第一話 クビになりました
また新しく投稿します。
『ステンバーイ…ステンバーイ……ファイア!』
パソコン画面の中で銃声が轟く。画面内に表示されているのは動画だった。
一人称視点で地面に伏したアングルで撮影された画面内には、崩壊した都市が広がっており、撮影者の声だけが聞こえる。
「この動画についてだが……何が問題か分かるかね?」
動画が途中で切られ、モニターは閉じられる。
パソコンの持ち主である白髪の混じった黒髪を七三で分けた中年の男性は、問い詰めるように目の前の男に尋ねた。
「……撮影時間が長い。」
「勿論、それも問題だ。動画サイトで一つの動画を4時間も見ていられる人間はごく僅かだろう。だが、それ以上の問題がある。あまりに動きがなさすぎる。定点カメラの映像だってもう少し映像に違いはあるぞ。」
「いや、狙撃動画ですし……。」
目の前の男は、困ったような顔で特に整えられていない短く切った黒髪をガシガシと掻く。
戦場帰りですぐということもあり、床に頭垢が零れ落ちる。
「君ね、今時、芋砂動画なんて流行らないんだよ。時代は凸砂だ。見たまえこの低い視聴者数を。」
白髪混じりの男はパソコンを再び開き、先程の画面を縮小し、動画の概要欄に表示される総視聴者数の値を指差す。
「1000回だ。投稿日から丸一週間経ってたったの1000回だ。それに比べて君の後輩の動画。彼ね、凸砂動画で既に50000回以上の再生数が付いてるんだよ?分かってる?」
「でも後輩くん戦死してますけど?戦場で必要なのは生きて稼いで来ることでしょうに。」
「確かに君の戦果は悪くない。大物食いもたまにするし、純粋な戦果の平均値も中央値も社内ではトップクラスだ。」
「でしょ?」
「だが、今の時代は動画収益で稼ぐ時代だ。つまり君のやり方は我が社の方針に沿っていない。もっと映える戦闘をしてくれんかね?」
「それだと経費が掛かりますし……。」
短髪黒髪のこの男はやはり難色を示した。
「そうか……どうしても私に従わないというのだな?」
「だって利益出してますし……。ほら、スパチャだって……」
「もういい、君はクビだ。」
「は?」
「当然だろう。我が社のやり方に従わないならクビにするしかない。」
「待った。契約では、即日の解雇はしない、となっていた筈です。」
「あくまで会社に不利益を与えなければの話だがな。」
「利益は出していますが?」
「君の動画のせいで我が社に臆病者のレッテルが貼られている。これで充分不利益を出しているが?」
「なっ……!そんなのは屁理屈です!」
「屁理屈ではなく、事実だ。それに上からの心象も君は悪い。」
「と言いますと……?」
「我が社の本社はイギリスだ。イギリス人は騎士道……つまり正々堂々が好まれる。君の戦闘は彼らの琴線に触れてないんだ。」
「……それはもう個人の嗜好云々の話でしょうに……。大体、あんな三枚舌共にとやかく言われるのも御免です。分かりました。解雇されるのは承諾しますよ。でも、せめて退職金は出ますよね?流石にないと訴えますよ。」
「それで手切になるなら払うさ。」
こうして、イギリスのPMC、【アールグレイ】日本支社を追い出された頭垢まみれの男、朝日友也は、自身の荷物を纏める為、分隊事務所へと帰っていった。
戦争は変わった。
数十年前に起こった三度目の世界大戦の起こりは、東西の大国同士の戦争だったとされる。
それを皮切りに戦火は地球上のあちこちに飛び火した。国々は立ち上がり、様々な大義と正義を武器を携えて隣国と争い合った。
国境問題、人種問題、貧富差、性別、イデオロギー……戦争をする理由ばかり並べ立てて世界は過去二度の世界大戦を上回る規模の戦争に巻き込まれた。
