表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/72

聖力

2025年4月27日に一章と二章を統合させる改稿を行いました。この回の変更はほぼありません。

 パリンっと派手な音をたてて、手元のコップが割れた。


「聖女様! 大丈夫ですか!」


 部屋にいた魔道士のマルグリットとエラ先生が、すぐに駆けつけてくる。


「うん、大丈夫です。ごめんなさい、またやっちゃった」

「聖女様のせいではありませんわ。聖力(せいりき)はとてもコントロールが難しいと言われていますもの」


 マルグリットが割れたコップを片付ける間に、エラ先生が手の怪我の具合を確認してくれた。初めてコップを割ったときは勢いでざっくりと手のひらを傷つけてしまったが、三度目ともなれば変な意味で慣れたのか、咄嗟に身体を庇えるようになった。


 異世界から召喚されて三日目。ベッドから起き上がることができるようになり、食事もしっかり食べられるようになった。退屈凌ぎにマルグリットやエラ先生からこの世界の話を聞けたおかげで、異世界に召喚されたという実感も湧いてきた。


 それはいいのだが。


「聖力って、もしかして役立たずな能力なんじゃ?」


 聖女と祀り上げられている自分には聖力という力が備わっている。魔物に対抗する力らしいのだが、それ以外にも無駄に発揮されてしまっていた。


「コップが三個、カトラリーが五個、ペンが五本、カーテンが一枚、本が二冊……」


 この三日のうちに私が壊してしまった物の数だ。少し物理的な力を入れてしまうと割れたり折れたり曲がったり破れたりしてしまうこの無駄な力が、聖力の片鱗らしい。


「大丈夫でございますよ、聖女様。聖力の制御の方法を覚えてしまえば、そのうちなんの問題もなくなります」

「歴代の聖女様方の日記にも、はじめは制御に苦労したと記載がありますものね」


 学習用にと、マルグリットが魔塔の研究室から借りてきてくれたのは、過去に召喚された聖女たちの残した記録をまとめた書物だった。確かにそこにも、聖力のプチ暴走を起こして物を壊してしまったり人を傷つけてしまったりという記述があったが、それも王族の神力(しんりき)を借りて、聖力をコントロールできるようになると収まったとある。


「あの、私もこの聖力を制御できるならしたいんですけど、それには王族?の人たちの力が必要なんですよね」

「え、えぇ……」

「それは……はい」


 だがこの話を振ると、マルグリットもエラ先生も言い淀んでしまい、深くは聞けずにいた。王族という立場の人の話だから、下級貴族の出だという彼女たちには口に出しにくいのかもしれなかった。


 そうやってゆっくり身体と知識をこの世界に慣らしているところに、二日ぶりにゲント先生がやってきた。


「アウリクス大魔道士様が、聖女様への面会を希望されておりましての」

「アウリクス大魔道士様? それって、この神殿で一番偉い方、でしたっけ?」

「左様です。そして貴女様を召喚なさったあの場で、貴女様に真っ先に近づいた男性と聞いております」

「あぁ、あの人……」


 薄青のごてごてしたローブ姿、大きな身体に浅黒い肌、こめかみに目立ち始めた白髪。それが以前の世界で自分が最も忌み嫌っていた人物と重なり、その手を振り払おうとしたことは憶えている。


「聖女様はあのとき、聖力を暴走させたそうですな。幸い小さなものでしたので大事には至りませんでしたが、その際、アウリクス大魔道士様の顔を傷つけたそうにございます」

「えぇ!? そうなんですか? 私ってばなんてことを……」

「いえ、聖女様は悪くはありませぬ。不用意に近づいた大魔導士様の自業自得のようなもの。それに、大魔道士様も稀代の魔法使いのお一人でいらっしゃいます。幸い魔力と聖力は親和性が高いもの。魔力持ちからすると聖力で攻撃されたとしても大きな怪我にはなりえません。ただ、大魔道士様はやたらとプライドが高いお方でしての。聖女様に対し、一過言はあるやもしれません」

「それは、はい。私も悪かったことですから」


 大魔道士とはこの神殿のトップで、その地位は王族に次ぐとされる。聖女は王族と同等らしいので、本来なら聖女の方が立場は上になる。だがそこは異世界から来たばかりの十八歳の娘と長年の権力者。世界観に慣れておらずとも、それくらいの空気は読めた。


