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召喚聖女は運命の太陽に導かれて愛を知る  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章

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秘密3(sideレスリー)

 父王から下された「召喚された聖女のために、神力をもって聖力の制御を手伝うべし」という勅命。


 その話を聞いたときの率直な感想は「は?」というものだった。


 カーマイン聖王国で、曲がりなりにも王家に生まれた者として、聖女信仰は絶対のものとして刷り込まれてはいる。ただ、聖女が召喚されるのは魔物の活動が活発化する周期に合わせてのはずで、今はその時期ではない。


 そういう事情もあって、聖女というのは今の時代においては伝説のような扱いで、信仰がないわけではないが、心酔するほど崇める存在とも言えない、そうした微妙な印象を持つだけのものだ。


 そんな聖女が召喚されたという。なぜ、としか言いようがない。


「わたくしの浅薄な知識で申し訳ないのですが、聖女とは大陸結界が綻び、魔物が活発化するときに召喚されるのではなかったのでしょうか。先の聖女がいらしたのは二百年ほど前。結界はあと百年は持つと言われていた気がするのですが」


 今日も完璧な令嬢の姿でそう問いただせば、使者として勅命を携えてきた魔塔のフェリクス・ウェリントン副魔道士という男が、跪いたままさらに頭を下げた。


「レスリー様のおっしゃる通りでございます。しかし……アウリクス大魔道士様はじめ魔道士たちの希望で召喚の儀を執り行ったところ、聖女様の召喚に成功しました。つきましては聖女様の聖力の制御にぜひお力添えをいただきたく、魔塔より私が使者として参じた次第です」


 彼の発言を受けても、疑問は解決されない。だが手元にある勅命書に押印された玉璽は本物だ。


 聖女の聖力を制御するには神力の助けが必要だという知識はある。問題は、神力は王家直系の男子にしか現れないということだ。


 父王はもちろん、私の性別が男であることを知っている。だから私に頼んできたというのは、百歩譲ってわからないでもない。だが世間的にはおかしな話になると、まさか気付いていないのではあるまいなと、問いただしたい気持ちでいっぱいだ。


 今回の勅命が正真正銘の父王からのものだというのは、私でなくアダム先生宛に、母の実家であるアセドア家経由で届いた別の手紙にも説明があったため、疑うべきところはない。父王から私や母に来る手紙はすべて検閲が入っていることが前提で、内容は王妃陣営の耳にも届いていると思っていい。そのことを踏まえて、その手の書簡には表向きの、知られてもそれほど困らないことしか書かれていない。一方で、表向きの手紙には書けない様々な情報については、アダム先生とアセドア侯爵家が間に入ってやりとりすることが常だった。


 国王の名を使っていても、王妃派がその名を不正利用している可能性は常にあるわけで、特に父王が体調不良で表舞台に姿を見せなくなってからは、こちらもより敏感になっていた。


 そんな矢先の今回の聖女に関する依頼は、あらゆる手を尽くして、これが王妃派の陰謀でなく父王の真の勅命(ねがい)なのだということを示していた。


 だから、父の娘とは言え一家臣にすぎない私は、この勅命に応えなくてはいけない。そのことは理解した。


 問題は、父王がアダム先生に宛てた手紙の最後に添えられていた、別の一文の解釈だ。


 私は今一度、目の前の男を見下ろした。


 フェリクス・ウェリントン副魔道士。膨大な魔力と魔法の才、加えて卓越した剣の腕で魔法騎士の筆頭となり、二十二の若さで魔塔のナンバー2に上り詰めたというこの男の噂は、寂れた離宮にも聞こえていた。


 膝をついていてもわかる大柄で鍛え上げられた体躯、王都から馬車で半日の距離を、単騎で一時間少しで駆けてきたという強靭さ、腰に履いた剣――魔法騎士は王家の離宮であっても帯剣が許される――の重々しさ。それを軽々と振り回し魔物を屠ほふる姿が想像できて———なんだか面白くないと思ってしまった。


 名門の伯爵家に生まれ、誰からも将来を嘱望されつつ、その期待に応えられる才能に溢れ、まっすぐに陽の当たる道を歩いているエリート。私とは真逆の存在だ。私に膝をついてはいるものの、この屋敷を出れば堂々と顔をあげ、王都では大勢の人間を従え、いずれは大魔道士の地位にも就任し、栄華を極めていくのだろう。その頃には、昔国王陛下の命で離宮に赴き、忘れられた王女に勅命を届けたことなど忘れてしまうに決まっている。そのうち私の死が偽装され、その噂が届いたとしても、気にも留めないであろう、そんな男。


 ただ、魔塔の出身で聖女召喚に関わった者のひとりとして、聖女のことはかなり大事に思っている様子が伺えた。異世界から召喚された十八歳の少女とやらは、可憐な乙女であったりするのだろうか。この美丈夫がその少女を好ましく思い、なんとか手助けしてやりたいと思っているのでは?と、そんな邪念まで湧いてきて———とにかく面白くなかった。


