乗馬1
2025年4月27日に一章二章統合させる改稿を行いました。旧作品を途中まで読まれていた方へ、恐れ入りますが一章「出会い」の回から読み直していただけたらと思います。それで展開についていけます。
初めての外出がうまくいったことを受けて、二回目の外出計画が組まれた。レスリーのお勧めしてくれた乗馬体験だ。
自分と一緒に乗ればいいと張り切っていたレスリーだったが、そんな彼女は今、私のすぐ横で馬を進めながら少々膨れっ面だ。
「わたくしがヒマリを乗せてあげたかったのに」
「恐れながらレスリー様、お一人での乗馬は上達されましたが、二人乗りのご経験はほぼありませんし、加えて乗馬のご経験がないヒマリ様と一緒というのは、私どもも止めざるを得ません」
そう返すのは、私の背後で手綱を握ってくれているレスリーの護衛騎士・ミアだ。女性ながらクロエを凌ぐ長身、加えて騎士というだけあって鍛えていることもあり、馬の背中でなかなか安定しない私の身体を後ろからしっかりホールドしてくれている。なんというか、安心感この上ない。
「わかってるけど! でも、ヒマリは優しいから、聖力を暴走させてみんなに怪我させちゃったらどうしようって不安だろうから、わたくしが一緒に乗っている方が安心だと思うの」
「だそうです、ヒマリ様。私と乗るのはご不安でしょうか」
「いいえ!? ミアさんに抱えてもらっているとすごく安定感があって、安心して乗っていられます。揺れもほとんど感じないから、ちっとも怖くないですし、むしろ楽しいです」
「だそうですよ? レスリー様」
「〜〜〜〜!!」
そう、おわかりだろうか。私は護衛騎士であるミアの馬に乗せてもらっている。彼女の前に座って、その腕で身体を抱えるように支えられて。これで手綱を捌きながら馬足を進めているのだから、さすが騎士と言わざるを得ない。そして本当はレスリーがこの役をやりたかったようだ。
「レスリー、あの、なんかごめんね?」
「なんの。ヒマリ様がお気になさることはありません。レスリー様のアレは単なる嫉妬です」
「嫉妬? あ、もしかして、ミアさんはレスリーの護衛騎士なのに、私なんかのためにお世話に回ってくれているから? ごめんなさい、そもそも私がひとりで乗れたらよかったんだよね」
「違う、違うから! ミアのことは全然構わないから! むしろ万が一のことがあったらヒマリのことを優先するように言ってあるから、安心して」
レスリーがそう答えれば、背後でミアが笑いを堪えた。
「レスリー様のおっしゃる通りです。私は本日はヒマリ様の騎士ですから。なんなりとお申し付けください」
この国の女性たちは髪を伸ばしている人が多いが、ミアはショートヘアだ。短い髪と高い身長、鍛えてはいるものの細身の身体。タカラヅカの男役の人みたいに凛々しい。女性だとわかっているがなんだか不思議な感じがして、妙な扉が開きそうだ。
私の視線に気づいたミアがふっと笑みを溢した。
「それにしてもヒマリ様は小さくていらっしゃって、可愛らしいですね」
「そ、そんな! ミアさんこそ、とても凛々しくて、物語に出てくる騎士様のようです」
「おや、ヒマリ様はもしかして、私のような男性がお好みですか?」
「ええ!? 好みとか、あまりそんなこと考えたことなかったけど……そうなのかな」
何せ日本での記憶が父親から逃げることばかりで、恋愛なんか気にしている場合じゃなかった。ミアにそう指摘されてはたと考えるが、実感が湧いてくるほどではない。
私がそれ以上答えられずにいると、ミアは「なるほど」と頷いた。
「では背が高い殿方と、そうでない方ではどちらがお好みですか?」
「えっと、背は、あまり高くなくてもいいです」
何せ大柄な男性への恐怖症があるから、そこにこだわりはない。
「そうですか。では、優しい男性と、ぶっきらぼうな人では?」
「うーん、どちらかというと優しく接してほしいような?」
「デートのプランをあれこれ考えてくれる男性がいいですか? それともヒマリ様に合わせてくれる人がいいですか?」
「うーん、私はあんまり外の情報とか知らないから、提案してくれる方がいいかも」
「いざというときに自分を守ってくれる男性がお好みでしょうか?」
「それは、まぁ、そうかも。でも、何もせずに守られるだけっていうのも気が引けるから、私も何かを返したいなって思います」
「だそうですよ?」
話し上手のミアにつられてあれこれ答えている流れで、レスリーに話が振られた。横を行くレスリーは、今日は髪をひとつに結んで、帽子をかぶっている。いつもは軽装のワンピースだが、今日は乗馬用のパンツスタイルだ。大きめの眼鏡が邪魔そうではあるものの、白馬に跨がって危なげなく歩みを進めている姿はとても様になっている。ちなみに私もレスリーと同じような乗馬服を用意してもらった。こちらの世界に来て初めてのパンツ姿だ。
「……ミア、ちょっとしゃべりすぎじゃないかしら」
「おや、それは失礼いたしました」
謝罪しながらもどこか飄々としているミアとレスリーの関係性は良好なのだと感じられる、そんなやりとりだった。
「レスリーはミアさんと仲良しなのね」
「まぁ、私が生まれたときからの付き合いだからね。ミアには頭が上がらないわ」
「そうなの?」
「ミアはもともとお母様付きの護衛騎士なの。最近は私についてくれることが多いわ」
聞けば白鳥の館に常駐している騎士はすべて、レスリーの母親であるベローチェ男爵夫人セリーナ様のご実家、アセドア侯爵家のゆかりの者たちで固められているそうだ。
「本来なら王家の離宮だから、王宮の近衛騎士が派兵されるはずなんだけど、いろいろ物騒だから。アセドアのお祖父様が私たち親娘が安心して暮らせるようにって、侯爵家の者たちで固めてくれてるの。騎士だけじゃなくて使用人たちも皆そうよ。とはいえ、ネズミはいろんな隙から入り込んでくるものだけどね」
「レスリー様」
先ほどまで楽しげだったミアの声が硬くなる。レスリーははっと顔をあげた。
「ごめんね、こんな話。せっかく乗馬に誘えたんだから、楽しまなくちゃね」
「う、うん」
「ねぇヒマリ、馬の背中にはもう慣れたかな。ちょっと走ってみない?」
「え、大丈夫かな」
「ヒマリ様、私にお任せください。決してヒマリ様を落としたりいたしませんので」
「じゃあお願いします」
私の返事を受けて、ミアとレスリーが目配せし、後ろを振り返った。そこには修道服に薄手の外套をまとって馬上の人となっているクロエがいた。別の女性騎士がすぐ横で歩みを同じくしている。
「私はあまり慣れておりませんので、このままゆっくり参ります。レスリー様とヒマリ様はどうぞ楽しまれてください」
乗馬の経験はあるものの、このような広い場所で駆けたことはないクロエがそう答えた。乗り方も、私やレスリーのように馬にまたがる姿でなく、横乗りというスタイルだから、馬を早く走らせるのには向いていない。修道院にいるクロエは本来は敷地の外に出ることは許されない。今回は修道院が見える範囲を、聖女のお付きとして軽く歩く程度ということで、前回同様特別に許可がおりていた。あまり楽しんでいては職務に反すると、真面目な彼女は思っているのかもしれない。
レスリーと私、クロエを中心に、ミアを始めとする女性ばかりの護衛騎士が五名という一行は、そうした事情からここで二手に別れることになった。