この戦争の衝撃により、国際連合はその責を負い切れず瓦解し、世界は無秩序な道を歩み出し、戦争を終えるプロセスを見失った。
戦争は変わった。
事の起こりは、とある人権団体が投稿した一本の動画だった。
前線の悲惨さを戦場のリアルをありのまま流したこの動画は、電子の海を介して世界中に広まった。
結果、その動画は100億再生を超える動画となった。
この結果に目を付けたのが所謂インフルエンサー達だ。
彼等もまた戦場に赴き、武器とカメラを携えて戦争を投稿した。
投稿内容は様々だ。戦場飯を食う動画、銃を撃つだけの動画、そして……敵を撃ち殺す動画。
これらの動画は様々な動画サイトを通じて人々に行き渡り、1000万を超える再生数を叩き出し、『戦場系インフルエンサー』なる言葉の語源となった。
視聴者は普段目にしない戦場のリアルに熱中した。この流れに便乗したのが、各国のPMCだ。
各PMCは互いに協定を結び、戦争を娯楽化しようと画策した。これにより生まれたのが現代まで続く戦場の不文律。通称『健全な戦争条約』である。
使用する銃弾を制限することで戦死者を無くし、戦闘不能となった兵士から武装を鹵獲し、買い取ることで兵士の利益とする。
武装を鹵獲された兵士や装備の質を上げたい兵士は、PMCから武装を買うことで企業は利益を得る。
今や戦争は、スポーツ観戦と同じレベルの娯楽に成り果て、世界人口の凡そ7割が実質上の戦争生活者となった。
戦争は動画配信によって世界に垂れ流され、兵士はインフルエンサーのように振る舞いながら戦地を駆ける。
武器商人やPMCはそんな兵士達を通じて自身の商品の宣伝を行う。
民衆はそんな兵士達のリスナーとなり、戦場に没頭する。
戦争は変わった。
今や戦争は巨大な市場になり、兵士の質、数が各勢力の商品となり、戦争する大義や正義は蔑ろにされていった。
戦争は変わった。
最早、人類は戦争を終わらせることは出来なくなったのだ。
イギリスに本拠地を置く巨大PMC【アールグレイ】は、世界中に支社を持つ巨大企業である。
主に英仏戦線、南アフリカ西方戦線、インド北東部戦線を中心に戦争をしており、その社員数は世界中に凡そ100万人を抱えている。
主な収益は子飼いにしている武器商人の武器売買と傭兵の戦闘を映した動画収入。軍への兵器売買としている。
そんな大企業の専属傭兵として所属していた朝日友也だったが、先日をもって解雇通告を突きつけられたのだ。
「そんな訳で我が分隊【芋砂分隊】は解散。お前ら二人も別の分隊に異動となる。異動先は日本支社から追って通達が来るからそのつもりで。」
【芋砂分隊】の事務所……とは名ばかりのプレハブ小屋で朝日は業務連絡を分隊員達に伝えてさっさと荷物整理に移る。
「ってちょっと待った!!言うだけ言ってはいおしまいってそれは無いでしょ!」
「そうですよ!ちゃんと経緯を説明して下さい!何がそんな訳何ですか!?」
分隊に二人しかいない分隊である橘キアラと渡辺葵は詳細な説明を朝日に求めた。
「それは上の方にスクロールしてだな……」
「ちゃんと説明しろやバカ分隊長!こっちとしては、いきなり積み上げてきたキャリアが崩れたんだよ!詳細な説明無しに頷けるかァァァァァァ!!」
「ギャァァァ!!タンマタンマ!ギブギブギブ!!顔がァ!こめかみが凹むから!止めてェェェ!!」
説明する気もない朝日の態度に腹を立てた渡辺のアイアンクローが朝日のこめかみを握りつぶす。
悲鳴を上げて振り払おうとする朝日だが、女の細腕とは思えない万力顔負けの握力で顔の形が物理的に変えられそうになる。
「相変わらず手が早え……。」
「ちゃんと説明すればこんな事はしませんよ。私、暴力嫌いですし。」
渡辺は自慢の黒ストレートを手櫛で整える。