「誠心誠意、謝ることにします」

「申し訳ありませぬ、本来なら聖女様の静養中と、面会を断るべきなのですが、さすがにこれ以上、トップの大魔道士様を蚊帳の外に置くことはできず……」


 自分が取り乱さないよう、今まで面会謝絶を押し通してくれたのはゲント先生だ。時の権力者相手に大変だったことは想像できる。


「アウリクス大魔道士様と共に、先日御前に見えたフェリクス・ウェリントン副魔道士殿も来るそうです。今回の聖女召喚には、神殿随一の魔力持ちとされるウェリントン副魔道士殿の功績が大きかったとのことですからの」


 フェリクス・ウェリントン副魔道士と聞いてすぐに思い出せた。青の髪に銀の瞳の、魔法騎士と名乗った彼だ。気を失って以降、彼に会うのは初めてだ。


 その日の午後、部屋に彼らがやってきた。






「ふん、寝込んでおると聞いていたが、ずいぶん元気そうではないか」


 居丈高に見下ろしてくるのはアウリクス大魔道士。魔塔のトップで、私を召喚した人だ。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。あの、お怪我は大丈夫でしょうか」

「……本来なら大魔道士であるこの私を傷つけた者など、極刑に値するのだがな。そなたが聖女であることに免じて特別に許してやる。だがその力は物騒だ。早々に制御の術を身につけるように」


 人に命令し慣れている強い口調で、まだ言い足りぬとばかりに彼は言葉を続けた。


「まったく、召喚後には王族に謁見させ、すぐに他国にも聖女召喚という私の偉業を知らしめるべくそなたを披露する手筈であったというのに。この私に無駄な時間を過ごさせていることを肝に銘じて、今すぐよりしっかり学べ。フェリクス、後は任せたぞ」

「御意」

「あぁ、それからわかってはいると思うが、制御が身につくまでは魔塔から外に出すな。不覚だったとはいえ私を傷つけるほどの聖力だ。聖女が一歩でも外に踏み出せば、辺りが木っ端微塵だ」


 それだけ言って大魔道士は部屋を出て行った。


 彼がいなくなったとたん、緊張していた空気がふっと緩む。


「ふむ、思ったよりもあっさり終わって何よりじゃな」


 ゲント先生が呟くと、マルグリットやエラ先生も「本当に」と頷いた。


「聖女様、体調の方はいかがでしょうか」


 ウェリントン副魔道士にそう問われ、私は頷いた。


「おかげさまで、しっかり回復しました」

「そうですか、よかったです」

「あの、ウェリントン副魔道士様」

「私のことはフェリクスとお呼びください。聖女様の方がお立場は上でいらっしゃいます」

「あの、私のいた世界では年上の方を呼び捨てにするような風習がないのです。ゲント先生やエラ先生のことも先生と呼びますし、マルグリットさんも敬称で呼ばせてもらっています。フェリクスさん、とお呼びしては駄目でしょうか」

「……わかりました。聖女様の御心のままに」


 返事をしながらフェリクスが少し笑った気がした。冷たい印象の彼が微笑んだことが意外で目を丸くすると、「失礼」と咳払いされた。


「かつての聖女様方の記録の中にも、同じことをおっしゃった方がいらしたとありましたので。聖女様方の世界には身分がなく、目上の者を敬う風習があると」

「そうですね。身分がまったくないわけではないですけど、この世界のように貴族と平民という括りはないですね。王族はいますけど、この世界みたいに王族の言うことは絶対、とか、王族とその他の人々の命の重さが違うとか、そういうことはないです」

「そのような世界は我々には無秩序にも思えるのですが……いや、きっと我々が考える以上の歴史やしきたりなどがあった上で成り立っている世界なのでしょう」

「私にはこの世界の方が驚きです。特に聖女なんて、お話の中だけのことだと思っていました」


 平凡な少女が異世界に召喚されて聖女として活躍するという小説や漫画が、以前の世界にたくさんあったことは知っている。自分は女子高生だったが、キラキラJKではなく、夜遅くまでバイトしながら学校に通う身だったため、エンタメ系の知識はほぼない。


 もっと普通の高校生活が送れていたら、この召喚騒ぎにもすんなり順応できたのかもと思うが、考えても仕方のないことだ。


「それより、さきほどアウリクス大魔道士様がおっしゃっておられた、聖力のコントロールのことなんですけど」

「はい。そのことですが……ハーラン王太子殿下にご尽力いただくことになりそうです」


 フェリクスの言葉に、緩んでいた空気が再び締まるような緊張感が走った。


「ハーラン王太子殿下か……その他の人選は」

「ゲント先生もご存知かと思います。トール国王陛下のご体調は万全でなく、お持ちの神力がどれほど有効か計れません。その他の王家に連なる身分の方々は、こちらも神力の量に不安があります。アウリクス大魔道士様がおっしゃった通り、油断なさったとはいえあの方が傷つくほどの聖力を、今代の聖女様はお持ちです。となると王家の直系男子であらせられるハーラン王太子殿下が相応しいと思われるのですが、ただ」


