フェリクスは伯爵家の出身で魔塔の副魔道士。レスリーは国王陛下の娘だけど立場上は男爵令嬢。どちらが上の身分なのかよくわからないが、呼び捨てにするってことはレスリーの方が上になるのか、それとも身分が関係ないほど仲が良いのか。


 改めてフェリクスのことを思い出す。光の加減で青くも見える黒髪を軽く流した、涼やかな銀の瞳を持った人だった。魔法騎士という職業柄か立派な体躯をしていたが、不思議と威圧感を与えてくることはなかった。それは彼の律儀な織り目正しい態度のおかげだったかもしれない。


 そんな彼がレスリーとよく顔を合わせていたと聞いて、ふとその光景を想像してしまった。波打つ金の髪に整った容姿をしたレスリーが、彼の前でふわりと笑う。紫紺の瞳と銀の瞳が交わって、どこか冷たい印象も与える彼の表情が揺らぐ———そんな場面を思い浮かべて、胸がざわりと騒いだ。


「ヒマリ? どうかした?」


 レスリーの声は相変わらず少し掠れていた。白鳥の館に一泊して以降、よくなる気配はない。


「あ、ううん? なんでもないよ」

「そう? ならいいけど……。そうね、じゃあさっそくフェリクスと連絡をとってみるわね。ヒマリ、近いうちにまたうちに来られるかな? ミアを迎えに行かせるから」

「フェリクスさんの予定は大丈夫なの?」

「ヒマリが呼んでるって聞いたら、あの人、飛んでくるわよ」


 そう言ってけらけら笑う彼女の姿を見ても、胸はざわりとしたままだ。いったいさっきから私はどうしてしまったのだろう。レスリーとフェリクスが仲がいい様子を想像して、焦りのようなもどかしいような、妙に掻き乱された気持ちになる。


 忘れられた王女として過ごしてきたレスリーが、王都の魔塔の実力者であるフェリクスと交流するのは、彼女の世界を広める意味でもいいことだ。レスリーの助けになってくれる人が増えれば、彼女はあの離宮からもっと日の当たる場所へ出ていけるかもしれない。


 応援したいのに、言葉にできないのはどうしてなのだろう。


 なんとも微妙な気持ちのままレスリーから目を逸らせば、彼女の隣で固まったように戸惑っているクロエの姿が目に入った。クロエの紫紺の瞳もまた虚ろで、どこを見るともなくぼんやりとしている。


「そうだ、クロエさんはやっぱり、うちには来られない?」


 レスリーがそう問い掛ければ、クロエは驚いたように身体を揺らせた。


「は、はい。私はこの修道院からは出られない身ですので、お邪魔することはできません」

「そうよね、残念だわ。フェリクスにも会わせたかったのだけど」

「とんでもございません。私は……ウェリントン副魔道士様の前に再び姿を出せるような立場ではありません」


 硬い声が微かに震えていた。いつも落ち着いているクロエには珍しいことだ。レスリーはそれ以上は追求せず、私も胸のもやもやをどう扱っていいものやら悩んで、結局何も言えないまま飲み込んだ。


 いずれにせよフェリクスに会わないことには前には進まない。レスリーの提案は渡りに船だった。




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