「ゴリラみたいな握力してる癖に……」
「なんか言ったか無職。」
「誰が無職だこの野郎!失職手当支給対象者なだけだわ!」
「それを俗に無職って呼ぶんだよプー太郎がァァァ!!」
「ギャァァァ!!」
綺麗に極まった卍固めが炸裂し、朝日の悲鳴が二度事務所に木霊した。
「で、何があったの?」
朝日が渡辺の卍固めから解放された所でもう一人の分隊員の橘が再度、朝日に説明を求めた。
「要は会社の方針に合わない。合わせられないならクビにするって言われてな。」
「何それ。散々私達の懐から戦果を持ってったくせに……!」
「まあ、良いんじゃない?キアラも葵も美人だし、広報の方に転属だろ。」
「ええー!?ヤダヤダ!どうせいかがわしい格好でいかがわしいポーズ取らされるだけだよー!だったら戦場で撃ち合いしてたいー!」
橘は駄々っ子のように地団駄を踏んで朝日の未来予想図を拒絶する。足が上がる度に胸にある大きくな二つのハンドボールのボールみたいな豊かな峰がたゆんたゆん……
「おい、私に対するあてつけかコラ?」
「黙ってろベニヤ。」
「殺すぞ。」
橘の胸が揺れる度に渡辺が怨嗟の視線を揺れる峰に向ける。つるんぺたーん……
「スレンダーって言うんだよ!」
「ギャァァァ!!んなもん遺伝だろ!お母さんが悪い!」
「私の母さんはちゃんとGだよチキショウ!」
「ギャアアア!いらん地雷踏み抜いてたァァァ!!」
そんな騒がしい【芋砂分隊】の事務所にあるノートパソコンに一通のメールが届くのだった。
《依頼:従軍依頼》
人物紹介
朝日友也
日本人の27歳。身長171センチ体重63キロ。
イギリスに本社を置く大手PMC【アールグレイ】所属だった男。
黒髪のオシャレモヒカンな髪型をしていて覇気を感じられない。覇気どころか生気すら希薄。
【アールグレイ】日本支社で傭兵兼インフルエンサーとして勤務しており、その卓越した狙撃能力を買われ、狙撃分隊である【芋砂分隊】の分隊長を任されていたが、日本支社の役員達から嫌われており、動画収入で富を稼ぐ時代の流れに逆らうように純粋な戦果でその立場を築く朝日のやり方を妬んだ役員達の談合により【アールグレイ】を首になった。
普段は居眠り、サボり、無断欠勤の常習者と言うお世辞にも真面目とは言えないが、戦場にあってはその狙撃能力を発揮し、様々な戦場を乗り越えてきた強者である。
分隊内での役割は、分隊長兼スナイパー。
渡辺葵
日本人の20歳。身長155センチ。体重《このデータは破産しています》
朝日率いる【芋砂分隊】の分隊員。
どんな時でもリクルートスーツをバシッと着ているキャリアウーマン風の黒髪ロングの女。その髪にもう200万は貢いでいる。
しかし、その実はゴリラのような握力とシャチのような暴力性を併せ持った分隊の危険動物。胸の話をしたら確実に殺すウーマン。
朝日の日頃の素行はどうかと思っているが、分隊長としては絶対的な信頼を寄せている。だからもう少し真面目に働けよ。
分隊内での役割はスポッター兼カウンタースナイプ
橘キアラ
日本人(書面上)の18歳。身長160センチ。体重《ヒ・ミ・ツ♡》
朝日率いる【芋砂分隊】の分隊員。
元気溌剌な性格と誰もが目を向かわせてしまう程の巨乳の持ち主。万乳引力とはこのことか。
金髪褐色な美女でいつも薄着。丈の短いスカートやハイカットなパンツで過ごしているが、彼女は痴女ではなく、単純に動きやすい服装を好んでいるだけ。痴女じゃない。
戦場では実力主義を念頭にしており、例え歳上でも彼女が言うことを聞くとは限らない。ただし、彼女に実力を示せば彼女はその者の指揮下に大人しく入る。
朝日の分隊にいる理由が正しくそれが理由だからだ。
分隊内での役割は逆襲対処と遊撃