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召喚聖女は運命の太陽に導かれて愛を知る  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章

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秘密2(sideレスリー)

 転機となったのは、家庭教師が派遣されてきたときのことだ。


「初めまして、レスリー様。私のことはアダムとお呼びください」


 王都から派遣されたアダム先生は、役人を辞めて母の実家であるアセドア家に再就職したということだったが、実際は父王が私の教育を頼み込んで派遣してきた人だった。私が十歳のときのことだ。


 貴族の子弟の家庭教育が十歳から始まるというのは少し遅いくらいだ。住み込みの教師となれば私の正体を知ることになるわけで、信頼に足る人物を探すのに手間取ったのと、父の覚悟が決まるのに時間がかかったことが、遅まきとなった理由だった。ちなみに王都では自分のことが、身体が弱く成人するのも難しい令嬢と噂され、最近ようやく机に向かえるだけの健康体になってきたと噂されていたことを、私自身は知る由もない。


 アダム先生は私が男の子であることを、父から知らされた上でここに来ていた。伯爵家の次男を父親に持ち、貴族が通う学園を主席の成績で卒業し役人となったものの、母親が隣国の、滅びた地方国出身の平民であったことで爪弾きにされ、閑職に追いやられていた人だ。そのため貴族への態度が辛辣なのかと思ったが、今なら断言できる。ただ本人の性格がひねくれているだけだ。


「王女の家庭教師と聞いて了承したのに、後出しで実は王子でしたって、そんな特大級の秘密を知らされて“やっぱりやめます”なんて、おいそれと言えないでしょう。国王陛下ともあろう人がそんな詐欺めいたことをなさるだなんて、思いもしませんでしたよ。まぁ裏があることを読めなかった私の失態といえばそれまでですけどね」


 十歳の主家の子ども相手になんて言い草だと思うが、彼の知識は本物だった。よくもまぁこんな人間を閑職になぞ追いこんだものだ。人材の無駄も甚だしい。それを口にすると調子に乗ることが目に見えているので絶対に言わないが。


 そして彼が私に教えてくれたのは、一般的な教養だけではなかった。本来なら王太子となる者か、王家のスペアである公子にしか与えれれないもの———帝王学だ。父王からの「よく学ぶように」という言葉とともに施された教育は、当然ながら秘密裏に行われなければならなかった。


 だからアダム先生の授業は常に二種類用意された。表向きの婦女子向けの教養と、裏向きのものと。特に裏向きの内容については、たとえ乳母や母に対しても公言することを禁じられた。私はアダム先生からは、聖王国史の触りや四則演算しか習っていないことになっている。


 帝王学の授業には教科書すら存在しなかった。すべてアダム先生の口頭で行われる授業。前回学んだことをひとつでも忘れれば辛辣なお咎めが飛んでくる。


「私だって命懸けでやってるんですよ。あなたもそうすべきですよね。そうじゃないと割に合わない」


 今となってはどんな言い草だと思うが、当時の私は素直に彼に食らいついた。彼の口の悪さは、私のことを可愛がってはくれるものの、どこか腫れ物を扱うかのような態度の他の使用人と一線を画しており、新鮮だったというのが大きい。





 学ぶことが楽しかった時代は、しかしながら一瞬で終わってしまった。


 帝王学をはじめ、国の情勢や自分の置かれた立ち位置について吸収するうちに、私はとうとう気付いてしまったのだ。


 どれだけ帝王学を学ぼうとも、どれだけ剣術を身につけようとも、自分が父のようにこの国を背負う日はこない。家を興して盛り立てることもできない。


 なぜなら自分は「女の子」だから。


 この国で女性は爵位を継ぐことができず、就ける職も限られる。アダム先生から世間と常識について叩き込まれることでごりごりとその事実を突きつけられるはめになり、二年も経つ頃には自分の置かれた状況に絶望する子どもができあがった。


 屋敷の中であっても相変わらずワンピースを着せられ、いつなんどき紛れてくるかわからない王妃派の者たちに怪しまれないよう、母の前で刺繍やレース編みの習い事までさせられ、カトラリーの使い方ひとつとっても女性らしさを追求されながら、裏ではスパルタで帝王学を学ばされる。ひとつ上の義兄ハーラン王太子が学園に入学したことで、忘れられた王女である私の進退がこの先どうなるのか注目されていた時期でもあった。


 そしてこの頃、私の身長が伸び始めた。


 伸びすぎてしまえば女の子と偽ることが難しくなってしまうという主治医の見立てもあり、食事制限がなされるようになった。好きだった甘いものや食べ応えのある主食が禁じられ、野菜中心の食事と、たまに果物が供される食卓。栄養が行き渡らないせいか息切れが多くなり、剣術にも身が入らない。それ以上に、部屋の中での限られた訓練では上達するものもしないし、何よりどれだけ学んだところでそれを披露する場もないと知れば、やる気も萎えるというもの。


 剣術や乗馬を止めたのもこの頃だ。


 お腹いっぱい食べることもできず、思い切り身体を動かすこともできず、頭の中だけは国を治める知識で埋まっていく。私の姿を見るたび母が瞳を曇らせ、やがて体調を崩しがちだという父の来訪もめっきり減って、屋敷全体が活気を無くしていく。そんな中でもアダム先生の授業は止まらない。


 初めはあれほど面白いと思っていた彼の授業が、だんだんと嫌になってきた。


 貴族子女であれば誰しもが通う学園に行くことなど夢のまた夢。忘れられた王女として静かに生きることだけが私に許されたあり方。———いや、生きることすら許されない日がやがてくるのだと、とっくに気づいていた。男であることを偽って生きるにしても限界がある。すでにその限界が見えている今、次に取るべき手段は、自分を殺すことだ。


 忘れられた王女は成人を迎える前に死亡することになるのだろう。ひっそりと葬儀が行われ、空の棺がベローチェ男爵領かアセドア侯爵領に埋葬される。その段階で自由を得ることはできるかもしれない。


 だが、そこから何を為せというのか。


 頭の中には使えもしない帝王学の知識、手にあるのは婦女子の習い事の技術。戸籍も身分もない、一介の男というだけの自分。どこか田舎にひっこんでお針子としてでも生きていけというのが、天が示した道なのか。


 自嘲しながら迎えた二ヶ月前の十六歳の誕生日。祝おうとしてくれた母に投げつけてしまった言葉。


「めでたいことなんて何もないじゃない! わたくしが生まれた意味なんて何もないのに!」


 こんなときでも染みついた女性言葉が恨めしかった。どんなに緊迫した状況でも崩れることない婦女子向けの完璧なマナーを身につけた自分も恨めしかった。無駄な帝王学を押し付けてくるアダム先生も、それを手配したくせに音沙汰のない父のことも、このような状況に自分たちを追いこんだマテラ王妃も、置かれた状況にあぐらをかいている悪評高い義理の兄も、何より自分を産んだ母のことも———すべてが憎かった。


 本当に望むことは何一つ与えられず、存在そのものすら否定される。帝王学を与えられたところで活かす場もない。誰も助けてはくれない。毎日生きることすら苦しく溺れてしまいそうな状況がこれからも淡々と続いていくのだ。


 そんな絶望に彩られ、誰からも忘れられた王女に、ある日父王から突如として命令が下された。


「召喚された聖女のために、神力をもって聖力の制御を手伝うべし」、と。





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