 面白くなくても、従わなければならないことに代わりはない。


「元より国王陛下のご命令ですから、わたくしに否やはありませんが、わたくしは女です。王族といえども女性には神力はほとんど受け継がれないはずです。お役に立てるとは思えませんが」


 本当は男で、だから神力はきっとあるんだろうとは思うが、より国王に近い直系は義兄の方だから、大量に受け継がれるとしたらあちらのはずだ。そういう意味でも役に立てるとは思えない。


 漏れそうになる皮肉を抑えてそう告げれば、フェリクス・ウェリントンは下げていた目線を失礼にあたらない程度に上げた。


「……それでもレスリー様にお試しいただきたいと、国王陛下の仰せです。恐れ多くも私は陛下の寝所に呼ばれ、直接この勅命を預かりましたので、()()()()()()()()()ものとお思いください」


 その視線の強さに、一瞬怯む。


 アダム先生宛に来た父王の手紙の添えられた、最後の一文。「この男は信用に値する。うまく使ってみよ」と、明言を避けつつ書かれていたが、あれは間違いなく目の前のこの男のことを指すのだろう。


 かつてアダム先生を私に遣わせてくれたときも、父は同じことを言っていた。


 けれど。


(今更何を。私は、もう何も信じられない———)


 ただ帝王学とそれを教える人間を派遣し、現実を見せつけた上でそのほかには何も与えなかった父が、今更なぜこんなエリート街道まっしぐらの男を追加で寄越すのか。彼が遣わされた裏の目的に思いを馳せはしても、私のやさぐれ具合は年季が入りすぎていてもはや修正不可能だ。


 だが寝込みがちな父がその寝所まで引き入れた相手を、無碍にするのも躊躇われた。


「聖女様は今、フィラデルフィア女子修道院にいらっしゃいます。ここからですと距離も近いですし、レスリー様が訪問できる手筈もつけてあります」


 聖女が修道院に来ていることはとっくに知っていた。何かと評判がよくないハーラン王太子が聖女に無体を働き、その反動で聖力が暴発、義兄は大怪我を負ったのだという。それに本人と王妃が激怒し、聖力の制御の手助けを拒否した。このことは勅令の書状には書かれておらず、アダム先生の手紙に大まかに添えられていた事実だ。


 おおかた横柄なハーラン王太子が多少手を挙げたか何かで、怯えた聖女が過剰に反抗したら大事になってしまい、多方面に引っ込みがつかなくなったために修道院に押し込めたというのが本筋だろう。


 義兄が当てにできないから、可能性のある義妹に来た話、と簡単には片付けられない事情がもうひとつある。女子修道院の規律では、男性は敷地内に入ることが許されない。


 規律を重んじるタイプの父が、その禁を犯してまで女性と偽った自分を修道院に送りこみ、聖女の手助けを命じている。時期外れに召喚された聖女に大陸を護るような重要な役目は課されないはずだった。それでも聖女を閉じ込めておくのでなく、聖力を制御させようとする何かがあると見るべきなのだろうか。


(私が聖力の制御に成功したら、ハーラン王太子に一泡ふかせられる? いや、そうなったところで彼の圧倒的な優位性は崩れない)


 なぜなら義兄は王太子で、私は女だ。身分的にも王位が継げる立場にない。むしろハーラン王太子ができなかったことをやってのけた王女として脚光を浴びることで、今以上に危険な目にあう可能性もある。自分や母のことをあれほど守ろうとしてくれていた父王が、今更そんな危険を犯すだろうか。


 ぐるぐるといろんな疑問が湧いてくるのを、片っ端から頭の中の箱に分類していく。目の前のことだけでなく、大局を見るべし。現実を知り(したた)かに思考しろと、いい加減なくせにどこか憎めない家庭教師の教えが、彼との学習を取りやめた今でも染み付いているのも腹立たしい。


 父王の今更の命令も、魔塔のエリートの思惑に沿うのも、どこか面白くない。


 だがフェリクスは、私が修道院を訪れる手はずをつけていると言った。男である私が正体を隠した上で、それでも女子修道院に行けという父王の命令の本質を、この男は知っている。


 そもそもこの勅命を持ってきたのが王城の役人でなく、魔塔のフェリクスというのも異例のことだった。事が聖女に関わるものであるということや、王城としてもやらかした王太子の後始末はなるべく秘密裏に対応したいというのが理由だろう。


 どんな事情があるにせよ、父王の命令に従うしかない。


 ただ、目の前の男がどこまで知っているのか、確かめてはおくべきだった。


「わかりました。国王陛下の仰せのままに。ところでフェリクスと言ったわね。あなたはいったい、()()知っているの?」


 真面目に取り合うつもりなどなかった。目の前の美丈夫を見下ろしながら抱いたのは遊戯感覚のような軽い気持ちだ。私と王家の特大の秘密をなぜか知らされているこの男に、何も本気で賭けようなんて思いはない。


 きっと聖女の聖力制御を手伝ったあとには、今まで通り男爵令嬢としての生活が続いていくだけのこと。今までだって何も変わらなかったのだから、この先も変わるはずない。


 だから、投げた賽の目が吉と出るか凶と出るかなんて、正直興味もなかった。




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