第三話 ユニコーン隊、フランスに降り立つ
「デッカーい!」
「あれ、凱旋門だっけ?」
「ええ。」
日本からはるばる飛行機で17時間弱飛び、シャルル・ド・ゴール国際空港からタクシーで1時間ちょっと走り、パリに着いた【ユニコーン】部隊は、フランス政府に指定されたホテルにチェックインを終えて、観光を楽しんでいた。
側から見れば両手に華の外国人観光客。フランスのスリ師達はカモが来た、と三人に近づこうとするが、三人の腰から見える拳銃を見てそそくさと退散した。
戦争が身近なこの時代に傭兵相手に無礼を働けば待っているのは、手痛いしっぺ返しだ。
有り金巻き上げられるだけならまだ優しい方で、最悪の場合、明日から行方不明になっても不思議ではない。それが、傭兵という者達を相手に無礼を働いた者の末路だ。
そうして、本人達は知ってか知らずか、パリ観光を楽しんでいると、物物しい屈強な黒服に護衛された白スーツに赤縁のサングラス男が朝日達の方に近付いてきた。
「アサヒ氏かな?」
「ん?」
「観光中、失礼は百も承知だが、仕事の話がしたい。私はこういうものだ。」
男は指を鳴らすと近くにいた屈強な男が、胸ポケットから銀色のケースを取り出し、蓋を開けて男の近くに寄せる。
男は手慣れた手つきでケースの中に入ったカードを取り出して朝日の胸先に突き出す。
それは、名刺だった。
「はあ、これは丁寧?にどうも。」
朝日は、日本の名刺交換文化とは違うのだ、と勝手に納得して懐から名刺ケースを取り出すと男に自身の名刺を差し出しつつ、男の名刺を受け取った。
「……成程、随分な大物が来たもので。」
「貴殿の案内役はともすれば、かなりの重役だ。それ相応の人間が出向くよう大統領閣下より達せられましてね。つきましては私が出迎えさせて頂きました。」
男の名刺から目線を外し、男の方を見る。
男の正体はフランス外務省の事務次官を務めるカレイド・マルカルという。
フランス外務省の重鎮であるが、朝日の言う『大物』とはまた別の意味だった。
「『大統領の懐剣』が案内役ですか。」
「閣下は昔から貴方のファンですから。粗相があってはならない、と私を遣わしたのですよ。」
『大統領の懐剣』とは、カレイドの異名である。
カレイドは、フランスの現大統領の側近として政治、私生活、公務…それら全ての補佐を任されている。
そしてその業務の中には、大統領の護衛も含まれていた。
事は3年前、フランスで大統領の暗殺未遂事件が起きた。
政府要人の多くが、殺害され、大統領官邸には百を軽く超えるテロリストが大挙したが、テロリスト達は大統領の殺害には至れなかった。
このカレイドとその部下5名により、全員無力化されたからだ。
更に、その多くはカレイド本人が撃破制圧したのだ。
以上の出来事から彼は『大統領の懐剣』と呼ばれ、当時は単なるボディガードでしか無かったカレイドは、フランス国内から高い支持を得て、現在の地位に就いたのだ。
「ここではなんですし、どうぞこちらへ。」
カレイドは朝日達を自分達が乗ってきた車両へと手招きする。そこには、軍用の装甲車が鎮座し、待ち構えていた。
「エレメスのPPー14cusで送迎か……。お金はあるとこにはあるんだな。」
「技官達に無理を言って用意させたのです。色々秘密のお喋りにも役立ちますし、勿論、戦闘時でも優秀な働きしてくれますよ。一台1億ユーロほどです。どうです?一台。」
「破産するわ。」
しれっとセールストークをぶち込んでくるカレイドに対する警戒度を一段階上げつつ、朝日達は後部ハッチから車体に乗り込む。
内装は、他の軍用車両に漏れずかなり簡素な作りになっており、壁には視認性の悪い小さな覗き穴が等間隔に配置されていた。
「さて、本来でしたらこのまま作戦室に向かうつもりですが、大統領閣下の要望により閣下の官邸まで向かわせてもらいます。」
「呑気な大統領だな。相手はもう領海を跨いでるんだろ?そんな悠長にしてて大丈夫か?」
「ええ。艦隊は未だ破られていませんし、航空戦も伯仲しています。貴方方の出番はもう少し後ですので。」
自信満々といった声色のカレイドに対して朝日の左隣に座った渡辺は疑問を抱いた。
「英国主力艦隊が領海を割ったのはいつですか?ニュースですと2日前とありましたが?」
「いえ、正確には前日の0300頃です。我が国の領海遠端に機雷網が敷かれてるのはご存知ですね?」
「ええ。前政権時代に大統領肝いりで作った大規模なものだとニュースでやってましたね。」
「英国は長い時間を掛けてあの機雷網の網目を探っていました。そしてどうも網目を見付けて突破したのです。」
「でしたらこんな悠長にしてたら……」
「いえ、網目は私が教えたものです。」
「は?」
「網目を教えれば、彼らの航路は特定できます。そのルート上に幾つものミサイル攻撃を行い、敵艦隊を損耗させるのです。今頃は奴らはミサイルの雨の下でしょうな。」
★
水平線の彼方から黒い煙が上がっていた。それも、一つ二つでは無く、複数の黒煙が合わさって一本の巨大な黒煙の柱がそそり立っていた。
「敵艦隊の沈黙を確認!」
「よしっ!」
観測員の報告を受け、仏艦隊司令は拳を握る。
「カレイド氏の作戦が上手くいきましたね!」
「ああ……私も最初は上手くいくか不安だったが、これならば紅茶狂い共もさっさと諦めて講和条約にサインしてくれるさ。」
「成程。ならば、問題は奴らの汚い字が読めるかですな。」
観測員の冗談で司令室にドッと笑いが起こる。
「その時は音読して貰うとしよう。全艦反転。補給に戻るぞ。」
司令室から発せられた命令は、無線を通して他艦にも達せられ、仏艦隊は反転し、戦場を後にした。
「敵艦隊、離脱を確認しました。」
「よろしい。では、作戦を開始する。全艦全速前進。大陸の農夫共に痛いのをぶっ食らわせてやれ。」
沈みゆく英艦隊の残骸を縫うように水面が僅かに揺れる。
仏艦隊に気づかれることも無く。
面白いと思ったら下の☆を★にして下さい。
感想あると励みになります。