自覚(sideレスリー)
2025年4月27日の改稿で、レスリーsideの話を一章に統合させました。旧作品を途中までお読みだった方は、一章「出会い」の回かた読み直していただけますと展開がわかるようになっています。
アダム先生から王太子として立つための秘策を授けられた後。
フェリクスも巻き込んで大きな賭けに出る一方で、ヒマリの処遇もまた最優先事項として考えていかねばならなかった。フェリクスの情報操作で、ヒマリの聖力制御は未だ完全ではないことになっているが、いつまでも隠し通せるものでもない。
彼女が聖力制御をものにして独り立ちできると大々的に知られればどうなるか。聖女を取り込もうとする勢力が出てくる可能性は大きい。その筆頭となるのが王妃だ。愛息子に怪我を負わせた聖女を快く思っていない事情はあれど、いずれ男であることを表明する私の傍に聖女がいることを良しとしないだろう。そうなるくらいならヒマリを取り込んでハーラン王太子の地位を盤石にし、ついでに私の出鼻をくじく方向へ舵を取らないとも限らない。
そう考えた私たちは、ヒマリを白鳥の館で保護する計画を立てた。その前段階として、彼女の行動範囲を少しずつ広げていくことにした。
いきなり離宮へ招待するのは一足飛びすぎるかと、まずは馬に乗って近くまで向かってみることにした。私の馬術の勘もかなり戻ってきたので、一緒に彼女を乗せてあげられるだろうと思っていたのに、身長差をミアに指摘されしぶしぶ諦めた。ついでにミアや母にはさんざん揶揄われた。
ミアに至っては初めての散歩のときに私に振り切られたことを未だ根に持っていたようだ。ヒマリを抱えて馬の手綱を捌きながら、彼女の理想の男性像について聞き出しては私を揶揄う材料にして面白がっていた。余計なことをと歯噛みしながらも、ヒマリの好みの男性について「あまり大きくなくていい」という言葉を引き出せたことだけは褒めてやろうと思った。遅まきの成長期がやってきたものの、私の身長は母にようやく並んだ程度で、ミアにすら追いついていない。
もともとの予定ではヒマリを離宮に誘うのはもっと後のはずだった。それをぶち壊して母が招待のための伝言を寄越したとき「……絶対面白がってるだけでしょ」とこぼしてしまったのは仕方のないことだろう。後になって「だって我慢できなかったんだもの」と唇を尖らせる母をどうしてやろうかと思ったが、ヒマリが思っていた以上に外出に戸惑いを感じておらず、結果オーライとなった。
母とも打ち解けて、外出への不安も減ったヒマリを、自立の練習のためにと離宮での一泊旅行に誘った。少し前から変声期に突入したのか、ぎりぎりアルトの声と言い張れないこともなかった自分の声が一段と低くなってきていた。
咳払いでごまかせるのも時間の問題。だがすでに心が定まった私は、自分の身体に訪れる様々な変化を、もう怖いとも煩わしいとも思わない。
心配なことがあるとすれば、ヒマリが私の変化をどう思うか、それだけだ。
湖デートを楽しんだ翌日。離宮の人員配置にも気を遣い、男性の使用人や騎士たちを徹底的に排除しつつ、万が一のことも考えて厳戒態勢をとったおかげで、ヒマリの外泊は問題なく終わりを迎えようとしていた。
最後にどうしても彼女に見せたいものがあった私は、目隠しをした彼女を裏庭へと誘った。この庭は建物の影になって、方角的にも修道院からは見下ろせない。
そして、ヒマリの名前の由来になった向日葵の花を二人で見上げた。彼女が喜ぶ姿が見られたらと、ただそう思っていただけだったのに。
ヒマリは異世界から引きずっていた心の傷を、自分自身で埋めて、乗り越えていった。
その強さと、いつでも空を向いて太陽を探す彼女の逞しさに目がくらむ思いがして、私はようやく悟った。
———ヒマリのことが好きだ。
たった今名前をつけたはずの感情は驚きに満ちた意外なものではなく、むしろしっくりと私の身体に馴染んだ。それもそのはずだ。彼女のために何かをしたいと強く願い、自分の行動を変えたあのときから、いや、彼女の実直な頑張りをすぐ傍で見つめていた頃から、もっと遡って、彼女の涙を止めたいと感じた出会いの日にはもう、自分は堕ちていたのだと思う。
向日葵に触れる彼女の横顔を眩しく思いながら、密かに拳を握る。
彼女を義兄になど渡してなるものか。彼女の手を握るのは私の役目だ。誰にも譲るつもりはない。たとえ彼女がもうこの手をいらないと振り払ったとしても、私は彼女へと手を伸ばすだろう。
彼女こそが私の太陽。私はもう、彼女のいる方向にしか顔を向けて生きていけない。




