第二話 新しい仕事
「はあ……何とか体裁は整えたけど……軍資金の殆どが飛んだな。」
朝日は、ガジガジとその短い髪を掻き毟って新しくなった天井を仰ぐ。
大手PMC【アールグレイ】を追い出された朝日は、退職金の他、在籍中に溜め込んでいた戦闘中に鹵獲しておいていた武器やそのパーツ、弾薬、防弾チョッキにヘルメット、ヘッドセットを悉く売り払って得た戦果金、動画収益の権利を売っ払って得た収益を丸ごと使って新しく独立したPMCとして起業した。
その為に新しい事務所となる箱とその中に入れる家具家電、ネット環境の配置、役所への申告等々を退職金を使って整えたが、元々潤沢な資金は無かった為、事務所の開設時点で軍資金は底をつきかけていた。
「つーかお前ら的には良かったのか?こっちに来て。」
新しい事務所の真ん中に置いたソファから頭だけ顔を出す。
朝日の視線の先には新しいデスクに座り、パソコンを操作する渡辺と昼飯を口一杯に頬張る橘がいた。
「だって分隊長一人では仕事もろくに取ってこれないでしょ?私がマネジメントしてあげるから全身全霊で感謝して下さい。」
「私は、朝日さんの下で暴れてるの楽しいから来ちゃった。」
彼女達も朝日の解雇後に会社側から出た異動が気に入らない、と会社を自主退職して朝日の会社に転がり込んで来たのだ。
「二人とも広報ですよ?完全に顔採用じゃないですか。」
「絶対変態親父の接待要員って分かってて誰がやるかーって二人で決めたんですよ。朝日さんは結構誠実ですし、金払いも悪く無いから賛成って葵ちゃんも乗ってくれたんです。」
元会社ならまあそうするだろう、と朝日は納得していた。この二人、顔だけなら【アールグレイ】全体で見てもトップクラスの美人だし、戦場に万が一は付きもの。そんなリスクより安全な後方で道楽金持ちから毟り取らせる方が効率的だと【アールグレイ】は踏んだのだろう。
尤も、この二人の意見を無視すればの話だが。
「つってもウチだってまだ始めたばかりの零細企業だぞ。収入もガクンと落ちる。今までは大企業がバックでいてくれたから好きに補給も出来たけどこれからはそれも無いぞ?」
朝日としては、二人に不自由な生活をしてほしくない。それなりに長い期間、同じ分隊で過ごした戦友だからだ。
しかし、二人の意思は固く、また勝算無しに朝日に付いてきた訳でもなかった。
「分隊長は知らないかもしれませんけど、割とファンは多いんですよ。分隊長の狙撃動画。」
「固定のファンがいても新規さんを獲得出来なきゃ、いつか詰むぞ。」
「そこは私達がいますから。」
そう言って渡辺はパソコンのモニターを朝日の方に向ける。
「仕事場はヨーロッパ大陸最西端……」
「つまり?」
「元商売敵からお仕事の依頼です。」
「てことは?」
「第二次百年戦争が再燃したそうです。任務内容は防衛……ドーバー海峡を渡ってくる紅茶狂を海岸の水際で阻止して欲しい。とのことです。」
「いきなり古巣と喧嘩しろってか。」
「楽しい喧嘩になりますよ?」
「……よし、良いだろう。」
朝日がゆるりと席を立つ。それを見て橘は慌てて昼飯を口の中に押し込み、渡辺はパソコンのモニターを閉じる。
「総員、傾注!!」
朝日の号令にダンッ!と橘、渡辺は踵を合わせる音で応える。
「我々はこれより、西欧に飛ぶ。敵はイギリス……恐らく【アールグレイ】も出て来るだろう。かの大企業の資金力は膨大だ。その資金力に物を合わせて揃えた兵は強力な装備をしてくる筈だ。」
朝日はそこで言葉を切り、ニヤリと嗤う。
「喜べ。鴨が葱と鍋とコンロ背負ってまな板に寝そべりに来るらしい。」
その言葉に橘、渡辺も交戦的な笑みを浮かべる。
「せいぜい美味しく頂いてやれ!!」
「「了解!!」」
二人の返答に朝日は満足そうに笑い返す。
「あっ、ぶんた……社長!」
「何だ?」
解散の雰囲気を断ち切るように橘が挙手する。
「そういえば、部隊名はどうしますか?」
「ん?ああ……面倒臭いし、【狙撃分隊】で……」
「「却下!!」」
「えー……。」
まさかの拒否に朝日はぐたり、と項垂れる。
「飾り気がなさ過ぎます。もう我々は企業の一部門じゃないんですよ?」
「もっとカッコいいのにしようよー!」
という訳で三人はあーでもない、こーでもない、と検討を重ねた。
フランス パリ シャルル・ド・ゴール国際空港
「入国の目的は?」
「ちょっと戦争に。」
「ああPMCの方ですか。失礼ですが御社の名前を拝見しても?」
「【ユニコーン】社だ。以後よろしく。」
朝日率いる、【ユニコーン】部隊は、西欧に降り立った。