第四話 面倒事
待ってる人なんかおらんと思うけど、また続き書いたんで読んで下さい。
カレイドに連れられ、フランス大統領が居を構える邸宅へと招かれた朝日ら【ユニコーン】のメンバー。
しかし、顔合わせの為に入った応接室を見て朝日は僅かに顔を顰めた。
「(うわぁ……。分かりやすいくらいの道楽家だな。)」
応接室には、高級そうな絵画と磁器の花瓶が飾られ、床にはホワイトタイガーの剥製が横たわっていた。
中央の足の低いテーブルもかなり高級そうな物でソファーも腰掛けてみたらあまりの柔らかさにひっくり返りそうになった程だった。
「(趣味悪いな。)」
元々、美術や芸術に興味もない朝日にとってこの部屋は金持ちの自慢部屋にしか見えなかった。
「(変なのじゃなきゃ良いけど……。)」
大統領が部屋に来るまでの間、出されたお茶と菓子に舌鼓を打ちながら朝日はそんな風に思っていた。
「いやはや……遅くなってしまったな。」
朝日が2杯目のお茶に口をつけた所で応接室の扉が開き、背広を着た小太りの男が入ってきたので、朝日はカップをテーブルに置いて起立する。
「ああ、結構結構。私相手に直立の挨拶は不要だ。」
入って来たのは現在フランス大統領を務めるティグレ・アンリだった。
フランス語で『虎』の意味を持つ名前だが……
「(虎というか豚……)」
「(しっ!)」
ティグレの体格を見て橘の容赦のない私見が入り、渡辺が慌てて口を塞ぐ。
「……今回は遥々日本から来て頂きまして感謝します。」
日本語に不自由だと聞いていたが、ちょっと微妙な顔をして参戦の感謝をするティグレを見るに、雰囲気で橘が何を言ったのかを汲み取ったらしく、ちょっとしょぼんとしていた。
「ごほん……。部下が失礼を。」
「いやいや。よく名前負けしてるとか動物園の虎とかよく言われますから。」
少々ナーバスな雰囲気を出しながらも、ティグレは特に激昂することなく流してくれた。
ティグレは手で朝日らに着席を促し、朝日ら三人が腰掛けたのを確認して自身もソファーに臀を沈める。
「さて今回、第二次百年戦争が再燃したと聞きましたが……。」
「ええ。」
「停戦の期日はまだ先のハズでしたよね?少なくとも公的資料にはあと2ヶ月は後だと記憶してましたが?」
「我々としても何故、連中が仕掛けてきたのか分析にかけているのですが、作戦室、参謀本部、戦略担当事務室、いずれの部署も明確な答えを明らかにはできなかった。とはいえ、連中がドーバーを越えてこちらに向かってきているのは事実です。我々は対策を取らなくては。」
「であれば、我々と会談してる暇は……」
「いえ、必要なことですから。何せ背景の異名を取る朝日氏は今回の戦争で重要な役割を担ってもらうのですから。」
ティグレの言う『重要な役割』。
朝日はそこでやっと自分達が個別に呼び出されたのかを理解した。
「出鼻を挫け、と?」
「話が早くて助かります。」
現在英国艦隊はドーバー海峡に敷設された機雷原とカレイドの策により思うような侵攻は出来ていないと思われる。
とはいえ、相手はかつては世界最強と恐れられた国王の海軍の末裔達であり、いずれは海峡を踏破して乗り込んでくる。
ティグレは水際防衛ではなく、艦隊の火力の届かない内陸に引き込んでイギリスと戦うつもりなのだろう。
とはいえ、内陸に入れば艦隊の火力支援を受けられない陸上戦力が敵中で孤立すればどうなるかは、イギリスとて理解している筈。
堅実に支配領域を増やしながらフランスを追い詰めていくだろう。
そうなれば内陸に引き込んだ分、イギリス側に余積を増やすことになり、新たな軍事基地や施設、拠点を作られれば、陸戦でかつ防衛側のフランスとの戦力差は一気に狭まる。
そうなれば、苦しい苦しい膠着状態を招く事態になる。
「そこで朝日氏の仕事をお願いしたいのです。」
「頭狩りですね。よくやるんで分かりますよ。」
「流石。話が早いですな。」
ティグレは朝日の返事に朗らかに微笑んだ。
「必要なものはカレイドにお申し付けを。カレイド、蔦がない準備を頼むぞ。」
「……畏まりました。」
カレイドはチラリと朝日の方を一瞬だけ盗み見た後、すぐに了解した。
「……」
朝日はその様子を眺めながら頭の中で地図を開いた。
「(イギリスが上陸に使うとしたらカレーの港だろうな。となると……配置は……カレーの灯台は駄目だ。目立ちすぎる……となると第二候補は……)」
朝日は、カレー地域の地形を頭に描き、他部隊の展開する位置、予想される接触線、敵火砲の射程、地形の隆起を元にユニコーン隊の位置を思案していく。
「……」
「寝てる?」
「違うわ。考えているのよ。作戦をね。」
思案する内に瞼を閉じて静かになった朝日に橘が怪訝そうに朝日を見るが、渡辺が邪魔にならないように橘に耳打ちする。
時間にしておよそ3分程、思案していた朝日はゆっくりと目を開いた。
「よし。」
「どうやら考えが纏まったみたいね。」
「ああ。」
朝日はすぐにカレイドの方に向き直った。
「カレイドさん。用意して欲しいものがあります。」
朝日は必要な武器や物資をカレイドに教える。
カレイドの近くにいた彼の副官は朝日の口頭で伝えたものを筆記し直してカレイドに紙を渡す。
「……畏まりました。いつまでにお待ちしましょうか?」
「今日中で。」
「えっ?」
「今日中で。」
「は、はあ……。」
困惑するカレイドを無視して朝日はティグレのほうに顔を向ける。
「では、これにて失礼を。」
「フランスを頼みます。」
朝日はティグレと握手を交わし、橘と渡辺を引き連れ、そのまま応接室を出て行った。
「ちょっと社長?なんであんな急がせたんですか?」
「んー?」
「イギリスはまだドーバー海峡すら渡り切ってない。フランス側は軍も含めて内陸部に陣地を構築してる。この状況で急ぐ理由も無いですよね?」
「……なーんか嫌な、というか面倒事が起きそうでね。」
「へ?」
「恐らくイギリスは既にドーバー海峡を越えてるかもしれない。」
「はあっ!?」
「考えてみろ。相手はあのイギリスだぞ?自分達にとって都合の良いリークにまんまと振り回されると思うか?」
「えっ?」
「諜報という点において彼の国はどこよりも進んだ機関があり、世界中にある情報を回し、操り、踊らせる連中がどこから得たのか分からない裏が取れても無い情報を疑わない訳がない。」
「確かに……」
「下手すれば……カレー含むフランス北部はすでに攻撃されてる可能性もある。だから急がせたんだ。」
「じゃあ急がないと!!」
「慌てんな。まだ確定じゃない。」
朝日は振り返り、渡辺の目を見る。
「今のはあくまで俺個人の悲観的観測に基づく推測だ。それに……」
「それに……?」
「……いや、面倒事の予感がするなー、と。」
言葉で形容できない胸騒ぎを押さえつけ、朝日率いるユニコーン隊は、カレイドが用意した装甲車に乗り込む。
「流石は『大統領の懐剣』!準備の手際がいいですね。」
「少々、企図が見えづらいんだよなぁ……。」
朝日の無茶振りをマトモに受けたカレイドは、朝日に聞こえないくらいの声でボヤいた。