 言葉を切ったフェリクスだったが、隠すわけにもいかないと再び切り出した。


「マテラ王妃殿下が反対されていますので、すぐには難しいかと」

「王妃殿下か。彼の方はそもそも聖女召喚にも反対しておられたな。後百年は持つと言われている結界があるのに、何故聖女召喚を今代で行わねばならぬのかと、珍しく真っ当な指摘だと思っておったがの。……とはいえ、召喚されてしまった以上は王家の責とてあるというもの。いくら出身はガンナ帝国の元皇女だからといって、この国の王妃となられた以上、聖女様の扱いについて、王家のしきたりを曲げる言動は許されぬものじゃが」

「王妃殿下曰く、唯一の跡取りであるハーラン王太子殿下に何かあればどうするのかと」

「王太子殿下の持つ神力は、聖力を制御するのを手伝うものじゃ。聖力によって傷つけられることはないと、歴史が示しておるだろう。アウリクス大魔道士様の件は、本当に単なる事故だ」

「おそらく王妃殿下のご意見は建前でしょう」

「ふむ。本音は、愛息子がしでかした例の騒動がまだ収まりきっていない状況で、また問題を起こされては収集がつかない、というところかの」


 ゲント先生がそう締めると、辺りに暗黙の了解の空気が漂った。


「あの……」


 私がそっと声をあげると、フェリクスが慌てたように付け加えた。


「申し訳ありません、聖女様。すでにご存知かと思われますが、聖力の制御には王族の力が必要不可欠です。ですが、この国の王太子であらせられるハーラン殿下の都合が今の所つかず、すぐさまというわけにはまいりません」

「まぁ、仕方ないですよね」


 話をまとめれば、この国の王家には一人息子しかおらず、その人が王太子であるのだが、母親である王妃が、息子を得体の知れない聖女に近づけるのを恐れている、ということらしい。ほかにも例の騒動がどうこうという話もあったが、それ以上に私には気になることがあった。


「先程アウリクス大魔道士様が、私が魔塔から一歩でも外に出たら辺りが木っ端微塵だとおっしゃっていましたけど、本当なんですか」

「それは……ある意味本当です。聖女様の聖力は、対魔物用ですので、一般の民や世界にとっては巨大すぎるのです。ですが王族の神力を借りてきちんと制御できるようになれば、問題なく自由に出歩けるようになります」

「ということは、今の段階で外に出ると、本当に周りが壊れてしまう、と」


 今朝も壊してしまったコップのことを思い出す。魔塔には魔道士たちが結託して作り上げた結界が張られているそうだ。その中にいるから、聖力のコントロールが甘くても軽微な被害で済んでいるらしい。


「何もまったく外出ができないわけではありません。私のような魔道士が聖女様の周りに小さな結界を張って一緒に移動すればなんとか……」

「それなら、マルグリットさんが一緒なら外出できるんですか?」

「聖女様、申し訳ありません。私の魔力では聖女様を覆う結界を張ることはできないと思います。ウェリントン副魔道士様くらいの魔力持ちの魔道士が数人かかって、丸一日程度ならいけるかと思いますが」


 結界を維持するには魔力を大量消費するそうだ。外出のたびに魔道士たちが魔力切れを起こして倒れるなんてことになったら大変だと、私も状況を理解した。


「すみません、諦めます」

「ご不便をおかけして申し訳ありません。魔塔以外で聖女様が過ごせる外の場所というと、隣にある王城か、神殿や修道院ということになります。もし外出されたいというのでしたら移動中の結界を我々が維持いたします」

「いいえ! 大丈夫です」


 王城など恐れ多いし、神殿や修道院とやらに行ってみたいわけでもない。ちなみに神殿は修道院の総本山で、修道院は出家した人々が神を慕い修行する場所とのこと。王族由来の神力による結界が維持されており、魔力同様、神力と聖力の親和性も高いことから、まだ力の制御が甘い聖女が訪れても建物を破壊するようなことにはならないと説明された。


 誰かを傷つけたり、いたずらに物を壊したりするのは本意ではなかった。王太子殿下とやらが手伝ってくれるまでは、この魔塔の中でおとなしくしているしかない。


 そう思っていたのだが。


「おまえが召喚された聖女か。王太子である私がわざわざ出向いてやったぞ、ありがたく思え」


 豪奢な衣装をまとった居丈高な男が、知らせもなく私の部屋に現れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