ルーシー奪還作戦
「クソッ! よりによって、あのレベッカと一緒にいるとは!」
アレスタニアの中流貴族の息子のエリックは、逃げられた奴隷の奪還に躍起になっていた。
だが、その奴隷のルーシーと一緒にアレスタニアの上流貴族の娘がいるだけでも厄介な上に、レベッカが同行しているとなると、エリックは表立っては奪還に動けなかった。
(レベッカはこの国の王族や上流貴族たちにもファンが多いからな。俺が彼女と揉め事を起こしたとでも噂が立てば、親父の立場が危うくなってしまう)
エリックは足を揺らしながら頭を抱えていた。
(だから、裏社会の連中に依頼をかけたのに、レベッカと一緒にいるのがわかると、割に合わないと依頼を断ってきやがった。それ相応の報酬を提示してもだ。どうやら裏社会の上の連中にも、レベッカのファンがいるらしく、そいつらにレベッカと揉め事を起こしたと知れると都合が悪いらしい)
「まったく、厄介な女だよ」
エリックは怒りに任せて机を叩いた。
(もう、あれを使うしか──。いや、あれは最後の手段だ。俺が俺でなくなるかもしれないからな)
「仕方ない、あいつらに頼むか」
エリックは人間になりすましている下級の魔族たちと取引をしていた。彼は懇意にしている魔族のメラネウスを呼び出して、ルーシーの奪還を依頼した。
「なるほど、私たちにそのルーシーという奴隷を連れ戻してこいと言うわけだな?」
「ああ、彼女が無事なら、手段は君に任せる。だが、どうせなら冒険中に事故に巻き込まれたように見せかけてから、連れ去ってもらうのがいいな。それなら、俺が関与しているとは思われないだろうからな」
「──報酬として、領地をもらえるというのは本当だろうな?」
「ああ、君たちの望みどおりにするよ。少しぐらい手放したところで、なんの問題もないからな」
「約束だぞエリック。私の仲間も、それを強く望んでいるからな」
メラネウスはエリックに念を押した。
「とにかく、レベッカが同行しているのが厄介なんだ。彼女がいては、表立って行動は起こせないんだ。ダンジョンの多いこのアレスタニアでは、S級冒険者は英雄みたいな存在だからな。もし、彼女と揉め事を起こして、それが公になれば、俺どころか最悪親父も今のままではいられなくなる可能性が高い」
「私もレベッカは知っているよ。我々魔族の中にも彼女の隠れファンがいるらしいからな。それで、汚れ仕事は我々に押し付けるということか。まあいいさ。そのおかげで、貴重な領地が手に入るのだからな」
(しかし、愚かな男だ。奴隷の女一人のために自分の領地を差し出すというのだからな。こいつの父親に知れたら勘当されても仕方のない行為だよ。よほどその女の器量が良かったとみえる。それならば、逃げ出さぬよう大切に扱えばいいものを──)
メラネウスは態度には出さなかったが、心の中でエリックを軽蔑していた。
(つくづく、人間というのは訳がわからない生き物だな。まあ、私のような自分の領地を持てない下層の魔族は、人間になりすましてでも領地が欲しいんだ。願ってもないチャンスだ)
「いいだろう。引き受けるよ。期待して待っていてくれ」
「頼んだぞ、メラネウス。これから俺は冒険者ギルドに行って彼女たちの居場所を確認する。分かり次第、君に連絡するよ」
エリックはギルドの関係者と内通しており、冒険者の動向を知ることができた。
(魔族に依頼するのはあまり気が進まないが、仕方がない。こいつらに土地を少し差し出すだけで、ルーシーを取り戻せるのなら安いものだ)
エリックはルーシーを思い出していた。
(ルーシーは特別だった。俺の人生の中で最高の女性だ。だが、俺に心を開いてはくれなかった。それが許せなかった。だから、俺は彼女を服従させようとした。しかし、逃げられてしまった。確かに彼女を傷つけてしまったかもしれない。だが、ルーシーは俺のものだ。絶対に誰にも渡さない。渡すものか! あの髪、あの肌、あの身体。ルーシーはすべてが最高の女なんだ。どんな手を使ってでも、絶対に取り戻してやる!)
依頼を引き受けたメラネウスは、仲間の魔族を引き連れて、再度エリックのもとを訪れる。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
レベッカには最強のファンがついていることを。




